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04 また変なのに遭遇してしまいました。

 朝、ベッドで寝ていたユカは金属を叩くやかましい音に起こされた。

 飛び上がるように起きて音のした方を見ると、アリスが手にフライパンと木ベラを持って立っていた。


「おはよう。さ、さっさと着替えて」


 ユカは寝起きの頭で言われるがままに動く。

 その際、ふと窓から外を見ると、日の出前の薄暗い空が見えた。朝のかなり早い時間らしい。


「終わった?」

「……はい」

「じゃあ行くわよ」


 アリスは持ってた物をその辺に放り投げた。そして、彼女に手を引かれてユカは家の外まで案内された。


 外に出た瞬間、ひんやりとした澄んだ空気が鼻の中を通り抜けた。ぼんやりしていた頭が次第にハッキリとしてくる。

 早起きも良いものだ。彼女はそう思いながら大きく伸びをした。


「ちょっと! さっさと準備して!」


 アリスの声が聞こえてその方を向くと、彼女は手袋をして背中には大きなカゴを背負っていた。


「あの……説明してもらえます?」


 何がなんだか分からないユカは恐る恐る訊ねた。


「私は農家なの。で、今から作物の収穫するから手伝いなさい」

「あ、はい」


 この家ではアリスが規則。昨日そうハッキリと言われていたので、ユカは言われるがままに従う事にした。

 自分の分の手袋とカゴを受け取り、身に着ける。野菜の収穫なんて初めてであったが、フィーリングでなんとかなるだろうと思った。


「私はこの列をやるから、アナタはあっちの列をお願い」

「あ、はい」


 ユカは言われた通りの場所へ行くと収穫を始めた。


 ニンジン。やはり兎だから好きなのだろうか。そんな事を考えながら、明らかに大きいものを引き抜いてカゴに入れる。

 トマト。生のものは苦手だから食卓に並んだらどうしよう。そんな事を考えながら、真っ赤に熟したものを摘み取ってカゴに入れる。

 箒。掃除が好きなのだろうか。そんな事を考えながら、太くてしっかりとしたものを引き抜いてカゴに入れる。


「……あれ?」


 ユカは鉛筆の収穫をしようとしたところで、ようやく畑の異常に気がついた。

 畑には、野菜でも果物でも無い物も植えられていた。ふとアリスの方を見ると、彼女はライフル銃を収穫している最中であった。


「え? ちょ、え?」


 ユカは混乱したままの状態でアリスの元へと急ぐ。


「ちょ、ちょっと! アリスさん!」

「何? 芋虫でもいた?」

「違いますよ! 何なんですかこの畑は! 変なものが植えられてるんですけど!」


 ユカは背中のカゴから箒を一本取って見せた。


「変とは失礼ね。みんな私が手塩に掛けて育てた作物よ」

「何で箒が銃とかが畑で採れるんですか!」

「何でって……私がそういう体質だからに決まってるじゃない」


 アリスはキョトンとした様子で答えた。


「た、体質?」

「あら、知らない? 私は生まれつき、植えたものなら何でも実らせる事ができるの。そういう魔法が使えるのよ」


 アリスはそう言うと、近くにあった植えられたビンの1つを引き抜き、栓を開けて一気に中身を飲んだ。


「あー! 朝から飲むのは効くぅ!」


 そう言う彼女の吐息は酒臭かった。どうやら中身はアルコール類らしい。


「飲む? リンゴ酒だけど」

「いえ、遠慮しておきます」


 ユカはすぐに断った。


「あら、そう。ウチのは最高よ。他所のなんてドブ水よ」


 アリスは再び飲む。そして小さくため息をついた。


「私がこの力に気づいたのは3歳の時よ。おままごと用のおもちゃの野菜を地面に埋めた事がきっかけなの。地面からおもちゃの野菜が生えてきて、パパもママもビックリしちゃった」

「それはそうですよね」

「私にはそれが普通に思えた。だから、お絵かきでクレヨンが小さくなったら植えて増やして、おやつをたくさん食べたいと思って植えて増やして……そうやって欲しいものは何でも栽培したわ」


