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09 犯人は意外な人でした。

「うーん、やっぱり何も無かったね……」


 特にこれといった発見も無く図書館の前まで着くと、ヘイヤは残念そうに言った。


「ネバーギブアップだよ、ヘイヤ君。イームズは1度始めた事は決して諦めない男だった。そうだろう?」

「……そうだね。こんな所を師匠に見られたら怒られちゃうよ」


 ヘイヤは自信を取り戻したような顔をした。


「あの……私、思ったんですけど……」


 ユカはおずおずと手を挙げた。


「最初からアレを使えばいいんじゃないんですか? ほら、バレリーナ衣装の!」

「あー……アレは今はちょっと……」


 ヘイヤは困った顔をした。


「えっと……何か問題があるんですか?」

「うん。あの恰好を人前でやると通報されちゃうんだ……」

「……はい?」


 ユカは目を丸くして聞き返した。今の恰好でも十分不審者だというのに、通報されていない。バレリーナ姿とどう違うのか彼女には全く分からなかった。


「前さ、あの姿を見た人の中に発狂したり、吐き気が止まらなくなったりとか、とにかく精神的被害を受けた人がいっぱいいてさ。警察からも『2度と人前でやるな』って凄い怒られちゃった」

「だから霧が出ている時しか、あの恰好にはなれないのさ」


 ヘイヤとチェッシャーは肩をすくめた。

 では平気だった自分はいったい何なのだろうか。ユカは自分の精神を疑ったが、あまり考えると精神が崩壊しそうなので、それ以上の事は考えないようにした。


「ん? 待てよ!」


 何か思いついたらしく、ヘイヤは何かを考え始めた。


「え? どうしました?」

「……ユカ、君って凄いよ!」

「……はい?」


 ユカはキョトンとした。


「霧だよ、霧! ピーターさんは霧の中にいたんだ!」

「なるほど。霧が出てくれば、みんなはどこかの室内に避難する。防犯カメラだって役に立たない。となれば、誰も彼の身に何があったかを知る者はいなくなる、というわけだね」

「そういう事!」

「でも、ちょっと待ってください!」


 やっと話しに加わる事ができた嬉しさを感じながら、ユカは話に入ってきた。


「霧が出たら、ピーターさんだって避難するはずですよね?」

「『したくてもできなかった』、そうじゃないかな?」


 ヘイヤはそう言いながら、来た道を引き返した。


「例えばこの道」


 彼は指差す。


「この辺りの道は高い塀が続くばかりですぐに中に入れる建物が無いんだ。それにピーターさんはコアラだ。コアラは背の小さい種族。小さいという事は?」

「歩幅が小さい! という事は走ったってきっと遅い!」


 ユカは何かが分かったような気になり、爽やかな気分で言った。


「そういう事。……となると、彼は霧に紛れてやって来た誰かに誘拐……誘拐だといいんだけどなぁ……」


 ヘイヤは難しい顔して考え事をした。


「……たぶん、殺されてはいないと思うんだ。殺されたらどこかで死体が……いや、まだ見つかってないとか? それもあるか……もしかして『闇の肉屋』に捕まったとか? コアラっておいしいのかな?」


 『闇の肉屋』という言葉が出た瞬間、ユカは少しだけ不快な気分になった。


 ズーマンは大きく分けると肉食と草食がいる。草食は野菜や果物を主に食べ、肉食は『人』ではない生物、例えばこの国でユカが食べたギュゴン等の肉を主に食べる。

 しかし、肉食ズーマンの中には草食ズーマンの肉に興味を持つ者もいる。『闇の肉屋』はそんな者のために肉を『調達』し販売するという違法な商売人の事である。

 そして、ヘイヤが『闇の肉屋』を疑うというのは、彼には肉食ズーマンに対する不信感がある事を意味する。もちろん職業柄、その線も疑わなくてはいけないとは分かっていても、狐であるユカにとってはいい話ではない。


