07 夢のために変態になってしまいました。
翌日の早朝、ユカはアリスと共に中心地に近い通りに向かった。
アリスの話によると、今日は朝市がある日らしく、その手伝いをしなくてはならないらしい。
会場に着くとすぐに屋台の組み立てを始め、商品を陳列した。
その作業の多くはユカの役目であり、アリスは指示ばかりして時々リンゴ酒を飲んでいた。
自分が楽をするために連れて来たのか、それとも昨日の事をまだ怒っているのか、ユカには全然分からなかったが、彼女の機嫌を損なうような事だけは絶対に止めようとだけ思った。
商品は一般的な農作物だ。鉛筆や便所用のブラシ等の日用雑貨も少しある。これらが全部同じ畑から採れたなんて誰も想像すらしないだろう。
ちなみに同じく栽培されていたライフル銃や手榴弾等といった危険物は置いてない。それらはヘイヤ達のために栽培しているのだそうだが、もしかして裏の市場で販売しているのでは、とユカは疑わずにはいられなかった。しかし、詮索するのは危険な気がして、あまり考えないようにした。
店の前には開店前からたくさんの人が集まっていて、商品を見つめていた。そしてアリスが開店を宣言した瞬間、彼らは奪い合うように商品を手にして代金を突き出してきた。会計もユカの仕事であったため、彼女は何度もパニック状態となったが、なんとかやり過ごす事ができた。
商品はあっという間に消えていき、人々が去った後には何1つとして残っていない状態になっていた。残ったのは大量のお金だけ。アリスがそれを鼻歌交じりに数えるそばでユカは片付けを始めた。
「あの……いつもこんな感じですか?」
片付けをしながらユカは訊ねた。
「ええ、そうよ。別にアナタがいたから売れたってわけじゃないの。ま、私とアナタ、どっちが魅力的かなんて考えるまでも無いわよね?」
アリスは意地悪そうな笑みを浮かべると、わざとらしく巨大な胸を揺すってみせた。
ふと、ユカは自分の胸に手を当てる。アリスの前では貧相の中の貧相である。凄く泣きたくなった。
「ま、冗談はさておき、これが信頼と品質の証よ」
お金を金庫にしまいながら、アリスは答えた。
「私は何でもかんでも栽培しているわけじゃないの。ちゃんと研究して、どう品種改良すればいいだとか、土はどうした方がいいかとか、そういう苦労を乗り越えて今の作物があるのよ」
「そ、そうなんですか……」
箒とか銃の品種改良ってどうやるのだろうか、どう育てたら質がよくなるのだろうか、等とユカは思ったが、訊ねて教えてもらったところで全然活かせそうもないため、話はそれでお終いにした。
「……それにしても、ダイナちゃんは大丈夫でしょうか?」
粗方片付けが終わったところで、ユカはふと気になってアリスに訊ねた。
「大丈夫じゃない? よく分からないけど。まあ、チェッシャーの紹介だし信用はできるんじゃない?」
アリスは残ったリンゴ酒一気に飲み干した。
ダイナは昨日、チェッシャーに連れられて外出したきり、まだ戻って来ない。
彼の話によると、彼女の義手を作るためにとても腕のいい職人の所へ案内するとの事だったが、一夜明けても戻って来ないところを考えると、難航しているらしかった。
「ま、心配してもしょうがないでしょ。ほら、さっさと帰って朝ご飯にしましょ」
そういってアリスはさっさと帰り始めた。ユカは慌てて片付けを終わらせて彼女の後を追った。
◆◆◆
「ただいまー」
「やあ、戻ったよ」
チェッシャーとダイナが帰って来たのは、ちょうど朝食の用意ができた時であった。
ダイナの服装は昨日と違い、赤のエプロンドレスを着ていて、左の袖からは銀色に光る義手が出ていた。無事に完成したらしい。
「ずいぶんかかったみたいじゃない?」
トーストを一口食べながらアリスは訊ねる。
「これでもだいぶ急がせた方なんだがねぇ、彼女にふさわしい義手を作るのに、それはそれは苦労があったのさ。……ほら、ダイナ。さっきの『アレ』、お姉ちゃん達にも見せてあげなさい」
チェッシャーはそう言うと、どこからともなくリンゴを1個取り出して彼女に差し出した。
すると彼女は義手で受け取った。まるで本物の手のように滑らかな動きをしている。しかしそれだけでは無かった。そのまま目の高さまで持ち上げると、アルミ缶よりも簡単に握りつぶしてしまった。
