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06 変なものは訳ありでした。

 少し、昔の話をしなくてはならない。


 今から1500年以上前、ヒューマンはまだ存在していた。

 その頃ズーマンはヒューマンの奴隷として存在していた。時に恥ずかしめ、時に実験材料にしたりと非人道的な行為の犠牲となる事も少なくなかったという。

 そうした背景もあり、ある時ズーマン達は一斉に反乱を起こした。そしてヒューマンを皆殺しにした。これがヒューマンが絶滅した理由である。


 しかし、それで話は終わらない。

 ズーマン達は今まで受けた仕打ちからヒューマンの事を、人に対する純粋な悪意を指す言葉、『悪魔』と呼ぶようになった。

 それ以降、ヒューマンは何よりも忌むべき存在として語り継がれてきた。



 ◆◆◆



「貴様らぁー! もう許さんぞぉー!」


 ダイブマンは怒り狂ったような雄叫びを上げた。


「ねぇ、聞いた? 許さないってさ」

「にひひ。最初から許す気なんてなかったのにね」


 ヘイヤとチェッシャーは顔を見合わせた。そして、突進してきたダイブマンを余裕を持って避けた。


 向きを変えたダイブマンの手にはいつの間にか新たな武器が装着されていた。大きな銃のような何かである。

 彼はそれをチェッシャーに向けて発砲した。その瞬間、チェッシャーの胸に半球状の何かが埋め込まれる。


「おや? これは何かな? 刺さっているようだけど……釘かな? ……いや、なるほど、これはリベットだね」


 チェッシャーは胸に刺さったリベットの頭を撫でながら、落ち着いた様子で分析した。明らかに心臓に刺さっているが、これも狂気の力によるものか全く効いていない。


「わぁ……痛そうだね」

「ああ、痛いとも。それに返しがついてるから、1度刺さるとなかなか抜けないよん」

「そっか……じゃあ気をつけ――痛い!」


 言いかけたヘイヤの頭にリベットが発射されて突き刺さった。おそらく脳に達していると思われるが、彼は『痛い』の一言で済ましてしまった。


 狂気の力は凄い。ユカはヘイヤとチェッシャーの様子を見ながらそう思った。

 自身が抱きしめているものは見ていない。一種の現実逃避である。


 大昔に絶滅したはずの生物、それも『悪魔』と呼んでいるものが今ここにいる。そんな事あるわけがない。きっと見間違いだろう。もしくは幻覚を見たとか。そう思う事で、ユカは心を平静に保とうとした。

 しかし、腕の中で何かの生物がモゾモゾと動いているのを感じる。何かが間違い無くここにいる。そう思うと彼女はもう1度確かめずにはいられなかった。そこでチラリと腕の中の生物を見る。