「マズいと思いますよ。身も少なそうですし」


 そういう事もあり、ユカは少しトゲのある言い方で言ってしまった。


 と、そんな時、パトカーのサイレンが後ろから聞こえたかと思うと、ユカ達を通り過ぎてそのまま向こうへ行ったのが見えた。

 それを見てヘイヤは突然走りだす。それもかなりの速さだ。ユカははぐれないように一生懸命に走って追いかけた。なお、チェッシャーは競歩でヘイヤのすぐ隣を歩いている。


「な、何なんですか! いったいどこに行くんですか?」


 ユカは息を切らしながら訊ねる。


「今のパトカーを追いかける! 何となくだけと、この事件と何か関係がある気がするんだ!」

「か、勘ですか!」

「安心したまえ! 彼の勘はベテラン並みによく当たるから」


 チェッシャーに言われて、ユカはヘイヤを信じるしかなかった。



 ◆◆◆



 パトカーを追いかけて着いた先は、刑事ドラマで見るような事件現場であった。

 急行するパトカーの後を追いかけられた自分はどこか異常なのではないだろうか。ユカはそんな事を考えながら、死にそうなくらいに息を切らして現場の入り口を見た。


 完全に封鎖されている。規制線が張られ、警察官が関係者以外は誰であろうと入らないようにと目を光らせている。

 入る事なんて決してできそうにないし、何があったのか見る事すら不可能だ。

 こんな所に来て何をしようと言うのか。野次馬達から情報を拾い集めるのか。それならなんとなく分かる。しかし、それだけで十分な情報が得られるとは思えない。

 ユカがそんな事を考えていると、いつの間にかヘイヤもチェッシャーもいなくなっている事に気がついた。


 はぐれたのかとユカは焦る。と、どこからともなく激しいタイコの音が聞こえてきた。

 はて、この音は何だろう。彼女は周りを見回してみる。人が多いせいか何も見えない。しかし、確実にこちらに近づいてくる。

 すると人々が移動を始めた。まるでこちらへ来る何かを避けているかのようにである。そしてあっという間に人だかりは2つに分かれ、間に『道』が現れた。これにより、『何か』の正体が明らかになった。


 ファイヤーダンサーだ。いや、正確にはファイヤーダンサーの恰好をしたヘイヤである。そしてその後ろでチェッシャーが激しくタイコを叩いている。

 2人は入り口へ向かって歩いて来る。そしてヘイヤは、近づくにつれて次第に体を()らしていく。この動きは何だろう。初めはそう思ったユカであったが、その謎はすぐに解けた。


 リンボーダンスだ。リンボーダンスで規制線の下をくぐる気なのだ。ユカの頭に電流が走る。

 規制線は割と低く張られている。しかし、彼の体はそれよりもずっと下だ。規制線に到達するまでまだ少しだけ距離があるが、彼の体はすでに120°は確実に反らしている。柔らかい、なんて柔らかいのだ。ユカは興奮を覚える。

 彼は体を反らしつつ、両手で松明を回している。とても熱そうだ。やはり苦しいのか、彼は顔を歪ませる。頑張れ、頑張れ。ユカは心の中で応援した。

 そしてついに彼の体は規制線の下へと到達した。タイコのリズムは一層激しくなる。彼の体は規制線よりもだいぶ下だ。このまま行けば間違い無く成功するだろう。ユカは目を閉じて祈る。


 こうして彼は……警察官に捕まった。


「おい! 何だお前!」

「怪しい奴め! 大人しくしろ!」


 2人の警察官によってヘイヤは取り押さえられる。その様子を見ながら、ユカは心の中で『ですよねー』と叫んだ。


「リンボー! リンボー!」


 ヘイヤは意味不明な言葉を口にして抵抗する。しかし、警察官は体も体格も大きい。それに2人がかりだ。いくら筋肉質なヘイヤであっても身動きができない。

 チェッシャーはタイコを叩き続けるだけで何もしようとしない。小さな混沌がここに生まれた。


 どうしよう。そう思いながらユカは頭痛を(こら)えていた。

 助けようという気は全く湧かなかった。この変質者の仲間と思われたら社会的に死にそうな気がしてきたからだ。

 もしかして、普段からこんな事をしているのだろうか。ふと、彼女は思った。だとしたら、こんな人達についてきた自分っていったい何なのだろう。そう考えると凄く死にたくなってきた。