 ここでアリスは首を横に振る。


「でも、楽しかったのは最初だけだったわ。すぐに悪い大人に利用されたの。誘拐されて、お金や宝石とか、時には武器も植えるように強制されて……それが嫌で命からがら逃げだしたのよ」

「そう……だったんですか……」

「脱出に成功した私は、もう大人を、いえ誰も信じる事ができなかった。決してこの力を知られないようにって、コソコソと浮浪児として生きてきたの。とても寂しかったし、つらかった……」


 アリスの目から涙がこぼれ落ちる。


「そんな私を助けてくれたのはチェッシャーだった」

「え? チェッシャーって、ヘイヤさんの相棒の?」

「あら、知ってるの? ええ、そう。冬のとても寒い日だったわ。寒くて、お腹も空いて、私は人気(ひとけ)のない路地裏で倒れていた。もうダメ、ここでお終い。そう思ってたところに彼が現れたわ」

「それで……どうなりました」

「抵抗するだけの力も無くて、私は彼に保護された。体を綺麗にされて、暖かい部屋で栄養のあるものをいっぱい食べさせられて、フカフカのベッドで寝かせられたわ」


 アリスは微笑んだ。


「最初は他の大人のように、利用するためだろうって思ってた。でも、彼は知らなかったのかそういう事は何もしなかった。それどこか、実の娘のように可愛がってくれた。こうして私が大人になるまで、彼の家で育ったの」

「チェッシャーさんって優しいところもあるんですね」

「ええ。それである日、私は思い切って秘密を打ち明けたの。『私には何でも栽培できる力がある』って。そしたら『知ってる』って言われたわ」


 アリスは小さく笑った。


「初めから知っていたんですって。知っていて何もしなかった。それどころか、この土地と家を与えてくれて、『この力は自分のために好きなように使って欲しい』って言われたの。信じられる?」

「……いえ」

「でしょうね。彼ったら、底なしの親切者よ。それに、話し相手も紹介してくれた」

「もしかして……ヘイヤさん?」

「そう、そして師匠のルシアンもね。彼らも私の事を悪用しようとしなかった。本当に友達として、いえ家族として接してくれた。だから私は決めたの。『この力は彼らを支えるために、助けるために使いたい』って。だから、野菜や果物、武器とかも栽培するようになったの」

「そういう事だったんですね……」


 ユカはトウガラシのように実った銃弾を見つめながら呟いた。


 アリス、彼女には彼女にしかできない事がある。そして彼女はそれを活用して目標を立てた。

 それはまるで『夢』のようだ。支え、助けたいという思いがあるから、農業に精を出している。目標を達成するための努力をしている。


 自分はどうだろうか。ユカは考えてみた。

 漠然とした夢、留学さえすればなんとかなるという浅はかな考え。アリスの前でもヘイヤの前でも恥ずかしくなった。


「……ただいまー」


 そう考えているところで、ヘイヤの疲れた声を耳にしてユカは我に返った。

 声のした方向を向くと、彼が重い足取りでこちらにやって来るのが見えた。しかも、彼の体のあちこちにはチーズのような穴が空いている。


「あら、おかえり。その様子じゃ、ずいぶん苦労したみたいじゃない?」

「うん。詳しい事は後で話すけど、銃で蜂の巣にされちゃってさ……」


 ヘイヤは穴の1つを指差して言った。


「あら、大変。絆創膏が必要ね」

「うん……でも、先にご飯かな……いっぱい動いたからお腹すいちゃって……」

「ちょうどいいわ。じゃあ、朝ご飯にしましょ」


 アリスとヘイヤは家の中へと入っていった。

 その様子を見ながら、絆創膏を貼るだけで治るなんて便利な体をしているな、とユカは思ったのであった。



 ◆◆◆



「いやぁ、まいったよ。単なる浮気調査のはずだったのにさ……」


 ヘイヤはだらしない恰好でパンを齧りながら言った。


「レストランでデートしているところを写真に収めてたら、そこを突然テロリストが襲ってさ。で、客を助けるために中に入った瞬間、この有様だよ」


 彼は昨日の野菜スープに口をつけた。その瞬間、全身に空いた穴からスープが漏れ出す。


「僕は全裸になって、スプーンを片手に戦ったよ。なんとか全員倒したけど、終わった時にはこんな時間になっちゃった。しかも流れ弾で調査対象も浮気相手も死んじゃってさ。あー、もう最悪だよ……」

