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16 諦めない心が勝利を掴みました。

 まさか、そんな、間に合わなかったのか。船着き場を離れていくクルーザーを見ながら、ユカは目の前の出来事を信じる事が出来なかった。頭の中は絶望という名の黒いモヤで覆われる。

 いや、まだだ。今ならまだ何とかなる。彼女は頭を振って黒いモヤを追い出すと、杖を取り出してクルーザーに目掛けて拘束の魔法を使った。杖の先から魔法の鎖が発生し、クルーザーを縛る。


 これで沖へ向かうどころかここを離れる事さえできないだろう。後は引っ張って船着き場まで戻せば……そう思ったのもつかの間、ユカの体は前へと引っ張られそうになった。慌てて両脚で踏ん張るが、それでもジリジリと前へと引っ張られていく。

 パワーが違い過ぎる。両手で杖を掴んで引っ張りながら、ユカは思った。そういえば偽ダイブマンに対して使った時にもパワーの違いで完全に拘束する事は出来なかった。もしクルーザーに彼以上の力があるとしたら……止める事なんて不可能だ。


 やはりダメなのか。再び頭の中に絶望が広がる。しかし、それでも諦めきれなかったユカは必死で抵抗した。ダイナを守りたい。ダイブマンとの約束を果たしたい。その思いが彼女を動かし続けた。

 そうして格闘しているうちに、いつの間にか自分の隣に誰かが立っている事にユカは気がついた。そしてその誰かは何かを伸ばすと、彼女と同じようにクルーザーを縛った。


「ゴメン! 遅くなった!」


 そう言って謝ったのはヘイヤであった。彼が助けに入ったのだ。


「遅いですよ! もうダメかと思ってました!」


 ユカは彼の方を向くと、安心した顔をして答えた。

 彼の助けだけでなく、彼が来た事で湧き上がった希望により、クルーザーを拘束する力は急に強くなった。もう、引っ張られる事は無い。


「そんな事言われたって、太い乾電池を5本も入れられるとか初めての体験だったし……立ち直るまでにどうしても時間がかかったんだよ」


 ヘイヤは股間の白鳥を両手で引っ張りながら弁解した。白鳥は今、ロープのように伸びてクルーザーを縛っている。


「それはともかく。あのクルーザーを動けなくする事は出来ましたけど、こちらに引き寄せるにはまだ力が足りません! どうにか出来ませんか?」

「そんな事言われても……こっちも出せる力は全部出してるよ!」

「じゃあ、チェッシャーさんは? 3人の力があればきっと――」

「残念だけど、チェッシャーはまだ戦ってる。偽ダイブマンがどこからか次々と湧いてくるせいで、全部倒すのに手間取ってるみたい。今はこっちに1体も来ないように頑張っているらしいんだ」

「……じゃあ、私とヘイヤさんでなんとかするしかないって事ですか?」

「……そうなるね」


 ヘイヤは股間の白鳥を引っ張る手に力を加えた。それを見て、ユカも杖を持つ手に力を加える。

 しかし、クルーザーがこちらに近づく様子はない。沖へと向かう様子も無いので安心だが、このままではいつまでたってもダイナを救出する事ができない。

 どうすればいい。ユカが必死で考えていると、ヘイヤが話しかけてきた。


「……ユカ。1つ、試してみたい事があるんだ」

「え?」

「うまくいけばダイナを助ける事ができるかもしれない。でも、そのためには君の力が必要なんだ」

「……分かりました。何をする気か分かりませんが、それであの子を助ける事ができるなら、私は協力を惜しみません」

「ありがとう。……じゃあ、まずはコレを預かっててくれるかな? 失くしたら大変だから」


 ヘイヤはそう言うとかぶっていた帽子を取り、ユカの頭に乗せた。


「次に僕の代わりに白鳥さんを引っ張っててくれるかな? 準備のためにどうしても1回パンツを脱がなきゃいけないんだ」

「え? あ、はい……」


 『パンツを脱ぐ』という発言を聞いてユカは激しく動揺したが、ダイナのためと思って言う通りにした。

 片手を杖から離し、白鳥に腕を回してロックした。傍から見れば完全に頭のおかしな人のやっている事だが、ダイナを助けるためにと思ってユカは我慢した。


「ありがとう。すぐに準備するからそのまま頑張って!」


 ヘイヤはそう言ってすぐにパンツを脱いだ。

 1人いなくなった事で、クルーザーを拘束する力は弱くなった。かろうじて動けなくするだけの力は残っていたが、ユカにかかる負荷は大きくなる。あまり長くはもちそうにない。


 ヘイヤはいったい何をする気なのだろうか。ふと気になったユカは、怖いもの見たさで彼の方をチラリと見た。その瞬間、見てしまった事を後悔した。

 彼は手に小瓶を持っていた。さっきチェッシャーから渡された『死の激辛ソース』である。それの蓋を開けると、彼は迷う事無く自身の尻へと近づけた。

 この先は何となく想像がつき、そして見たくなかったので、ユカは思い切り目を閉じた。しかし、波やエンジンの音に紛れて、何か液体が注ぎこまれるような音が風に運ばれて彼女の耳にハッキリと聞こえた。