ユカは思わず、持っていたトーストを落とす。
「どうだい? 凄い握力だろう? でもね、ただ強いだけじゃないんだ。完熟のトマトを全く潰さずに持つ事のできる程の繊細さも合わせ持っているのさ」
「は、はぁ……」
ユカは間の抜けた返事しかできなかった。
「それだけじゃないよ」
チェッシャーはそう言うと、スイカと大きめのボウルを取り出した。そしてボウルを片手で持ち、もう片方の手で真上にスイカを放り投げた。
その瞬間、彼女の義手は無数の触手へと変化してスイカをみじん切りにした。そしてボウルにバラバラになったスイカが入った。
もはや義手ではなく、ただの兵器である。
「どう? 凄いでしょ? ……あ、このスイカはデザートにどうぞ」
チェッシャーはスイカの入ったボウルをテーブルの上に置いた。
「あら、凄いじゃない。料理する時に便利そうね」
アリスは全く感情を込めずに言った。もちろん、褒めているわけではない。
「チェッシャーさん! ダイナちゃんをどうしたいんですか!」
彼のオモチャにされているような気がして、ユカは少し強めの声を出した。
「せっかくの義手なんだ。色々と機能を詰め込まないともったいないよ。……あ、そうだ。ユカ君、君って少しトリミングした方がいいんじゃないかい? 彼女に任せてみたらどうだろう? 彼女の手はハサミにも変形できるんだ」
チェッシャーがそう言うと、ダイナは義手を大きなハサミに変えた。首どころか胴体も一撃で真っ二つにしてしまいそうな造形にユカは恐ろしさを感じた。
「それより2人共、朝ご飯はまだでしょ? 今から準備するから座って待ってて」
話題を変えようとしたのかアリスが声をかけた。
ダイナは義手を元に戻すと、眩しいくらいの笑顔をしながら席に着いた。しかし、チェッシャーは動こうとはしない。
「いや、僕ちんは結構。この後、ヘイヤ君と一緒にカフェでお食事の予定だからね」
彼はそう言って家を出て行った。
ユカはすぐに席を立ち、彼の後を追う。彼に頼みたい事があったのだ。
「すいません! チェッシャーさん!」
彼を呼び止めて追いついたのは、玄関を出た所であった。
「んー、どうしたい?」
「あの、お願いがあるんです」
「おや? もしかしてデートかい? すまないねぇ、君はタイプじゃないんだ」
「違います!」
茶化されたような気分になって、ユカを声を荒げた。
「にひひ、冗談だよ。それで? お願いとは何だい?」
「ヘイヤさんのお仕事に同行させて欲しいんです」
「ほう!」
チェッシャーはちょっと意外そうな声を出した。
「チェッシャーさんに言われて、自分の『夢』の事を考え直してみました。それで思ったんです。私は今まで、困っている人を助けたくても力が無いせいで助けられなかった事が何度もありました。だから、これからは助けられなかった人の分、いやそれ以上の人を助けたいと思ったんです」
「ふぅん、『困っている人を助けたい』ねぇ……」
「どんな魔法を使ってどう助けるかはまだ決まっていません。でも、ヘイヤさんの活躍をこの目で見て確信しました。彼を見習う事、それが私の『夢』を確定的なものにするって」
「なるほど、少しは成長したようだね」
チェッシャーは感心した様子で言った。
「君はまだ若い。今のうちに様々な体験をするというのは、とても素晴らしい事さ。それが糧となり、自分の力となるからね。それこそ、ヘイヤ君のお仕事は実に刺激的で、君には色々な意味で濃厚な経験となるだろうね」
「じゃあ――」
「しかし、だ」
チェッシャーは顔を近づけながらユカの言葉を遮る。
「彼の仕事にはとても危険が伴う。実際、『狂気の力がなかったら死んでいた』という経験はウンザリする程あったさ。ほら、昨日だって見てたね? そんな仕事に君を連れて行くというのは、自殺を手伝うようなものさ。簡単には『はい』とは言えないねぇ」
「……ですよね」
ユカは残念な気持ちで肩を落とした。
「と、いうわけでだ。君にはちょっとした試験を受けてもらうよ」
「……はい?」
ユカは彼の言葉に目を丸くする。まさかのチャンスだ、驚かない方がおかしい。
「朝食が済んだら、またここに来るよ。今度はヘイヤ君と一緒にね。そして彼と戦ってもらって、君の実力を試させてもらうよ。君に自分の身を守れるだけの力があるかをね」