 『悪魔』がこちらを見返していた。

 見間違いでも何でもなかった。『悪魔』だ。自分は今、『悪魔』を抱きしめている。ユカは背筋が凍り付くのを感じた。


 本当はすぐにでも放り投げたかった。しかし、体が言う事を聞かない。これも『悪魔』の力なのかとユカは怯える。

 『悪魔』はこちらを見つめたままだ。目を合わせてはいけない、そう思った彼女は目をつぶって明後日の方向を向く。

 すると、『悪魔』はさらにモゾモゾと動き出した。そして何かが喉に触れた。

 それが手である事は感触ですぐに分かった。そのまま手から命を吸い取るつもりか。そう思った彼女は死を覚悟する。


 ……しかし、何も起こらなかった。

 いや、正確には『悪魔』は撫でただけだった。それ以上の事は何もしない。

 ユカは恐る恐る『悪魔』を見た。笑っていた。楽しそうに喉を撫でて笑っている。


「可愛い」


 『悪魔』は呟いた。それを聞き、ユカは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じた。

 と同時に気がついた。『悪魔』の体は自分達と同じくらいに暖かい事に。


 ユカは改めて『悪魔』、いや彼女(・・)の顔を見た。

 自分達とは大きく異なる形をしている。そして体毛は目の上と頭部にしかない。しかし、それだけだ。何故だかわからないが、それ以外は自分達と同じであるような気がした。


 ヒューマンがズーマンにした事は誰もが歴史の授業で習う事だ。しかし、目の前の彼女がそんな酷い事をするようにはどうしても思えなかった。

 むしろ、過去に悪い事をした種族であるだけで彼女を恐れている自分の方が酷いのではないのか、そう思えた。


 気がつくとユカは彼女を離していた。彼女は逃げる様子が無く、ジッとユカの前に立って見上げている。

 ユカは思い切って彼女の顔を撫でてみた。スベスベの肌をしていて、暖かく、そして柔らかい。


「くすぐったい」


 そう言って笑う彼女を見て、ユカは確信した。彼女は『悪魔』なんかではない。一人の『人』である、と。

 そして同時に、何故ダイブマンが攻撃してきたのか、その理由が何となく分かった。ヒューマンである彼女がここにいる事、それを誰にも知られたくなかったからだ。1人にでも知られてしまえば、人々は彼女を殺そうとするだろう。それを恐れていたに違いない。

 何故彼がヒューマンを守ろうとしたのか、今はその事はどうでもよかった。今大事な事は、『戦う必要なんてどこにもない』という事だ。ダイブマンはただ彼女を守りたいだけだ。彼は彼女にとってたった1人の味方である。そんな彼がヘイヤとチェッシャーに倒されようとしている。それは絶対に良くない事だ。