 そんな時だった。現場の奥からイタチの男が現れた。服装から考えて刑事だろうか。とにかく、他の警察官よりは(くらい)が上のように見えた。

 彼はゆっくりとヘイヤの前に立つと、親し気に話しかけた。


「よう、ハーブボイルド。相変わらずのイカレっぷりだな」

「あ、ハドソン警部!」


 ヘイヤは彼の名前を呼んだ。


「おう、お前達離してやれ」


 ハドソン警部の指示でヘイヤを取り押さえていた警察官は彼を解放した。


「まさかハドソン警部がいるとは思いませんでした」

「こっちだって、まさかお前さんが来るとは思って無かったよ。これも腐れ縁ってヤツか?」


 そう言ってハドソン警部は笑った。


「あのー、ヘイヤさん。この人は?」


 ユカは恐る恐るヘイヤに近寄ると訊ねた。


「あ、紹介するよ。ハドソン警部、師匠の友達さ。彼のおかげで僕は警察の捜査に加わる事ができるのさ」

「まったく、もっと感謝して欲しいもんだぜ。……おっと、よろしくお嬢ちゃん」


 ハドソン警部が握手を求めてきたので、ユカはそれに応じた。


「んじゃ、中に入りな。お嬢ちゃん、コイツの友達か何かだろう? 興味があるなら一緒にいいぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 こうしてヘイヤとユカは事件現場に立ち入る事ができたのであった。なお、相変わらずタイコを叩き続けるチェッシャーの事は完全に無視である。



 ◆◆◆



「うーん、これは酷いですね……」


 ヘイヤは石畳に残る大量の血痕を見ながら呟いた。


 現場は凄惨な状態であった。と、言っても死体はすでに片付けられた後で、代わりにチョークか何かで人型が描かれているだけであったが。

 まず、血だ。量が凄い。ドラム缶いっぱいのトマトジュースをブチ撒けたようだ。もちろん体の大きさによって血液の量が違うのは分かった上でだが、人というのはこんなに血を流す事ができるのかと思うとユカは感心してしまった。

 そして死因。人型の姿によると、被害者は壁に背を預けて座っていたらしい。そして胸か腹か、その辺りに何かで抉ったような穴が開いていた。それも深くだ。腰が抜けたまま後ろに下がり続けた結果、壁に追い込まれてそこを……というのがユカの推測だ。

 ここでユカふと、どうして自分は冷静に見ていられるのだろうかと不思議に思った。が、この街に来て色々とあり過ぎて感覚が麻痺してきたのだろうとすぐに結論を出した。


「被害者は30代男性、熊。腹部を尖った螺旋(らせん)状の物で貫かれた事によるショック死と思われる」


 ハドソン警部は手帳を片手に説明した。


「ショック死?」


 ヘイヤは聞き返した。

 ユカには彼がそうした理由が分かった。これだけの血が流れたのだから、失血死によるものではないかと思うのが普通だからだ。


「ああ。この穴を見て何となく想像できるだろうが、凶器はかなりデカい。つまり丸太で貫かれたようなもんだ。それに鑑識によると、刺さった所の肉がかき混ぜられたようにグチャグチャになっていたらしい。どうも、この血は死んでも痛め続けた結果によるもんだそうだ」


 ハドソン警部はそう言って、右の人差し指で空中に8の字を書いた。これはイナーム教という宗教における追悼の意である。被害者がイナーム教の信者だったかは分からないが、彼なりに被害者の事を思っての事なのだろう。

 ヘイヤも同じ動作をした。きっと彼もイナーム教の信者なのだろう。イナーム教は正義を司る善良な神、イナーム神を信仰する宗教である。その権能から警察官等といった正義を志す者に信仰されている。ヘイヤにも正義の心があるからこそ、イナーム神を信仰しているのだろう。


