第十七話 《処刑人バハル》
街の路地で、《血の盃》の一味と交戦になった。
ベネットと敵の剣士が斬り合っている。
「犯罪者風情にしてはなかなかやるな、だが、それだけだ!」
打ち合いが続いた後、ベネットが素早く敵の懐に入り込む。
反応が遅れた相手の男は、そのまま胸部を斬られた。
「さぁ、次はどいつが死ぬ?」
ベネットが俺を振り返る。
「もう終わりましたよ、ベネットさん」
俺の周囲では、六人の《血の盃》の剣士がその場に倒れていた。
相手は七人だったのだが、流れで俺がその内の六人を相手取ることになっていた。
「え……ああ、そう……」
ベネットが戸惑い気味に剣を降ろす。
「そっ、そんなに強い奴ではなかったかもしれないな、うん」
「早く行きましょう、ベネットさん。ノエルさんと、彼女の持っていた《赤き権杖》が危ないのですよね?」
「…………そうだな」
ベネットは刃を振って血を飛ばすと、鞘へと戻した。
「カナタ、だったか? お前、なんでC級冒険者やってるんだ? どこぞの貴族にでも口利きしてやろうか?」
「いえ、気楽にやっていければそれが一番なので」
「そうか……」
そのとき、ベネットが眉を顰め、建物を睨んだ。
「今、向こう側からノエルの悲鳴が微かに聞こえた! 回り込んで向かうぞ!」
「風魔法第三階位《風の翼》」
俺の身体を魔法陣の光が包み、風が身体を押し上げる。
俺はベネットの肩を掴んで地面を蹴り、建物の屋根へと上がった。
ベネットがよろめいて倒れそうになったので、身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「ひ、ひと声掛けてくれ! 最短距離で突っ切れるのは助かるが、心の準備というものがある!」
屋根の反対側へと向かうと、広場だった。
その中央に、木の板で雑に作られた十字架に、ノエルが磔にされていた。
「ノッ、ノエル!」
ベネットが叫ぶ。
ノエルの息はあるようだが顔に生気はなく、紫の髪がだらりと垂れている。
荊で手首と首を押さえつけられている。
そしてその磔の前に、一組の男女が立っていた。
片方は半裸の男で、巨大な斧を担いでいた。
頭には目の穴の開いた、黒い被り物をしている。
大斧の刃は、紫の独特な輝きを帯びている。
もう片方は体中を包帯で覆った、黒髪の女であった。
背丈が高く、二メートル以上ある。
喪服のような印象の、黒い簡素なドレスであった。
暗色のキャペリン帽を被っている。
「《処刑人バハル》に、《荊の魔女ヒーリス》! 二人共、A級冒険者相応の犯罪者だ!」
ベネットが顔を青くした。
「有名な人なんですか?」
「殺人鬼だ。わかってるだけで、二人合わせて千人以上殺している。組織につくような人間じゃないと思っていたが、《血の盃》とつるんでいたのは意外だった。特にバハルには、王国騎士も二人犠牲になっている。あの斧は猛毒の稀少鉱石を使っていて、他国の国宝だったものだ。掠っただけで致命傷になりかねない」
「ほほう、この《紫竜斧ヒドラ》について、よく知っているじゃないか」
バハルが俺達を見上げ、覆面の奥で笑った。
「仲間を甚振れば、別の騎士も誘き寄せられると思っていたぞ。俺は貴様のような、偉ぶった騎士様って奴が嫌いでなぁ。見下されるのは嫌いだ、降りてこい小僧共」
バハルがノエルへと斧を向ける。
ベネットの顔が険しくなった。
「……おい、カナタ、二対二で丁度いいと思わないか? ヒーリスを頼む。バハルは、僕がやる。仇でもあるからな」
「構いませんが……」
「気をつけろ、ヒーリスは、白魔法と死霊魔法の重ね掛けで、異様にタフになっている。そのお陰で、包帯の下は化け物になっているそうだが。自身の打たれ強さを活かして接近戦を仕掛け、荊での拘束を狙ってくるはずだ。……加えて、詳しいことはわからないが、何か奥の手を持っている。押し付けたようで悪いが、下手したら《血の盃》の中でも一番厄介な相手だ。距離を取って粘れ、すぐに加勢に入る」
「ご忠告ありがとうございます」
「おいおい、俺ならまるでどうとでもなるかのような言い方だな? お坊っちゃん共に教えてやろう、本物の地獄というものをな」
バハルが大斧で地面を叩いた。
俺は前に出て、屋根を蹴って飛び降りた。