 戦いを止めさせなくては。そう思ったユカは女の子の両肩に手を置いた。


「ねぇ、お姉ちゃんを手伝ってちょうだい」

「え?」


 ユカの言葉に彼女はキョトンとする。


「ダイブマンが、おじさんが戦うのを止めさせて。お姉ちゃんは後の2人を止めるから」

「……うん」


 女の子は少し考えてから頷いた。そして大声で叫んだ。


「おじさん! 止めて!」


 声が下水道中に響いた瞬間、ダイブマンは反射的に動きを止めた。


「今だ!」


 隙ありとばかりにヘイヤはダイブマンに攻撃しようとした。股間の白鳥が彼に襲いかかる。


「ストップ!」


 ユカは杖を取り出すと、ヘイヤに向けて衝撃波の魔法を放った。魔法は彼に直撃し、大きく、しかし華麗に吹っ飛んでいく。


「ユカ君! いったい何を!」

「チェッシャーさんも動かないで!」


 ユカはチェッシャーの質問には答えず、杖を彼の方に向けた。


「みんな聞いてください! 戦う必要なんてどこにも無いんです! 話し合いましょう!」

「人質を取っておいて何を言う!」


 ダイブマンはユカの話に耳を貸さず、持っていた『銃』でユカを狙おうとした。


「おじさん止めて! この人は悪い人じゃないよ!」


 女の子は再び大きな声を出す。


「し、しかし……」


 ダイブマンは困った様子で『銃』を下ろした。


「私はこの子がヒューマンだからと言って傷つけるような事はしません!」


 ユカはハッキリと言った。


「むしろ、私もこの子を守りたいんです! お願いします! 話し合いましょう!」

「ぬ、ぬぅ……」


 ダイブマンの返事は曖昧だったが、戦おうする意思はもう感じられなかった。



 ◆◆◆



「で? 何でウチなわけ?」


 アリスはかなり苛立った様子で聞いた。


 ここはアリスの家だ。その台所に、さっきまで下水道にいた5人が席に座っていた。

 彼らの前には淹れたてのアップルティーが置いてある。客が来たらとりあえずお茶を出すのがアリスの流儀らしい。


 家の中は悪臭が漂っていた。言うまでも無く下水道の臭いである。

 ユカ、ヘイヤ、チェッシャー。この3人は下水の中に入った。ダイブマンと女の子は、下水道の中で暮らしていたせいか、臭いが体に染みついている。

 ユカはもう鼻がバカになっているため感じないが、きっとアリスは吐き気を我慢しているくらいに臭い思いをしているであろう事は簡単に想像できた。


「えっと……何となく?」


 答えたのはヘイヤだ。彼がここを話し合いの場にしたいと言い出したのだ。

 アリスは彼を睨み付けると、何も言わずに黙って中指を立てた。そしてすぐにトイレに駆け込んだ。まもなく彼女が嘔吐する音が聞こえてくる。


「それで? 話し合いというのは何かい?」


 チェッシャーは落ち着いた様子でユカに訊ねた。そのまま、お茶をすする。


「私達は敵同士ではなく、共存すべきという事です」


 ユカは簡単に説明した。


「ふむ、共存ねぇ……」


 チェッシャーは女の子を見ながら、またお茶をすする。


「本気なの? 彼女は……ヒューマンだよ?」


 心配した様子でヘイヤが聞いてきた。おそらく彼は彼女の事を『悪魔』と言おうとしたのだろうが、本人の前という事もあり言葉を変えたのだろう。


「ええ。彼女はヒューマンです。でも、悪い子ではありません」


 ユカはキッパリと言った。


「そうだ。彼女は悪くない。むしろ、お前達ズーマンの方が悪い」


 ここでダイブマンが話し出す。


「お前達は我々をただの道具として扱ってきた。そしてこんな見た目をしているだけで敵視する。お前達の方こそ『悪魔』ではないか」


 彼の話し方は落ち着いていたが、明らかに怒りが込められていた。


「ちょっと待って! 道具って?」


 ヘイヤはすぐに訊ねた。おかしな所はすぐに追及する、探偵らしい行動だ。


「ん……言い過ぎたか」


 ダイブマンはそう言うと、そのまま黙ってしまった。


「教えてください! 私はアナタの事も、彼女の事もちゃんと理解しなきゃいけないんです!」


 ユカは頭を下げてお願いした。頭を下げたまま、彼が答えるのを待つ。

 しばらくそうしていると、彼は小さくため息をついた。そして、呟くように話し始めた。


「『ラプチャー・サイエンス』……」

「え?」

「聞いた事があるか?」

「あ、僕知ってる。どこにあるか分からない海底都市、そこで色々と研究している機関の事でしょ? 師匠から聞いた事があるよ」


 ユカの代わりにヘイヤが答えた。


「『色々』か……その『色々』に含まれるのが、俺とこの子だ」


 ダイブマンはそう言って、隣の席に座っている女の子の頭を撫でた。


「俺達は奴らによって開発された、『人造ヒューマン』だ」

「人造……」

「ヒューマン?」


 ユカとヘイヤは顔を見合わせた。


「俺は海底都市の保守・点検作業用に開発されたモデルの1体だ。まあ、俺の担当は研究施設の清掃だったがな」


 ダイブマンは胸のナンバープレートを指しながら、皮肉めいた笑い声を上げた。


「ある日の事だ。俺は研究者の1人に呼ばれて、欠陥品の廃棄を命じられた。それがこの子との出会いになる」


 彼は女の子の方を見た。


「欠陥品?」

「まだ気づかないか? 彼女には左腕が無い」


 彼に言われて、ユカは女の子の体を服の上から触ってみた。確かに、左の二の腕の辺りから先が無い。


「彼女が何のために開発されたのかは分からない。だが、左腕が無いのは研究対象として使えない事は間違いないだろう。……まあ、その話はとにかく」


 ダイブマンは大きく咳払いをして、話を本題に戻した。


「俺は彼女を抱きかかえて処分場へと向かった。そう命じられたからな。だが、その途中で不思議な事が起こった」


 彼は上を向いた。


「ふいに彼女と目が合った。自分がこれからどうなるかまるで分かっていないような目をしていた。そんな目を見ているうちに、俺の頭の中にこんな考えが浮かんできたんだ。『彼女を生かしたい』と」

「『生かしたい』」


 ヘイヤは繰り返した。


「どうしてそう思ったか、未だにわからん。だがこの時、俺は何かから解放されたような気分になった。俺は俺であり、誰の命令にも従わず、自分の事は全て俺が決める。そう考える事ができるようになった」

「なるほど、だから彼女を生かす事を君は決めたわけだ」

「まあ、そういう事だ」


 ダイブマンはチェッシャーの方を向いて答えた。


「俺はすぐに行動した。彼女を連れて潜水艦を強奪し、海底都市から脱出した。後は気の向くままに走らせたところ、ここにたどり着いたというわけだ。全くと言っていい程に無計画だったからな、無事にここに着いたのは奇跡としか言いようが無い」

「そうだったんですか……」


 ユカはお茶を一口飲んだ。


「これで俺達は自由だ。最初はそう思っていたが、すぐにそれは甘いと分かった。ズーマン達にとって俺達は駆除すべき異形の化け物だった。それゆえ、敵意から身を守るために下水道の中で暮らす事にした」

「もしかして、ゴミ箱を探していた理由って……」

「そうだ。食べられる物を探すためだ。店から奪うといった大ごとになりかねない事はしたくなかったからな。幸いにもここは霧がよく発生するから、身を隠しながら調達するのは楽だった。といっても、たまに見られる事もあったわけだが……」