「まあまあ。ズーマンだもの、失敗する時もあるわよ」


 落ち込むヘイヤをアリスは慰める。


「とりあえず、少し横になった方がいいわ。疲れている状態じゃ、何を考えても後ろ向きよ」

「うん……そうする」


 ヘイヤはそう言って席を立つと、隣のリビングルームに移動してソファーに寝そべった。間もなくして、彼は大きなイビキをかいて眠り始める。

 アリスはどこからか毛布を持って来ると、彼の体にかけてやり、頭を撫でて頬にキスをした。


「あら、そんなに驚く事無いじゃない。姉妹として当然の事をしたまでよ」


 目を丸くしているユカの方を見たアリスは、少し意地悪そうな顔をしてみせた。


「姉妹?」


 『マーマイト』と書かれたビンの中身をトーストに厚く塗りながら、ユカは聞き返した。


「ええ、そう。私とヘイヤは血の繋がりどころか種族も違うけど、兄弟姉妹なの」

「そうなんですか! でもヘイヤさんはアリスさんの事を『親友』って……」

「あら、そうなの? ……まったく、探偵なのにそういう所は鈍いわね」


 アリスはため息をつきながら、ヘイヤの方を見た。


「あの……いったい……」

「戸籍上は他人だけどね。私達は養子なの。チェッシャーとルシアンとのね」

「……はい?」

「二人はゲイカップルだったの。それで子供が欲しくなって、私達を養子にしたってわけ」

「……はぁ」


 突然の話に、ユカは間の抜けた言葉しか出なかった。


「まあ、二人共ハッキリと言ったわけでも無くて、私が察しただけなんだけどね。でも、普段あれだけ仲良しだったのに気づかないかしら? だとしたら、ヘイヤって相当鈍いんじゃ……」