「お、おい、僕とタイミングを合わせろ、馬鹿! 二人掛かりで狙われるぞ!」
ベネットが慌てて背を追いかけてくる。
「格下相手に野暮な真似をするものか」
バハルがベネットの言葉を嘲笑う。
俺が着地した瞬間、これまで静止していたヒーリスが襲い掛かってきた。
人間というより、魔物のような雰囲気を纏っている。
一切の人間らしさを彼女から感じられない。
異様に手の指が長いことに気が付いた。
捲れた包帯の下が、赤黒くなっている。
「土魔法第六階位《悪意の荊》」
ヒーリスの嗄れた声が響く。
俺目掛けて、黒い無数の荊の縄が伸びてきた。
「おいカナタ! 接近を許すなと言っただろう!」
ベネットが叫ぶ。
だが、《ルナエールローブ》は、十階位以下の攻撃魔法に対する完全耐性を持つ。
黒い荊は、俺に触れた瞬間に勢いを失って萎れていく。
ヒーリスが動揺し、足を止めた。
「敵の言葉を信用するなんて、馬鹿なんじゃないのか? こんな隙を晒すとは、やはりガキだな。小僧、これが殺し合いというものだ」
俺の背後で、バハルが大斧を振るっていた。
俺は黒い荊を掴んで引っ張り、身体を翻す。
寄せ付けたヒーリスの身体で大斧の刃を妨げた。
「ガァッ!」
ヒーリスの背に、バハルの大斧の刃が喰い込む。
「なに……?」
続けて獲物を失ったバハルの側頭部を軽く蹴り上げた。
バハルの手から大斧が離れ、彼の身体が転がっていき、広場に設置されていた竜の彫像をぶち抜いた。
彫像の残骸がバハルの背を砕く。
遅れて俺の背後に、ベネットが降り立った。
無表情でバハルとヒーリスを見つめていた。
ヒーリスはタフだと聞いていたので起き上がるかと思ったが、特にそういったことはなかった。
掠っただけで致命傷になりかねないという《紫竜斧ヒドラ》の毒は、しっかりと効果があったようだ。
「すいません流れで。別に問題ありませんよね」
俺はベネットを振り返る。
ベネットはしばらくぼうっとバハル、ヒーリスを交互に見ていたが、やや間を置いて、俺へと視線を戻した。
「カナタ……お前、騎士団に来ないか?」
「そういうのにはあまり興味がないので」
その後、磔にされていたノエルを無事に下ろすことができた。
怪我は酷いが、ポメラと合流さえすればどうにでもなるはずだ。
ベネットがポーションを飲ませると、ノエルが意識を取り戻した。
「う、うぐ……ベ、ベネットさん?」
「無事でよかった。敵の規模が大きいとわかって、心配して一直線に飛んできたんだ」
「ありがとうございます……助けてくれたんっすね」
「……まあ、僕はあんまり何もしてないけど」
ベネットが小声で付け足していた。
「と、《赤き権杖》はどこにあるかな?」
「アレは……魔法袋ごと、ボスギンらしき男が持って行ったっす……」
ノエルが力なく答える。
ベネットがその場にへたり込んだ。
「う、嘘だろ……? も、もうお終いだ……ごめんよ、父様……」
……どうやら、かなり面倒な事態になっているようだ。
《血の盃》の頭領の手に渡っていたようだ。
既に《赤き権杖》を手にして、このマナラークから去ったのかもしれない。
ベネットがはっと気が付いたように俺を振り返った。
「カ、カナタ! いや、カナタさん! 頼む、《赤き権杖》を取り戻すのに力を貸してくれ! なあ、僕達の仲だろ? まだ逃げたボスギンに追いつけるかもしれない! お前と僕で掛かれば、ボスギン相手でもなんとかなるはずだ!」
「……俺達、仲良くなるようなことありましたっけ?」
「ひ、非礼は詫びる! だから……!」
「悪いですが、今の惨状のマナラークから離れるわけにはいきません。都市から離れたのであれば見つけられるとも限りませんし、それに、この都市には世話になっている方も多いですから。ここからは別行動にしましょう」
俺が提案すると、ベネットががっくりと肩を落とした。
「そう……だな。僕もノエルを安全な場所まで連れて行かないといけないし、この都市にはまだ《血の盃》の連中が残っているようだからな」
……しかし、本当にボスギンは逃げたのだろうか?
ベネットも妙だと言っていたが、《血の盃》の襲撃には不可解な点が多い。
俺には、他に何か目的があったように思えてならない。
それ次第によっては、もしかすればボスギンもまだマナラークに残っているのかもしれない。