「なるほど、それが真相か……」


 ヘイヤは納得がいったように頷いた。


「さて、お前は『俺達は共存すべき』と言ったな? 具体的には何だ? お前達は俺達に何をしてくれるんだ?」


 ダイブマンはユカの方を向いて訊ねた。


「『アナタ達は悪い人ではない』、そう皆さんに訴えていきたいんです。そして人らしい生活ができるようにしていきたいんです」

「ほう? お前1人でか? そんな事が本当にできると思っているのか?」


 ダイブマンは嘲笑の声を出すと、両手で自身のヘルメットを掴んだ。そしてゆっくりと外してみせた。

 空気が抜ける音と共に隠されていた彼の素顔が明らかになる。それを見た瞬間、ユカは息をのんだ。


 彼の顔は醜悪なものであった。皮膚が無く生肉の色をした半球状の頭、(まぶた)の無い2つの目、剥き出しの歯列。

 女の子と比べると同じヒューマンとは思えなかった。


「どうだ、醜いだろう? この顔を見て、まだそんな事が言えるのか? この子はともかく、誰が俺を受け入れてくれるというのだ?」

「でも……この子はそんなアナタを受け入れてくれたんですよね?」


 心を落ち着かせたユカは女の子の頭を撫でながら彼に訊ねた。


「私、思うんです。ヒューマンとズーマン、見た目は全然違います。でも、本質は変わらないって。同じ『人』だと思うんです。ですから、この子にできるなら、私達だってきっとできるはずです」

「ふむ……」


 ダイブマンは考え込むような顔をすると、お茶を一口飲んだ。


「あー、ユカ君。僕ちん思うんだがね……」


 ここでチェッシャーが話しかけてきた。


「君の考えはとても素晴らしい。でも、現実的じゃない。世の中には偏見を持った人々が大勢いる。彼ら全員を説き伏せようとするなら……もはや洗脳するしかないよ」

「そんな――」

「しかし、だ」


 チェッシャーは右の人差し指を立てて、ユカの話を遮る。


「君は今、とてもいい所に気がついた。おかげで1つ、この問題を簡単に解決する方法を思いついたよ」

「え?」

「見た目が違うから争いが起こるというなら、こう考えればいい。『同じ見た目なら平和でいられる』と」


 チェッシャーはそう言って席を立つと、女の子のそばに移動した。


「取り出したるはアメっこちゃんとハサミ」


 どこからともなく、チェッシャーは小さなキャンディーとごく普通のハサミを取り出す。


「ハサミで僕ちんのお毛々を少しカット」


 彼はハサミで指の体毛を切ると、その毛を女の子の頭に乗せる。


「さあ、お食べ。これで完了するからさ」


 彼は女の子にキャンディーを差し出した。彼女はすぐに受け取ると、口に入れる。すると、彼女の身に変化が起きた。

 まず猫の耳が生えた。瞳は縦に切れ長となり、ツルツルだった肌に黒い毛がみっしりと生えてくる。そうしてどんどんと彼女はヒューマンの姿から遠ざかり、最後には黒猫のズーマンになった。


「これは!」

「魔術という学問には多くの魔法が存在するけど、その中に『変身術』と呼ばれる魔法がある。その名前の通り、別な何かに変身するための魔法さ。ヒューマンが怖い? ならズーマンにしてしまえばいい」


 ユカが驚く様子を見て、チェッシャーは簡単に説明した。


「ユカ君の理想とは違うかもしれないけど、これでこの子はズーマンの中で生きていけるようになったよ。さて、次は君の番さ」


 チェッシャーはダイブマンの方を向いた。


「いや、俺は結構」


 ダイブマンは残ったお茶を一気に飲み干すと、ヘルメットをかぶった。


「見てわかる通り、俺は本来のヒューマンとはかけ離れた存在、消耗品として作られた量産型だ。元々長くは生きられないような造りになっていて、俺はもうすぐ寿命を迎えるはずだ。生きたいという願望は無い」


