第二十四話 口八丁(side:ロヴィス)
「ええ、ええ、知っておりますとも! 何せカナタ様は、親友と呼ぶにはあまりに畏れ多いですが、俺の最も敬愛する御方です」
ロヴィスはルナエールの表情より、カナタと敵対していない、親しい仲であることを見抜いていた。
元より、ただの異世界転移者があれだけ高いレベルを有しているはずがないのだ。
ならばカナタが何らかのアイテムを手にしたか、そうでなければもっとレベルの高い師がいるということは、容易に想像がついた。
ルナエールの様子と、これまでの情報より、ロヴィスはルナエールがカナタの師であるということを概ね正確に把握できていた。
「お、お二人とも、カナタさんの、知人……?」
ポメラが訝しげにそう漏らす。
ロヴィスは目敏くその呟きを拾い、やはりポメラの師がカナタであったらしいということを裏付けた。
顔にこそ出さなかったが、心中で殺さなくてよかったと深く安堵した。
もしポメラを晒し首にでもしていれば、間違いなく目を付けられることになっていた。
「ロヴィス様……」
物言いたげなダミアを、ロヴィスは眼力のみで黙らせた。
「……カナタがまさか、貴方の様な人と親交を結ぶなんて」
ルナエールが親指を噛みながら、そう呟く。
一度は不意打ちに驚いたようではあったが、明らかにロヴィスの言葉を疑っていた。
このままでは不味いと、ロヴィスは息を呑む。
「そ、その美貌に、圧倒的な魔力……! 流れるような純白と、燃えるような真紅の混ざった美しい髪! いえ、まさかとは思いましたが、間違いない! 貴女様のことは、カナタ様より常々お伺いしておりました。カナタ様の、師にございますね」
「カッ、カナタが、私のことを!? そ、そう……」
ルナエールは頬を一層赤く染め、明らかに動揺していた。
これまで疑惑の目で睨んでいたロヴィスからも目線を逸らし、真紅のグラデーションの掛かった毛先を、指先で弄ぶ。
「困った人です。確かにカナタは少し抜けたところがありましたが、あまり気軽に私の話を外でするべきではないと、そのくらいはわかっていると思っていましたが……全く」
「いえいえ、それだけカナタ様が、この俺のことを信頼してくださっていた、ということです。カナタ様も、深く敬愛していらっしゃる貴女様のことを、どうしても誰かに話しておきたかったのでしょう」
ポメラは顔に困惑を浮かべ、ロヴィスとルナエールへ交互に目をやっていた。
ポメラはこの謎の美少女について、全く心当たりがなかった。
これまでカナタから、彼女に関することを聞いた覚えが一切ないのだ。
だが、犯罪組織の長であるこの胡散臭い男は、どうにもカナタから彼女のことを聞かされていたようだった。
これではまるでカナタが、自身よりもこのロヴィスを信頼しているかのようであった。
ダミアとヨザクラは、本当に一切意味がわからなかった。ポメラ以上に困惑していた。
当然、カナタからこの白い少女についてなど、全く聞いていない。
そもそも親交を結ぶもクソもなかったはずなのだ。
一方的にロヴィスが土下座を通し、折れたカナタからどうにか見逃してもらったに過ぎない。
だがロヴィスは熱を込めて、まるでカナタが己の生涯の友であるように語る。
それだけならばいざ知らず、ルナエールの話に合わせ、どう考えてもロヴィスが知り得なかったはずのことを次々と親身に口にしていくのだ。
ダミアとヨザクラでさえ、もしかしたらロヴィスは自分達の知らない内にカナタと親交を深めていたのかもしれないと、そう錯覚させられてしまうほどの手腕であった。
「……そ、それで、どう言っていたのです?」
「はい?」
「で、ですから、カナタは、私のことを、その、どう言っていたのですか?」
ルナエールは言い辛そうに、そうロヴィスへと尋ねた。
「ええ、勿論、非の打ちどころのない、とても素晴らしい女性だと! 最も敬愛している御方であると、そう仰られておりました」
