第三十四話 《翡翠竜の瞳》
ガネットに連れられて《魔銀の杖》へと向かった俺達は、《神の血エーテル》の素材の代替品になりそうなものを見て回った。
《神の血エーテル》の製造に必要なものは《高位悪魔の脳髄》、《アダマント鉱石》、《精霊樹の雫》である。
《高位悪魔の脳髄》は、呪鏡を使えば好きなだけ取り放題なので問題ない。
これが一番簡単だ。
何なら、今すぐにでも採取を行える。
《精霊樹の雫》は、似たものを錬金術で造り出す、というのはちょっと難しいかもしれない。
だが、これは直接手に入れるのもそう難しくないと俺は考えている。
高位の精霊と契約をして、ちょっと持ってきてもらえばそれで済むことなのだ。
元々、価値はA級程度であった。
高位精霊であればなんでもよいはずなので、まあなんとでもなるだろう。
曲者なのは《アダマント鉱石》である。
価値S級の稀少鉱石であり、容易には見つかりそうにない。
国中を探し回らなければ見つからない。
俺はこの《アダマント鉱石》の代わりになるものを錬金術で用意したいと考えている。
《魔銀の杖》は鉱石の品揃えに自信があるようであるし、どうにかここで元となる素材を見つけておきたかった。
俺はガネットに遠回しにあれこれと尋ねて、使えそうな鉱石を一緒に探してもらった。
C級からB級の鉱石や金属、そして魔物の羽など複数種の錬金術の媒介となるものを集めた。
とりあえず、ここにあるもので間に合わせるのであれば、こんなものだろう。
「ありがとうございます、ガネットさん。これだけあれば、何とかなるかもしれません」
「……儂らの錬金術の研究でも、なかなかここまでの代物を纏めて扱うことは稀なのですが……ポメラ殿らは、本当は一体何をお造りになるつもりなのですかな? カナタ殿の言葉からは、何か具体的な目的があるご様子。この儂にだけ、こっそりと教えてはもらえませんか? 誰かに漏らすようなことは誓っていたしませんし、お力になれると思うのですが」
「い、いえ、その……そんな、大層なことではありませんので……えっと……」
ポメラは戸惑い気味に、ちらりと俺の方を見る。
ガネットが彼女の目線を追って俺を見た。
俺は二人からそっと目線を外した。
ガネットが訝しむ様に俺を眺めていた。
こ、この人、本当に怖い。
「あのね、フィリアのね、フィリアのお菓子作ってもらうの!」
フィリアが嬉しそうにそう言う。
……そういえば、フィリアは《神の血エーテル》が完成すれば、ぜひ飲んでみたいと口にしていた。
ガネットが笑顔で屈み、フィリアに顔の高さを合わせる。
「おお、そうかい。それはよかったのう」
「うん!フィリア、すっごく楽しみ!」
よ、よかった。
どうにか話が途切れた。
俺が安堵の息を吐いていると、ポメラが俺の肩を指先で突いた。
「……カナタさん、これ、お金足りますか?」
「ラーニョのおかげで、三百万ゴールドあるんですよ。もしかしたらギリギリくらいかもしれませんが……まぁ、きっと足りますよ」
これまでの経験だが、一ゴールドのレートはほぼ一円に等しい。
ありがたいことに。
三百万円もあるのだから、ちょっと鉱石と魔物の羽やら臓器やらの詰め合わせくらい、充分購入できるはずだ。
この世界では、この手の力を帯びた素材に高い価値があることはわかる。
それでもまあ、合わせて二百万ゴールドくらいだろう。
もし超過して入れば、ごめんなさいして一部を返却すればいい。
そのとき、一人の男が大慌てでこちらへ駆けてきた。
男はガネットの前で、息を切らしながら足を止めた。
「ガ、ガネット様!」
「どうした? 儂は今、忙しいのだ。後にせよ」
ガネットが不機嫌そうに答える。
「《翡翠竜の瞳》をどうするおつもりなのです! あれは、我々の錬金実験のために、他都市のA級冒険者との交渉の末にようやく手に入れた代物ではなかったのですか! なぜ、勝手に持ち出すような真似を!」
男の話を聞いて、俺は自分の顔が歪むのを感じていた。