チェッシャーはユカに背を向けた。
「彼に手加減させる気は全く無いよ。それでも大丈夫そうなら、同行を許そう。今からしっかり態勢を整えておく事だね」
彼はそう言って去って行った。
せっかく貰ったチャンスだ。絶対に逃すものか。
ユカはそう固く決心すると、家の中へと戻っていった。
◆◆◆
「……えっと、本気……なんだよね?」
ヘイヤは心配そうな顔をしてユカに訊ねた。
「はい! お願いします!」
ユカは杖を持って構えながら答えた。
ここはアリスの家の庭だ。絶対に畑には近づかず、そして荒らさないと約束した上で、この場所を借りたのだ。
今、ヘイヤとユカは離れて向かい合うように立っている。そして間には審判役のチェッシャーがいて、彼らから十分離れた所でアリスとダイナがその様子を見ている。
「では、始める前にもう1度確認しておこう」
チェッシャーが話し始めた。
「ルールは簡単。両者共に全力で戦う事。手加減は無し。もちろん危ないと判断したら、僕ちんが何とかしよう。ユカ君、分かっているね? この戦いで君は、僕ちん達の足手まといにならないという事を証明しなくてはいけない。今の君の全てを出し切りたまえ」
「はい!」
ユカは元気に返事をした。
「よろしい。では、始めたまえ!」
「はぁ!」
チェッシャーが号令をかけた瞬間、ユカは自分が知っている魔法のうち、攻撃に使えるものならなんでも放った。火球、ツララ、真空波……様々な魔法がヘイヤに向かって飛んでいく。
それに対するヘイヤの対応は素早かった。パンツの中からフラフープを取り出すと、妖艶に腰をくねらせて回し始めた。すると、フラフープからバリアのようなものが発生し、ユカの魔法が全てはじかれた。
そのままヘイヤの反撃が始まる。フラフープを回したまま彼はユカに接近した。残像が残る程の異常な速度だ。そしてそのまま彼女を通り過ぎた瞬間、彼女の脇腹には鋭利な刃物で斬ったような傷ができていた。少し遅れて傷から血がにじむ。
彼は何度も彼女の前後を行き来した。そのたびに彼女の体には切り傷が刻まれていく。これが超高速での移動により発生した真空波だと彼女が気づいた時、すでに傷だらけになっていた。
魔法を『放つ』のでは当たらないし、当たっても効かない。攻撃方法を変えなくては。そう思ったユカは両手で杖を持ち、杖の先に精神を集中させた。すると、杖の先から光る棒状の物が現れた。長さは約120cmくらいだ。
これは『魔剣』と呼ばれる魔法だ。自分の中を流れる『魔力』と呼ばれるエネルギーを杖の先から放出し、そのエネルギーを変質させて刃のような切れ味を持たせるという魔法である。
「そこです!」
次にヘイヤが近づいた瞬間、ユカは『魔剣』で反撃した。命中した瞬間に眩しい光が発生し、彼は大きく吹っ飛ぶ。しかし、彼にダメージらしいダメージは与えられなかった。
「やるね!」
ヘイヤは綺麗に着地しながらユカを褒めた。
「私、こう見えて剣道は得意なんです。居合道の経験もありますし」
ユカは笑顔で言った。
「なるほど! 流石はサムライの国の出身だけはあるね! でもこっちだって負けないよ!」
ヘイヤはフラフープを捨てると、帽子をかぶり直した。すると、彼の股間から『魔剣』が発生した。しかも太くて長い、まるで丸太だ。
「ちょっとヘイヤ! 見栄の張り過ぎよ! 本当は貧相のクセに!」
ここでアリスがヤジを飛ばす。
「う、うるさいな! 体はそうでも、心はこれくらいのサイズなんだって!」
ヘイヤは彼女の方を見て反論する。どう考えても隙だ。
「やぁ!」
ユカは一気に距離を詰めると、本当に殺すつもりでヘイヤを斬ろうとした。ところが、彼の『魔剣』はまるで意思を持っているかのように、勝手に動いて防御した。
「え?」
「おっと! よそ見しちゃダメだよね」
ユカは慌てて距離を取る。すると彼の『魔剣』は鞭のようにうねり、そして伸びた。
「……っ!」
居合の技を使ってはじく。しかし、すぐに次の攻撃が来る。
またはじく。また来る。これの繰り返し。反撃する隙が無い。
ユカは昨日の彼の戦い方を思い出した。股間の白鳥による猛攻。アレとよく似ている。という事は……