「そ、そうですか……その、えっと……それ以外には、何か言っていましたか? それだけですか?」
ロヴィスの頭に、なんでこんな化け物が色恋で悩んでいるんだと疑問が走ったが、当然それをそのまま口に出すほど彼は愚かではなかった。
「貴女様の素性などについて聞いたわけではございませんので、自分から申し上げてよろしいものかはわかりませんが……その、深く愛していらっしゃると、ええ、そういうことを……」
ロヴィスはルナエールの反応を窺いつつ、ゆっくりと言葉を選んでいく。
ルナエールが顔を真っ赤にして俯き、落ち着かなさそうに毛先を弄っているのを目にして、自身の勝利を確信していた。
破綻一つ見えた瞬間、死ぬより恐ろしい目に遭いかねない、危険な賭けであった。
だが、ロヴィスは勝ち抜いたのだ。
「カッ、カナタは、他の人にそのようなことを、軽々しくお話しているのですか! ま、全く……困った人です。確かにカナタは普段こそ穏やかですが、急にそういうことを不意打ちで言い始めることがありますからね。で、でも……そうですか、カナタが、そういうことを口にしていたのですか……」
「は、はい。いえ、でも、誰にでも話しているわけではないと思いますよ。まあ、確かに、そこまで直接的な言い方ではなかったかもしれませんが……」
「……そう言ってはいなかったのですか?」
ぴくりとルナエールの瞼が動き、瞳に寒色が差す。
それだけで部屋内の空気が凍るかのようにロヴィスには感じられた。
「いえ、仰られておりました! はい!」
どうにかロヴィスは活路を得た。
しかし無論、こんなでまかせは長くは続かない。
話していればどうボロが出るかはわからないし、何が機嫌を損ねるかもわからない。
何より、いずれルナエールとカナタが接触すれば露呈する。
早々に切り上げ、少しでもここから遠い場所へと逃げなければいけない。
「今後は心を入れ替え、世のため人のため尽くさせていただきます! ですので、その……そろそろ、行ってもよろしいでしょうか」
「……そう、ですね。カナタの親友だというのであれば、私が手を掛けるわけにはいきません。……カナタを悲しませるわけにはいきませんし……私も、彼に恨まれては、とても生きていける自信がありません」
ルナエールは悩みながら、そう呟いた。
ロヴィスが安堵の息を漏らしたそのとき、ルナエールが手を掲げた。
「召喚魔法第二十三階位《無間修羅閻魔王》」
漆黒の巨大な魔法陣が、冒険者ギルドの床一面に広がった。
「第……二十、三階位……?」
ロヴィスはパクパクと口を動かしながら、ルナエールの使った魔法を反芻する。
ロヴィスはカナタと出会うまで、伝承にのみ存在が記されている、第十五階位が最高位魔法だと信じていた。
だが、彼の《超重力爆弾》を目前にし、魔法が第十九階位まであることを知った。
しかし、今ルナエールが扱っている魔法は、それよりも遥かに高い、第二十三階位の魔法であった。
冒険者ギルドの天井を突き破り、真っ赤な巨大な鬼が現れた。
床に座り込んでいるが、それでも顔はまだ見えない。
大鬼が大きく頭を下げて、ようやくその顔が見えた。
恐ろしい顔つきをしており、三つの無機質な目があった。
大鬼は豪奢な法衣を纏っており、頭には黒い冠を被る。
腕は四本もあった。
首には、人頭を繋げて作った首飾りがある。
人頭はどれも白目を剥いており、苦悶の声を上げて泣き叫んでいる。
「その……こ、こここ、この、この、この化け物は……?」
ルナエールは大鬼の足へと、ぽんと、気軽に手を置いた。
「大精霊、ヤマダルマラージャです。まぁ、ないとは思いますが……念のため、貴方が嘘を吐いていないか、確認させていただきます」
ロヴィスは自身の死を覚悟した。
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