《翡翠竜の瞳》は、翡翠色の輝きを帯びた水晶のことである。
価値は、この《魔銀の杖》では珍しいB級となっていた。
《アダマント鉱石》の錬金に役立つかもしれないと思い、購入する予定のものの中に入れている。
男の言っている内容からして、かなりこの《魔銀の杖》にとって重要なものであったらしい。
……こ、これ、三百万ゴールドで足りるのだろうか。
俺もさすがに不安になってきた。
「あ、あの、ガネットさん、やっぱり《翡翠竜の瞳》は遠慮させていただこうかなと……」
「下がっておれ! 元々、儂の指示で入手させたものだ! 使い道が変わったからと言って、お前に文句を言われる筋合いはない! 儂が必要だから、こうして持ち出しているのだ!」
ガネットが男に一喝する。
「あ、あの、ガネットさん、そこまでしていただかなくても、大丈夫かなと……」
俺はガネットを制止しようと試みたが、ガネットは続けて男へと怒鳴った。
「今は忙しいのだ! 何度も言わせるな、お前の耳は飾りか? これ以上、儂の邪魔をするでないわ!」
「う、うぐ……も、申し訳ございません」
男は腑に落ちなさそうな様子を見せながらも、ガネットの剣幕の前に引き下がった。
ど、どうしよう、申し訳なさしかない。
そもそも、本当に購入できるのだろうか。
「あの、ガネットさん。これって……全部で、どれくらいになりますかね?」
俺が尋ねると、ガネットが顎に手を当てる。
「そうですな。ポメラ殿方とはこれからも仲良くやっていきたいので、なるべく安くさせていただきますよ。《翡翠竜の瞳》は、仕入れ値の五百万ゴールドとして、後は……」
……いきなり一発目でオーバーした。
俺の隣で、ポメラが手で顔を覆っていた。
ガネットが、ニコニコと笑顔で俺達の様子を見つめながら、品を確認して値段を算出していく。
「全部で、千百八十万ゴールド……いえ、ここはキリよく一千万ゴールドといたしましょう!」
値段を聞いて、視界が眩んだ。
思っていたよりも遥かに足りなかった。
ラーニョを四百体狩る必要があったのだ。
もっと値段を随時確認するべきであった。
値段は二の次で、とにかく必要なものを探すことに目が向いてしまっていた。
必要最低限に抑えて、品を戻させてもらうしかない。
「……あ、あの、ガネットさん」
俺がガネットに謝ろうとしたとき、ガネットがずいと顔を近づけてきた。
「……ある儂の頼みを聞いてくださるのであれば、こちらの品々をその謝礼として差し上げようと思うのですが、いかがでございましょうか?」
「頼み……ですか?」
ガネットが大きく頷く。
「実は近々、ラーニョの異常発生の件について、冒険者ギルドで特別会議を行おうと考えておるのです。基本的に、この都市を拠点とするA級冒険者の方に個別で声を掛け、任意で参加してもらうつもりなのですが……ポメラ殿、カナタ殿には、そこに顔を出していただきたいのです。それを聞いた上で、今後のギルドの作戦に協力していただくか否かは、また別に判断していただければな、と」
……会議に顔を出す、それだけでいいのか?
これらのアイテムは総額一千万ゴールドになる、という話であったが。
「それは俺達もありがたいですが……本当に、よろしいのですか?」
「ええ、勿論! そうでなければ、儂から切り出すような真似はいたしませんよ。会議の日付や詳細は、まだ決まってはおりませんが……早ければ、明日になるかもしれません。……何せ、大型のラーニョが発見されましたからな」
俺はポメラに目で合図をしてから、ガネットへと頷いた。
「……わかりました。本当にその条件でよろしいのでしたら、ぜひ」
ガネットが笑顔で俺の両手を取った。
「おお! ありがとうございます! カナタ殿、ポメラ殿! では会議の際には、何卒よろしくお願いいたします!」
……ほ、本当に、この人の言うことに従っていていいのだろうか?
俺達が損をしていることは一切ないはずだが、なんだか手玉に取られているような気になって、少し怖くなってくる。