「いったいどんな凶器を使ったらこんな事に……」


 ヘイヤが呟くとハドソン警部は小声で何かを言い出した。ユカは聞き洩らすまいとして、耳を澄ます。


「――鑑識に聞いてみたところ、凶器は馬鹿デカいドリルじゃねぇかって言ってたんだ。でもそんなデカいドリルなんてどこのホームセンターに行ったって見つかりやしねぇ。重機ならあるかもしれねぇが、そんなのを使ったら絶対目立つ。だから違うと俺は思ってるんだが――」


 『ドリル』という単語を聞いた瞬間、ユカはダイブマンを思い出した。しかし、彼ではないとすぐに思い直した。

 彼は敵対しない限り温厚なのだ。ここまで残酷な事はしないだろう。そう思ったのだが、頭のどこかで別な思いが浮かんだ。

 しかし……彼のドリルは確かに大きかった。丸太と言われれば、それくらいの直径があったような気がする。この場に死体が無いのでハッキリとは言えないが、彼のドリルは被害者の穴にピッタリとはまるのではないか。そこまで思えた。


 でも……ユカは頭を振って、今のを追い出そうとした。

 考えられない。彼がそんな事をするはずがない。それに犯行時刻は何時か。もしかすると、その時間はヘイヤ達と戦っていたのではないのか。ならば、やはり彼は無実だ。

 なかば思い込みのようではあったが、どうしても彼が犯人には思えなかった。


「ところでお前さん、別にこの事件を追ってたわけじゃないだろ?」

「……分かります?」

「分かるさ。刑事の勘ってヤツだな。別な事件を追ってたら、たまたまここに来ちまったんだろう? ん?」

「まいったな……大当たりですよ……」


 ヘイヤは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「実はある人の失踪事件を追っていたんです」

「失踪? おい、ちょっと待てよ!」


 ハドソン警部は慌てた様子で手帳を開いた。


「当ててやろうか? この中にソイツがいる」


 そう言ってヘイヤに手帳を渡す。その瞬間、彼の背中がこわばるのが見えた。


「こんなに!」


 彼は驚きの声を上げた。


「ああ。そこに書いてある奴、全員が失踪者だ。つい最近のことだ、管轄内で急に失踪する奴が増えてな。本部も頭を抱えてるんだ」

「……確かに、この中に名前がありました。でも、どうしてこんなに……」

「さあな。老若男女、種族問わず。本当に誰でもいいって感じでだ。被害者が生きてるかどうかさえ、全く分からねぇ。……まあ、1つ分かってんのは、被害者が失踪する直前、霧が出ていたって事くらいだ。おそらく、霧に隠れて誘拐してるんだろうが……」


 ヘイヤから返された手帳をしまいながら、ハドソン警部は肩をすくめた。雰囲気から察するに警察でもお手上げ状態であるらしい。


「お前さんなら分かるだろうが、霧の中での捜査は大変だ。新米はビビッて使いものにならないし、相手がかくれんぼの達人なら気配を感じる事すらできやしねぇ」

「言いたい事は分かります。僕達は今まで何度も霧の中を調査してきました。こちらも全力を尽くします」


 ヘイヤは真剣そうな顔をして言った。その時であった。


「ん? 霧が……」


 どこからともなく霧が出てきた。たちまち周りは何も見えなくなる。


「噂をすればってか?」


 ハドソン警部は困った様子でため息をついた。


 と、突然悲鳴が聞こえてきた。現場の入り口の方からだ。

 何があったのか。ユカがそう考えていると、警察官の1人が慌てた様子でやって来た。


「警部! 大変です! 奴が――」


 言いかけたところで彼は突然倒れた。その後頭部には半球状の何かが埋まっている。

 撃たれたのだ。そう思った瞬間、ユカは息をのんだ。


 何を撃ってきた。何故撃たれたと思った。それは自分が、この物体は『弾丸』だと知っているからだ。そしてこれを撃って来る相手と言えば……

 ユカが答えを頭の中で言うより早く、そいつはユカ達の前に姿を現した。


 大柄で、頑丈そうな潜水服を着た者。

 そいつの名は……ダイブマン。

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