そう思っていると、まさに『それ』がやって来た。乱れ突きである。はじこうとするが、先ほどとは段違いの速さのため、全てをはじく事ができない。防御に徹するも、一撃一撃が重く、後ろに押されていく。
どうする。ユカは必死で考えた。
もっと離れて魔法を放つか。いや、彼の『魔剣』は全てをはじくだろう。ではもっと近づくか。いやそもそも今の攻撃の前で接近する事は不可能だ。打つ手が無いのか。負けなのか。
一瞬だけ彼女は弱気になった。しかし、すぐに思い直した。
嫌だ。負けるわけにはいかない。このまま負けては自分の『夢』を叶えられなくなる。諦めたくない。そう思った。
すると、1つだけ対抗策を思いついた。『目には目を、チ○コにはチ○コを』だ。
ユカは持っていた杖を股で挟んだ。幼い頃、丸めた新聞紙を股に挟んで『チ○コ生えた』とバカな事をした。その時の記憶を思い出す。
すると、彼女の『魔剣』に変化があった。一本だったものが無数に分裂したのだ。まるでクラゲの触手のようであった。
ヘイヤの『魔剣』が襲いかかる。するとユカの『魔剣』は彼の『魔剣』に絡みつき、ガッチリと動きを止めた。
いや、それだけでない。彼の『魔剣』に沿って這うように彼女の『魔剣』は伸びていき、ジワジワと彼へと迫っていった。
「あれ? そんな……解除できない」
ヘイヤは慌てた様子で言った。
「くっ……大胸筋ビーム!」
ヘイヤが叫ぶと、彼の鍛え上げられた大胸筋からビームが発射された。
「なんの!」
ユカは自身の貧相な胸に気を集中させると、ヘイヤと同じようなビームが発射された。そして相殺する。
そのまま彼女は『魔剣』で彼の『魔剣』を本体ごと持ち上げ、思い切り地面に叩きつけた。大きく土煙が舞う。
「よし、そこまで」
チェッシャーは止めた。それを合図にユカは魔法を解除する。
土煙が晴れていくと、ヘイヤの半身が地面に埋まっていた。
どう見てもユカの勝ちである。
「ふむ、ここまでとはね……」
チェッシャーは感心した様子でユカを見た。
「僕ちんは『勝て』とまでは言ってなかったんだけどね。いや、本当に驚いたよ。それに比べてヘイヤ君! 君は情けないねぇ。変に気を使って手加減するからこうなるのさ! 彼女の実力を甘く見ていた証拠だね」
彼はユカを褒め、ヘイヤを叱った。そして彼女に近づいた。
「おめでとう。これで君は彼の仕事に同行する事が許されたよ」
「はい! ありがとうございます!」
ユカは息を切らしながら答えた。
「ただ……まあ、僕ちんの個人的な意見なんだがね……」
「はい?」
「確かに君は勝った。しかし、そのためにヘイヤ君の真似をした。そこはどうかと思うけどね」
「そ、それは……」
ユカは言葉に詰まった。
彼が言おうとしている事は分かる。ヘイヤは見習うべき相手である。しかし、それはヒーローとしての側面を指し、変態としての側面を指しているわけではない。今、自分は変態としてのヘイヤを見習った。目的とやっている事がズレてしまったのだ。
もし変態として困っている人を助けたいならそれでいい。しかし、そうではない。そういう意味では、『失敗』を犯してしまったという事だ。
「すいません……気をつけます……」
ユカは謝った。
「そうだねぇ。君に専門家として1つアドバイスをプレゼントしよう」
「え?」
「魔法は精神の力さ。つまり心の強さが魔法の強さになる。確かに狂気の力は素晴らしいものだ。しかし、それ以外が劣っているとは思っていないよ。人にはそれぞれ得意・不得意があるように、心にもそれがある。だから安易に狂気を選ばずに、自分のとって一番得意な気持ちで魔法を使う事が望ましいのさ。僕ちんが立てている仮説によると、それが見つかった時、その力は狂気よりもずっと強くなるはずさ」
「『自分のとって一番得意な気持ち』……」
「あえて例は出さないよ。自分で見つけなきゃいけないからね」
「はい、頑張って見つけます!」
ユカは頭を下げた。
「じゃ、さっそく事務所へ行こうか。ほら、ヘイヤ君! いつまでそうしているつもりだい? そのまま畑の作物にでもなる気かね?」
チェッシャーは再びヘイヤを叱った。
こうしてユカはヘイヤの仕事に同行する事が許可された。
しかしこの時、とても大きな事件が待ち構えているとは全く思わなかったのであった。