 彼は首を横に振る。


「ここしばらくは、『俺が死んだらこの子はどうなるか』とばかり考えていた。しかし、今日でこの悩みから解放される」


 彼は席を立って帰ろうとした。


「その子はお前達に託す。ズーマンでありながらヒューマンを受け入れる者などめったにいるものじゃない。これは何かの縁だ。どうか幸せにしてやってくれ」

「おじさん!」


 女の子は席を立つと、ダイブマンに抱きついた。別れるのが嫌なのだろう。


「分かってくれ。お前をずっと下水道に閉じ込めておくより、コイツらと一緒にいる方がずっといい。お前には人として生き、人としての喜びを感じて欲しいんだ」

「やだ! おじさんと一緒がいい!」


 女の子は大粒の涙を流す。ダイブマンは彼女をしばらく見ていると、小さくため息をついて彼女の頭を撫でた。


「……分かった。じゃあ、こうしよう。寂しくなったら、いつでも俺の所に来い。ただし、普段は我慢してコイツらと一緒に暮らすんだぞ」

「……うん」


 女の子はあまり納得していない様子だったが、諭されて彼から離れた。


「あの……これからはどうするんですか?」


 ヘイヤが訊ねた。


「そうだな……下水道に戻って今まで通りの暮らしをしようと思う。あそこは酷い有様でな、修復するべき場所がたくさんある。今までは暇つぶしに直してたが、これからはそれを使命に余生を過ごそうと思う。俺は直したり点検したりするために生まれた男だからな」


 ダイブマンはそう言って笑った。


「ふむ、ではこうしよう。君のために、時々新鮮な食料を持って行ってあげよう。その時、彼女も一緒に連れていけばいい。君は今までよりは美味しい物が食べられるようになり、彼女は君に会う事ができる。一石二鳥じゃないかね?」


 ここでチェッシャーが提案した。


「なるほど、悪くない考えだ。では、今言った事は必ず守れよ。俺達の信頼のために」


 そう言ってダイブマンは家を出て行った。


「……行っちゃったね」

「あの人、最後まで『さよなら』って言いませんでしたね」

「そりゃ、言う必要が無いからさ」


 チェッシャーの言葉に、ユカとヘイヤは彼の方を見た。


「これでお別れというわけじゃない。これからも会えるのさ。だからだよ」


 彼の言葉に2人は頷いた。


「さて、君。いまさらだけど、名前を教えてもらっていいかな?」


 チェッシャーは女の子の目線の高さに身をかがめて訊ねた。


「……名前? 無いよ」


 女の子はキョトンとした顔をして答える。


「ふむ、そうか。なら、僕ちんがつけちゃおうかな……そうだね、『ダイナ』というのはどうだろう?」

「あ! いいね、それ!」


 ヘイヤはチェッシャーに向かってサムズアップしてみせた。


「『ダイナ』。これからみんなはアナタの事をそう呼ぶけど、大丈夫?」


 ユカは女の子に訊ねた。


「うん、いいよ。私は、ダイナ! よろしくね、お姉ちゃん!」


 彼女は嬉しそうに答えた。彼女の顔を見て、ユカ達の顔もほころぶ。


 と、そんな時だった。

 トイレのドアが乱暴に開き、不機嫌そうな顔をしたアリスが出てきた。胃袋の中身だけでなく他にも色々と出たのか、なんとなくさっきよりやつれているように見える。


「で? 話し合いはどうなった?」


 息を荒げながら、彼女は訊ねる。


「やあやあ、万事うまくいったよ」

「うん。紹介するよ、アリス。新しい仲間のダイナ。悪いけど、君の家に住ませてもらえないかな?」

「あの、なんなら私がこの子の面倒を見ますから!」


 ユカ達は口々に言う。しかし、アリスはあまり関心が無いのか、目立った反応が無い。

 が、少し間が空いた後で、彼女は急に喋りだした。


「そう、良かった。初めまして、ダイナ。私はアリス。ここに住みたいって? もちろんいいわよ。ルームメイトは1人より2人の方がいいに決まってるじゃない。彼女のお世話なら私に任せておきなさい。私、そういうのって大好きなの」


 彼女は笑顔で言った。しかし、彼女の言葉は早口であり、全く感情がこもっておらず、そしてなにより、彼女の目は全然笑っていなかった。


「さて、お話はこれでお終いかしら?」

「う、うん……そうだけど……」


 妙に優しい声で訊ねるアリスから不穏な気配を感じたのか、ヘイヤは緊張した様子で答えた。


「じゃあ、お片付けにちょっと協力してもらっていいかしら?」

「は、はい……」


 ユカも緊張して答えた。

 すると、アリスはゆっくりと両手を上げ、そして中指を立てた。


「部屋ん中掃除しろぉ! 服脱いで洗濯しろぉ! 体洗えぇ! 家中クソ以下のクセェ臭いがプンプンすんだよぉ!」


 家の中全体に彼女のヘビーメタルな声が響く。その声を聞き、ユカ達は大慌てで言う通りにするのであった。

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