 アリスは顎に手を当てて考え込みながら、部屋をウロウロと歩き始めた。


 それを見ながらユカも考えた。

 チェッシャーがヘイヤの相棒である理由、それは息子を心配する父親の気持ちによるものだ。

 昨日ヘイヤがパートナー以上の関係だと言っていたのは、そういう意味なのだろう。

 いや、真相を知らないヘイヤがそんな事を思うはずがない。では、どういう意味なのか。


 ユカはアレコレ考えながら、トーストを一口齧った。その瞬間、嫌な味が口中に広がり、彼女は顔をしかめた。



 ◆◆◆



 午前中、ユカはアリスから図書館の場所を教えてもらい、そこで魔術に関する本を読んで過ごした。

 そしてお昼となり、お腹の空いた彼女は、その近くにあった食堂でお昼を食べたのであった。


「……うぇ~」


 店を出た彼女は、明らかに不快な顔をしていた。食事がマズかったからである。


 注文する時、彼女は『自分は外国人なので、この国を代表するような料理が食べたい』と言った。すると出てきたのは『ギュゴンの腎臓パイ』という料理であった。

 ギュゴンとは食肉用として世界的に狩猟されている生物であり、これはその腎臓を使ったパイ料理なのだが、公衆便所のような酷い臭いがするのだ。

 これが出てきた瞬間、帰ろうかと思ったが、運んできた人が期待した顔をしていたため、やむを得ず完食する事になったのであった。


「……くっさーい!」


 ユカは自身の口臭で吐きそうになった。まるで自分の口が年期の入った便器になったかのようである。


「これじゃ、図書館に戻るどころか、どこにもいけないじゃない! 何かで息を綺麗にしないと……」


 そう独り言を言った時、ふとコーヒーショップが目に入った。その瞬間、以前テレビで『コーヒーには消臭効果がある』と紹介されていたのを思い出す。


「これに賭けるしかないわね……」


 ユカはそう呟いて店も入ると、なるべく喋らないようにして、一番安いコーヒーの一番大きいサイズを注文した。

 そして、窓際のカウンター席の内、なるべく周りに人がいない席を探して腰掛けた。


 コーヒーを一口飲む。美味い。美味いが祖国で飲むのとあまり違いが無い。

 世界規模で展開しているチェーン店だから当たり前か。そう思いながら、ふと窓の外を見ると、急に霧が出てきた。

 と、同時にたくさんの客が店の中に入ってきた。いや、客というより避難してきたといった雰囲気である。人々の顔には恐れがあった。


 霧を怖がっているのだろうか。だとしたら何故。

 疑問に思ったユカは、近くにいた客に話しかけてみた。


「すいません。私は外国から来た者ですが、いったい何の騒ぎですか?」

「なんだアンタ、何も知らないで来たのかい?」


 客である熊の男はとても驚いた様子で聞き返してきた。


「ここ、ランドン市は『霧の街』と呼ばれていてね。地理的なものか、それとも何かの呪いか知らないが、こんな風に突然濃霧に包まれる事がよくあるのさ」

「はぁ……」

「そして昔から『霧は災いを連れてくる』と言われていてね。霧が出たら安全な室内に避難するのが、ここでの常識なのさ」

「災い……ですか」

「例えば殺人鬼。『切り裂きジャック』って知ってるかい? 100年前に霧に隠れて人々を襲った奴さ。最近じゃ、その二代目が現れて、昨日捕まったそうだが、すぐに次が来るだろうよ」


 ユカは『切り裂きジャック』の名前を聞いた瞬間、身震いした。冷酷な殺人鬼である彼に殺されかけた。それがまだ昨日の出来事なのである。怖くないはずが無かった。


「噂じゃ、霧は時にこの世の者ではない化け物を連れてくる事もあるそうだが、そっちの方は本当かどうかは分からない。見たって奴もいるが、見間違いかもしれないし、魔術の何やらによるものかもしれないし……まあ、真偽不明ってヤツだな」


 男は自分のコーヒーを飲んだ。つられてユカも持っていたコーヒーを飲む。


「ああ。化け物と言えば、最近じゃ『ダイブマン』が有名だな」

「『ダイブマン』?」

「ああ。いつも潜水服を身に着けているから、そう言われるようになったらしい。なんでも、霧の中を歩き回り、ゴミ箱を探しているんだそうだが……」

「あの……話だけ聞くと無害そうですけど……」

「まあな。でも、どっかのバカが刺激した時は、巨大なドリルを片手に襲いかかって来たって噂もある。だから危険と言えば危険だろうな」

「……どうも、親切にありがとうございます」


 ユカは軽く会釈すると、席に戻った。


 コーヒーを飲みながら、濃霧で真っ白な外を眺める。そして、昨日の出来事を思い出しながら考える。

 もし、霧の事を知っていたら、自分は絶対に外を歩いてはいなかっただろう。しかし、それではヘイヤ達に会う事は無かった。例え会ったとしても、あんなに親密にはならなかっただろう。

 霧が運ぶのは災いだけだろうか。確かに霧は殺人鬼を連れて来た。しかし、同時に正義の味方を連れて来た。そして人生のターニングポイントを与えてくれた。

 霧が善か悪かは分からない。が、確実に何かを連れて来る。もし今度外を歩いたら、今度は何を連れて来るのだろうか。ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。


 その時であった。一瞬であったが、ヘイヤが前を通り過ぎるのが見えた。

 ユカは驚き、彼を目で追った。見間違いか。最初はそう思ったが、そうではないとすぐに思い直した。

 霧が運んで来たものを追っているのだ。昨日の自分のように、襲われている人を助けるために。

 そのために皆が恐れる霧の中を走っているのだ、と彼女は思った。


 昨日の出来事だ、忘れるはずがない。あの時、彼女は本当に死を覚悟した。

 そこに彼が現れた。まるでヒーローのように。その時の安心感も忘れてはいない。


 ヒーロー。その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ユカは体に電気が走ったような衝撃を受けた。