「……お! ……おおっ! ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 液体が注ぎこまれる音が終わったと同時に、ヘイヤの悲鳴が辺りに響き渡った。すると、ロケット弾を発射したような音が彼のいた方向から聞こえてきた。

 いったい何があったのか。この音は何なのか。気になったユカは思わず目を開けた。すると、ヘイヤがクルーザーへ向かって空を飛んで行くのが見えた。彼の尻からはジェット噴射のような火炎が噴き出し、まるで発射されたミサイルのような見た目と速さであった。


 彼はあっという間にクルーザーに到着した。そしてその瞬間、クルーザーは大爆発した。真っ暗な海をオレンジ色の光が明るく照らす。

 『ミサイルのような』どころではなかった。彼はミサイルそのものであった。ユカはあまりの展開に目が点になったまま、沈んでいくクルーザーの残骸を呆然と見ていた。


 そのまましばらく見ていると、こちらに向かって小さな何かが飛んでくるのが見えた。クルーザーの残骸だろうか。そう思ったユカはそれをジッと見た。

 いや、残骸ではない。人の形をしている。もしや……ユカは飛んできた物に向かって拘束の魔法を放った。杖の先から発生した魔法の鎖が飛んできた物、いや彼女(・・)を捕らえて空中で固定する。ユカはそのままゆっくりと彼女を引き寄せた。


「お姉ちゃーん!」


 引き寄せていくうちに彼女の姿がハッキリと見えた。やはりダイナだ。しかも、あの大爆発で飛ばされたというのにどこも怪我をしているようには見えない。完全に無傷だ。


「ダイナ!」


 ユカはすぐ近くまで彼女を引き寄せると、拘束の魔法を解除した。すると彼女はストンとユカの胸に落下し、そのまましがみついた。ユカはすぐに彼女を抱きしめる。


「無事で本当に良かったぁ……お姉ちゃん、とても心配したんだよ」

「えへへ。お姉ちゃん、見てた? 私、お空を飛んだよ。すっごく気持ち良かったよ!」


 ダイナは嬉しそうな顔をして頬をすり寄せた。ユカはそれに答えるように彼女の頭を撫でる。

 すると、悲鳴と共にまた誰かがこちらへ飛んで来た。チラリと見ると、それは黒コゲになったヘイヤであった。彼なら別にいいか。そう思ったユカは彼を無視してダイナを愛でる事に集中した。まもなく彼は大きな音を立てて落下、コンクリートでできた床に彼のシルエットの形にクレーターができた。


「ちょっと! 酷いよ、ユカ! この差は何なの!」


 上半身を起こしながらヘイヤは抗議した。


「酷いのはそっちです! 船を爆破するなんて何を考えてるんですか! この子が怪我でもしたらどうするつもりですか!」


 ユカは厳しい口調で言い返す。実際、ダイナが無傷なのは奇跡としか言いようが無かった。下手したら彼女は爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれないのだ。


「い、いや……そんなつもりじゃなかったんだ……船に乗り込んで手先をやっつけようって思ったんだけど……乗り込んだ瞬間にお尻の炎が燃料タンクに引火しちゃったみたいで……」


 ヘイヤはモジモジと申し訳なさそうに言い訳をした。


「……まあ、いいです。ダイナちゃんが無事に戻って来たから良しとします。……ほら、早くパンツを履いてください」


 ユカは近くに落ちていた彼のパンツを足で拾うと、そのまま蹴って彼の近くに落とした。もう少しダイナを抱きしめていたかったし、彼のパンツには手ではもう触れたくなかったからだ。


「……はーい」


 ヘイヤは不満そうにパンツを拾うと、ユカに背を向けて履いた。そしてこちらの方を向くと、股間の白鳥は黒鳥へと変わっていた。どうやら、さっきの爆発に巻き込まれたせいで持ち主同様に黒コゲになってしまったらしい。


「あ! 空が明るい!」

「え?」


 ダイナに言われてユカは空を見上げた。空が白みかけている。今まで気づかなかったが、もう夜明けの時間になったようだ。道理で周りの様子が見やすくなったわけである。


「そうだ。せっかくだから帰る前に朝日を見ていこうよ。この海の水平線から昇る朝日は絶景だよ」

「そうですね。いいと――」


 ヘイヤの提案にユカが賛成しようとした時だった。何か金属の塊のような物が2つ、クルーザーの方向から飛んで来て床の上を転がった。

 何だろうか。そう思ったユカがそれをよく見た瞬間、彼女は息をのんだ。頭だ。金属でできた頭である。これらの正体がダイナを誘拐した人造ズーマンのものである事に気づくのに時間はかからなかった。


