第三十五話 レッドキング
「べ、別世界を一度終わらせた、化け物だと……? も、もうお終いだ……」
ベネットが空高くに滞空をしているレッドキングを茫然と見つめながら、そう零した。
レッドキングはまるでこちらを見下ろしているかのようだった。
俺は《ステータスチェック》でレッドキングを確認する。
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種族:レッドキング
Lv :3227
HP :19685/19685
MP :16780/16780
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ステータスを確認し、俺は息を呑んだ。
「そこそこ強い……! 街中央の上部に陣取られたのは、まずいかもしれません」
「そこそこ……?」
ベネットが顔に疑問符を浮かべてこっちを見る。
「どうしたの、《軍神の手》! レッドキングを、こっちに呼び戻させなさい! あんなに距離があったら、私達を守らせられないじゃない!」
アリスがコトネへと怒鳴る。
「……制御、できない」
「なんですって!?」
そのとき、コトネの掲げていた《赤き権杖》に罅が入り、砕け散った。
レッドキングが、完全に《赤き権杖》の支配下から逃れた。
レッドキングの全身から、再び強烈な赤の光が放たれる。
彫像の身体から何重にも魔法陣が展開されていく。
レッドキングから機械音を組み合わせた雑音のような言葉が漏れた。
俺の認識できない言語だったのかもしれない。
何かが来る……。
空に、全長十メートル程度の、真っ赤な立体が大量に浮かんだ。
それらの立体は、俺のいる建物内へと降り注いできた。
「……封印を解いた私ごとやるつもり? 知性がない……いえ、人間に興味を持っていないのね……。《軍神の手》、私を守りなさい!」
アリスに命じられたコトネが、空へと手を掲げる。
「《異次元袋》……《白王盾アルビオン》!」
白い、分厚い岩塊のような盾がコトネの手の先に現れる。
「これだけ距離があると、使える魔法が限られてきますね」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を空に向け、魔法陣を展開する。
「炎魔法第二十階位《赤き竜》」
剣先から現れた豪炎の巨竜が、立方体を破壊しながら空へと昇っていく。
あっという間にレッドキングへと接近し、巨大な爪を振りかぶった。
だが、《赤き竜》の炎の爪は、レッドキングの手前で静止した。
豪炎の巨竜は爪をレッドキングへと押し込もうとするが、やはり進まない。
レッドキングの体表では、空間が歪んでいるように見える。
恐らく、あれに邪魔されているのだ。
「フ、フフ、残念だったわね。《赤き権杖》の前所有者が使ったとされる、魔法を完全遮断する障壁ね。もっとも、出力は桁外れでしょうねえ」
つまり、常時空間を歪ませているレッドキングは、魔法への完全耐性を持っていることになる。
あの高度で魔法が通らないのは厄介だった。
アリスがそう口にした次の瞬間、《赤き竜》の爪が、空間の歪み越しにレッドキングをぶん殴った。
閉じられたレッドキングの老人の顔が、目を見開いて大口を開けていた。
側部に大きな罅が入り、そこから《赤き竜》の炎が漏れ出している。
「あの目、開くものなのか……」
豪炎の巨竜は、一撃入れたことに満足したように宙に散って消えていった。
「レッドキングには、魔法を完全に遮断する能力が……」
アリスは茫然と空を見つめながら、さっきと同じ言葉を繰り返していた。
しかし、魔法耐性が尋常ではないのは間違いない。
並みの同レベルの悪魔なら、《赤き竜》の直撃を与えれば、体力の低めの相手ならば一撃で倒せるくらいだ。
だが、レッドキングはまだピンピンしている。
おまけに高い高度を自在に動き回ることができるとなると、被害を抑えながら戦うのは難しい。
《赤き竜》で潰しきれなかった、レッドキングのばら撒いた立体の一部が落ちてきた。
「結構これ、やばそうですね。ベネットさん、背後に隠れていてください」
「わかった!」
ベネットは二つ返事でそう言うと、ダッシュで俺の背中に引っ付き、身を縮めた。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を素早く振るい、赤い立体を斬った。
真っ二つになった立体が、各々に粉々になって宙を舞う。
続けて巨大な立体が立て続けに二つ降りて来たので、それも両断した。
「……本当にアレ、危ない奴だったのか? 砂でできてるみたいな散り方をしたぞ?」
ベネットが俺の背から、そうっと首を伸ばす。
そのとき、俺の方へ飛来してきたよりも小さな立体が、アリス達の方へと向かっていた。
コトネの構えていた分厚い《白王盾アルビオン》が、触れた瞬間に粉々になっていた。
衝撃で床と壁が崩れ、コトネとアリスが崩壊に巻き込まれていく。
叫び声を上げるアリスの姿が、落ちてきた別のレッドキングの放った立体の欠片に埋もれ、見えなくなった。
コトネの姿も土煙に消える。
「コトネさんっ!」
死霊魔法の《人形箱》を安全に解除させるまでは、下手にアリスに死なれるわけにもいかないのだ。
助けに向かうべきか……?
いや、レッドキングは俺の方に照準を向けている。
戦いが長引けば長引くほど被害は大きくなる。
生きてくれている方に賭けて、今は一秒でも速くレッドキングを倒し切るべきだった。
レッドキングはやや強めの《歪界の呪鏡》の悪魔程度だが、それが充分危険なのだ。
《歪界の呪鏡》の悪魔であればルナエールの庇護の元に散々倒したので弱点も攻撃も思考パターンもある程度読めるが、レッドキングはそれがない分危険でもあった。
直撃をもらえば、俺でも一撃でやられかねない。
だが、慎重に様子見しつつ戦えば都市の被害が大きくなる上、コトネが手遅れになりかねない。
危険を承知で短期決戦に臨むしかない。
「あ! み、見ろ、カナタ、やったぞ!」
ベネットが嬉しそうにそう口にした。
何事かとレッドキングへと意識を戻し、俺は恐ろしいことに気が付いた。
さっと血の気が引くのがわかった。
「あの赤い塊、遥か空高くへ逃げていくぞ!」
ベネットの言葉通り、レッドキングは物凄い速さで上昇していた。
《赤き竜》の一撃を受け、逃走を決意したようであった。
「う、嘘でしょ……あんな荘厳な姿をして物々しい登場までしたのに、逃げるのか……?」
予想だにしていなかった。
《歪界の呪鏡》の悪魔は格上のルナエール相手でも襲い掛かっていくので、ああいう系統の化け物は皆そうなのだと、俺は勝手にそう思い込んでいた。
まさか、一発もらってダッシュで逃げ始めるとは思わなかった。
だが、逃走は喜べない。
アリスの話が本当であれば、一度別の世界を破壊し、長らく杖に封じられていた邪精霊だ
封印を解かれると同時に俺達にも攻撃を仕掛けてきた。
あんなのを野放しにしていたらどうなるかわかったものではない。
何せ、レベル1000の魔王が出ただけで大騒ぎになるのだ。