 自分がなりたかったもの。それはヒーローなのではないだろうか。そう思ったのだ。

 そして、同時に思った。ヘイヤは間違いなくヒーローである、と。そんな彼の活躍をこの目で見て、見習うべきではないか、と。


 そう思った時、ユカは外に飛び出していた。

 自分はいったい何をやっているのか。また昨日のように襲われるのではないか。頭ではそう思ったのだが、体が言う事を聞いてくれなかった。

 自身の夢を叶えるためならば、多少の危険を冒したって構わない。そんな気持ちに支配され、ヘイヤを追って走り続けたのであった。


 それからどれだけ時間が経ったか分からない。ユカは思うがままに走り続けていた。もう、自分がどの辺りを走っているのかさえ分からない。

 ヘイヤはいったいどこへ行ってしまったのか。彼女は不安に思った。彼を見つけなくては危険を冒した意味が無いのだ、早く見つけなくては。そう思った時だった。

 突然曲がり角から大きな人影が現れた。あまりにも突然の事だったので、彼女は止まる事ができずに、その人影とぶつかって尻もちをついた。


「キャッ!」


 ユカは短く悲鳴を上げた。すると人影は立ち止まってしゃがみ込むと、彼女に話しかけた。


「失礼。大丈夫か」


 呻くようなガラガラ声であったが、かけてきた言葉は紳士的であった。


「あ、はい。大丈夫です。こちらこそ、不注意で……すいません」


 ユカも謝る。


「それならいい。気をつけて」


 人影は立ち上がると、そのまま向こうへと立ち去っていった。

 その時強い風が吹き、霧が少し薄くなった。そして人影の正体が一瞬だけ見えた。それはとても頑丈そうな潜水服であった。


 ユカは石畳に座り込んだままの状態で、『彼』が完全に見えなくなるまで、呆然と見ていた。

 そして見えなくなった時、急いで立ち上がった。


「え? ……もしかして、今のがダイブマン?」


 ユカは驚きと興奮の気持ちを抑えながら呟いた。


 噂の怪物と出会ってしまった。そして、彼は害を与えない限りは紳士的であった。これだけでも、とても貴重な体験をした事になる。

 しかし、ユカはそれ以上の事を望んだ。彼は霧と共に来る。ならば霧が晴れた時、彼はどこへ消えるのか。それを確かめたくなったのだ。


 彼女はなるべく足音を立てないように気をつけて、しかし可能な限り早足で彼が消えた方向へと進んだ。尾行である。

 彼の行先を確かめるために、まずは彼の姿が見えるまで接近しようとした。ところが、彼の姿をもう1度見る事は出来なかった。巻かれてしまったのだ。少なくても彼の歩いていた速度よりは、早く動いたのにも関わらずである。


 彼はいったいどこへ消えてしまったのか。もしかして幽霊のように姿を消す事ができるのだろうか。

 ユカはそんな事を考えながら周囲を見回してみた。霧で何も見えない。目線を下に落としてみる。もしかすると足跡が残っているかもしれないと思ったからだ。

 しかし、残念ながらそれらしい物は見つからなかった。あるのはマンホールだけ。


 ユカはそれを見て、深くため息をついた。が、急にこんな事が頭に浮かんだのであった。

 彼は何故、潜水服を着ているのか。もしかして、普段は水に関係している場所に潜んでいるからではないだろうか。例えば……下水道の中とか。


 彼女はマンホールの蓋を見つめた。特に変わった所はない。

 しかし、彼を追って真っ直ぐに向かった先にコレがあった。もしかすると、ここから下水道に入ったのではないだろうか。

 彼女は杖を取り出すと念動力の魔法を使ってマンホールの蓋を開けた。思い過ごしかもしれない、でも確かめずにはいられない。彼女はもはや好奇心の(とりこ)であった。

 穴の中を覗き込む。暗くて何も見えない。そこで彼女は光球の魔法を穴の中へと放った。周囲を照らす光の球を放つ魔法である。これにより、下水道の中は明るくなる。

 かなり深そうに見えた。正直怖かったが、もう一度ダイブマンに会いたい気持ちの方が勝っていた。ユカは杖をホルダーにしまうと、かかっていた梯子を使ってゆっくりと下水道の中へと入って行った。

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