第十八話 死神襲来(side:ポメラ)
ポメラは冒険者ギルドの前で負傷者を集め、白魔法で彼らの回復を行っていた。
「白魔法第七階位《癒しの雨》!」
ポメラが大杖を構えれば、周囲を穏やかな白い光が広がっていく。
「す、凄い、これだけの規模の白魔法を!」
「ありがとうございますポメラさん!」
「ポメラさん!」
「聖拳のポメラさん!」
集まった負傷者達が、口々にポメラを讃えた。
「一度ついたイメージは、なかなか消えないものなのですね……」
ポメラは聖拳と聞き、少し寂しげに目を細めた。
遠くの方で、爆音が響いた。
見れば、建物の一つが崩れていく。
「しゅ、襲撃者の規模が、大きすぎる……一体、何が目的でこんなことを?」
カナタと同行することになった騎士ベネットは、自分達の運んでいるアイテムが狙われている、ということを仄めかしていた。
だが、それにしても妙なのだ。
この規模で都市の各地を一斉に攻撃するのは、マナラークそのものを地図から消したがっているとしか思えない。
「……フィリアちゃん、爆発の方へ移動しましょう」
そこへ、小さな子供が血塗れの親を背負い、ふらふらとポメラ達の近くへと現れた。
「お、お姉ちゃん、お願い、ママを、ママを、治してあげて……。お願いします、お願いします!」
子供はよろめきながら周囲の大人の手を借りて母親を下すと、泣きながらポメラへと頭を下げた。
「わ、わかりました。ポメラに任せてください!」
ポメラが子供へと駆け寄ったとき、破壊された街道を歩き、疎らに人影がこちらへと向かってきていることに気が付いた。
ポメラのことが噂になり、怪我人達が彼女の許へと集まってきているようだった。
移動すれば、彼らを見捨てることになる。
だが、爆発の方も、尋常な規模ではなかった。
カナタが移動したのともまた別の方向だ。
放っておけば大変なことになる。
「……フィリアちゃん、お願いします。向こうの、音の方へ、向かってあげてください」
「でも、ポメラだけだと、今、危険だよ? フィリアが、ポメラを守らないと」
フィリアが心配そうにポメラへと言う。
「大丈夫ですよ。フィリアちゃんほどじゃないけれど、ポメラも、カナタさんのお陰で強くなったんですから。ですから……」
「……ダメだよ。ここ、人が集まり過ぎてる。だからね、だから、きっとよくないものを呼び込むの。フィリア、そう思う。嫌な予感がするの」
ポメラは口を開け、呆気に取られる。
フィリアは幼く無邪気だが、ときに聡明さの片鱗を見せるときがある。
恐らく、フィリアには今が異常な事態であることがわかっているのだ。
「ありがとうございます、フィリアちゃん。でも、きっと、ポメラとフィリアちゃんが別行動した方が、多くの人を助けられると思うんです。ポメラを信じて、フィリアちゃんは行ってください。お願いします」
ポメラはにこりと微笑み、フィリアをそう諭した。
フィリアは不安げな様子だったが、小さく頷いた。
「……うん、わかった。フィリアね、寂しがりだから、ポメラ、絶対に無事でいてね。もしも危なくなったら、すぐに逃げて」
フィリアはトトトと爆発があった方向へと走っていき、途中でポメラを振り返ったかと思えば、すぅっと姿が消えた。
「お願いしますね、フィリアちゃん」
ポメラは小さく呟いた。
「負傷している方は、ポメラのところへ集まってきてください! ポメラが白魔法で治療します!」
ポメラは声を上げ、周囲の人達へとそう呼びかけた。
その後、ポメラは人を連れて冒険者ギルドの中へと移動し、そこでしばらく白魔法による治療を継続して行っていた。
ただ、負傷者は次から次へと現れ、まるで止むことがなかった。
「《癒しの雨》!」
「わ、私が見ているだけで、もう十回も、これだけ大規模な白魔法を……! あの、大丈夫ですか? 魔力、そろそろ危ないのでは……?」
一人がそう声を掛けたとき、ポメラは少し眩暈がして壁に手をついた。
「ポ、ポメラさん!」
「大丈夫です。ポメラ、まだまだやれますから!」
ポメラはぎゅっと握り拳を作り、そう口にした。
そのとき、ポメラは冷たい殺意を感じた。
顔を上げると同時に、タンと、地面を蹴る音が響く。
ポメラは大杖を前に出しながら背後へ引く。
着物姿の女が目前に現れ、刃を振るった。
刃は髪を掠める。ポメラの金髪が数本、宙を舞った。
「……ほう、《一陣の神風》で強化した私の不意打ちを、容易く避けるとは」
着物女がポメラを睨む。
冒険者ギルド内に、集まった人達の悲鳴が響き渡った。
「土魔法第四階位《土塊機雷》!」
窓の外に、ゴーグルを掛けた小太りの男が立っていた。
近くの窓が、土の塊に叩き割られる。
そのまま土の塊がポメラ目掛けて飛来してくる。
ポメラは《土塊機雷》を知っていた。
ロズモンドも使っていた魔法で、土塊は衝撃を受けるとその場で爆発する。
ここで爆発すれば、避難者達に被害が出る。
対応したいが、下手に動けば着物女から追撃が来かねなかった。
「精霊魔法第六階位《火霊狐の炎玉》!」
ポメラは大杖を掲げて魔法陣を浮かべた。
人の頭くらいの大きさの炎の球が、ポメラと《土塊機雷》の間に浮かび上がった。
ポメラはそのまま着物女との間に《火霊狐の炎玉》を挟むように動き、彼女の追撃を警戒した。
何者かの放った《土塊機雷》は、ポメラの精霊魔法の炎に包まれ、そのまま爆風を抑え込まれた。
ポメラは着物女を警戒するように大杖を構える。
冒険者ギルドの中央に魔法陣が浮かび上がり、その上に一人の男が姿を現した。
黒のローブを羽織る、長髪の、不吉な雰囲気を纏った男だった。
美青年ではあるが、冷酷な目をしていた。目の下は濃い隈で覆われている。
男はぱちぱちと、拍手を鳴らした。
「いや、お見事だ。《軍神の手》以上の冒険者がいると聞き、まさかとは思っていたが、噂は間違いではなかったらしい。ヨザクラとダミアの連携を、容易く捌いて見せるとは」
「貴方達、《血の盃》ですね……!」
「あんな無粋な連中と一緒にされるのはごめんなんだがな。《黒の死神》、ロヴィスと聞けば、耳に覚えもあるだろう。英雄ポメラよ」
不吉な人物、ロヴィスは、ポメラを品定めするように眺め、冷たい笑みを浮かべた。