「り、理解不能……理解不能……」


 人造ズーマンの1体は喋り出した。


「我々の……データベースによると……ズーマンにとって……ヒューマンは……有害な敵対生物……とある」


 人造ズーマンのもう1体も喋り出した。


「何故……ヒューマンを……助けようと……する?」

「何故……自らの命をかけて……ヒューマンを……守ろうと……する?」

「答えよ……」

「答えよ……」


 人造ズーマンは質問してきた。するとヘイヤは静かに、しかしよく響く声で答えた。


「ズーマンとかヒューマンとか関係無いよ。僕はこの街を守る。そして、この街を泣かせる事を絶対に許さない。ダイナは、彼女はもう街の一部だ。彼女を泣かせるような事をするなら、僕は何があっても彼女を守る。……それだけの事さ」


 彼の言葉を聞いたユカは、自分の思いもぶつけたくなった。そして気がつくと、彼女は彼に続くように人造ズーマンに答えていた。


「ヒューマンは……必ずしも悪い者ばかりというわけではありません。私達ズーマンと同じように悪い者もいれば良い者もいます。それをアナタ達が追っていた2人のヒューマンが証明してくれました。だから、私はヒューマンを信じようと思います。そしてもしも、ヒューマン達が戻って来る事があったなら、今度こそは共存共栄が実現できるように最大限の努力をしたいと思っています」


 彼女が言い終わった後、少しの間沈黙が流れた。そして再び人造ズーマンは話し出した。


「共存共栄……理解不能……」

「ヒューマンは……それを望むにあらず……歴史は再び……繰り返す……」

「それは、アナタ達がやっている実験が悪いからじゃないですか?」


 人造ズーマンの言葉にユカは噛みついた。


「アナタ達がヒューマンを造って何をしたいのかなんて分かりません。でも、ヒューマンがズーマンに悪い事をした事で『悪魔』と呼ばれるなら、ズーマンだってヒューマンに悪い事をしたら『悪魔』になってしまう事ぐらい分からないんですか! アナタ達の実験が造り出したヒューマンに憎しみを与えているから、彼らはズーマンに対する憎しみを捨てられずにいるんじゃないんですか! ……アナタ達がヒューマンを造り続けたいなら、どうぞご自由に! それなら私は、いつか必ず力づくでもアナタ達から彼らを救い出してみせます。そして彼らを憎しみから解放して共に生きる世界を作ってみせます!」


 彼女は言い終わると荒く呼吸をした。

 犯した罪はいつかは許される日が来ていいはずだ。許されるから人は学び、反省して改善しようとする。ユカはそう思っている。

 しかし、ラプチャー・サイエンスのやっている事は、罪を決して許す事無く、むしろ苦しめ続けさせている。それでは永遠に和解の時は来ない。だから、ラプチャー・サイエンスを決して許さない、いつかは必ず阻止してみせるとユカは思ったのであった。


「素晴らしい答えだよ、ユカ君! 君はついに『夢』を手に入れたのさ!」


 聞き覚えのある声が聞こえ、ユカはその方を向いた。そこにはチェッシャーがいた。ドリルによって体はチーズのように穴だらけ、そして打ち込まれた無数のリベットによって苺のようにも見える有様だったが、特に問題は無いらしかった。


「長い歴史の中でヒューマンに関する情報は多くが失われていった。世界が彼らを知る事をタブーにしたからさ。だから、今になっては彼らが本当に救いようのない悪党であったのか、それを証明する物はほとんど残っていないらしい。多くの人々は伝承をそのまま信じ込んでいるだけさ。だから、彼女のようにタブーを犯してでも彼らの事を理解しようとする者の事を、僕ちんは多いに歓迎しよう。彼女は将来大物になる。間違い無い。そしてそれを邪魔すると言うなら……」


 チェッシャーは人造ズーマン達の前に立った。そして海に向かってサッカーボールのように彼らを蹴飛ばした。


「僕ちんは許さない。こんなふうにね」


 彼らは水飛沫をあげて海に沈んでいった。それをチェッシャーはニヤけ顔で見ていた。


「さて、これで一件落着だね。では、帰るとしよう。アリス君が心配しているだろうしね」


 チェッシャーがそう言ったのと同時に、彼の顔がオレンジ色に照らされた。日の出だ。

 ユカ達は一斉に海を見た。遥か彼方の水平線から太陽が半分ほど顔を出している。確かにヘイヤが言っていた通り、絶景であった。

 しかし、ユカはそれ以上の感動を感じていた。守りたい人を守る事ができた。自分の『夢』を持つ事ができた。目の前の太陽は、まるで自分の人生が始まったのを告げているかのようであった。


 ヒューマンを守る。そのためにも、今よりもっと強くなり、守れるだけの力を手に入れる。

 まずはそこから始めよう。ユカはそう思ったのであった。

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