15 見つけました。
ヘイヤを先頭にユカ達は真夜中の街を走っていた。街は街灯や建物の明かりはあるものの薄暗く、普段のユカならば絶対に外出したりしなかったであろう状態であった。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。ダイナがラプチャー・サイエンスに誘拐された。一刻も早く彼女を見つけ出さなくては、もう2度と彼女を助ける事はできないであろう。そんな事、絶対にあってはいけない。ユカのそんな気持ちが薄暗さへの恐怖に打ち勝っていた。
と、しばらくしてヘイヤがいきなり足を止めた。ユカとチェッシャーもそれに合わせて止まる。
彼が手を横に伸ばしている事から、きっとこの先に何か『危険』があるのだろう。そう思ったユカは、そのまま動かずにヘイヤの視線の先に目を凝らす。
すると少し向こうに偽ダイブマンがうろついているのが見えた。薄暗いためよく見えないが、彼らが発するヘッドランプの光を見る限り、少なくても10体くらいはいそうだ。こちらに向かって襲いかかって来ない事から、まだ気づいてはいないらしい。
「どうしよう? 白鳥さんによるとこの先にダイナがいるみたいなんだけど……」
ヘイヤは小声で呟いた。
「ふむ。あの配置を見る限り、気づかれずに突破するのは無理そうだねぇ。交戦は避けられないだろうよ」
チェッシャーはそう言いながらも楽しそうな顔をした。
「でも、ここで戦ったら時間が……」
ユカが不安な声を出すと、ヘイヤは向こうを見たまま頷いた。
「そうだね。今はダイナの救出が最優先だ。なるべく時間をかけずにたどり着きたい。……というわけで」
彼はそう言うと、パンツの中からビンを1本取り出した。それもただのビンではない、火炎ビンだ。
出発する前、ユカ達はアリスの畑から様々な武器を収穫して持って来たのだ。彼が今手にしているのはその1つである。
「これを投げて一網打尽にしようと思う。ユカ、悪いけど火をちょうだい」
「あ、はい」
ユカは返事をすると、魔法で人差し指の先に小さな火を出した。そしてその火で、差し出された火炎ビンに火を着けた。
「ありがとう。……せーの、そぉい!」
ヘイヤは小声で掛け声を発すると、火炎ビンを投げた。
火炎ビンは大きく山なりに飛び、そして偽ダイブマン達が密集しているであろう場所に着弾。その瞬間、ガラスが割れる音と共に大炎上した。
激しく燃え上がる炎の中、偽ダイブマン達は一斉に悲鳴を上げた。その声は辺りに大きく響き、ユカは思わず目を閉じて耳を塞いだ。
しかし、それをすぐに誰かが止めさせた。ヘイヤだ。彼が彼女の両手を掴んで下ろさせ、そして悲鳴に負けないくらいの大声で言った。
「ユカ! すぐにコレの準備をして! 来るよ!」
彼はパンツの中から何かを出しながら、ユカがさっきから背負っている物を指差した。
ロケットランチャーだ。これもアリスの畑で採れた物である。一番弱いからという理由で、ユカにはこれの他にも火力の強い武器をいくつか持たされているのである。
ユカは言われるがままに準備をした。ロケットランチャーなんて触った事すら今までなかったが、フィーリングでそれらしく構えた。
そして標準ごしに向こうを見ると、炎の灯りに照らされて偽ダイブマン達がこちらに向かって来るのが見えた。多くは火炎ビンによって焼死したらしいが、炎に焼かれなかった者や火だるまになりながらも生きている者が残っていて、彼らが真っ直ぐに向かって来るのが見える。
「ユカ! まだだよ!」
ヘイヤはさっきパンツから出した物、ロケット弾をロケットランチャーにセットしながら叫ぶ。そしてそれが終わると、ユカの隣に立って助言をした。
「いいかい? 直接相手に当てようとしちゃダメだ。足元を狙うんだ。爆発で多くの相手を巻き込む、そう考えて発射するんだ」
「は、はい! 足元ですね?」
ユカは慌てて狙いをつけた。『爆発で多くの相手を巻き込む』、それを意識しながら、やって来る偽ダイブマン達の足元に標準を合わせる。
しかし、ロケットランチャーは重く、それに目標が動くせいで狙いが定まらない。そうしているうちに、偽ダイブマン達はどんどん迫ってくる。
「ユカ! 早く!」
「は、はいぃ!」
ヘイヤに急かされてパニックになったユカは、それらしい所へ適当に向けて引き金を引いた。その瞬間、凄まじい反動や音と共にロケット弾が発射され、すぐに狙った先へ着弾した。
鼓膜が破れるかと思う程の音と共にロケット弾は大爆発。その爆風によって、ユカはゴロゴロと道路の上を転がる。
「痛たた……」
道路の上を転がった事で体のあちこちをぶつけたユカは、痛みを我慢しながらゆっくりと立ち上がろうとした。
すると、足元に何かが転がった。何だろうかと思ってよく見てみると、それは偽ダイブマンの生首であった。しかも損傷が激しい。グロテスクなものを見てしまったユカは、その場に座り込んで、声にならない悲鳴を上げながらそのまま後ずさりした。
「お見事だよ、ユカ君。それにしても、流石はアリス君が育てただけはあるね。とんでもない爆発だったよ」
チェッシャーはそう言いながらこちらに向かい、生首を拾い上げると、炎上している方へとまるでサッカーボールのように蹴飛ばした。
「ユカ、立って! 行くよ!」
ヘイヤはユカの元へ駆けよると、彼女の手を取って立たせた。すると彼女の目にはまるで戦争地帯のような惨状が見えた。
爆発地点は黒コゲになり、道路は抉れて地面が見えた。偽ダイブマン達のバラバラ死体があちこちに転がり、血が辺りを濡らしている。これを自分がしたのか、そう思うとユカは罪悪感を感じ、吐き気がしてきた。
「見ちゃダメだ。……大丈夫、僕が誘導するから」
ヘイヤはユカの目を手で覆うと、彼女の手を引いてそのまま早足で歩き出した。そして囁くように声をかけた。
「君は何も悪くないよ。気にしちゃダメだ。君は人を殺したんじゃない、兵器を壊しただけなんだ」
そう言って、彼女の手に少しだけ力を加えた。
それを聞いたユカはほんの少しだけ心が落ち着くのを感じた。もちろん、それで罪悪感が消え去ったわけではない。しかし、今はダイナの事が大事だ。そう思う事で自分を奮い立たせる事ができたのであった。
◆◆◆
ユカ達は時々現れる偽ダイブマン達を撃破しながら、相変わらずダイナを追って走っていた。戦ったり走り続けていた事でユカは心身ともに疲れてきたが、彼女の事を思うと休んでいる場合ではないと思い、気力で走り続けていた。
すると、急に潮の臭いが鼻についた。耳を澄ませば波の音も聞こえる。街灯が少ないせいで暗くて気づかなかったが、どうやら海岸か港か、そういった所に来たらしかった。
その事に気づいたユカは不安な気持ちで胸が潰されそうになった。海に近い場所に来た、それはダイナがこの国を離れる一歩手前の状況にあるという意味であるからだ。
「ダイナぁー!」
ユカは思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。まだ手遅れになってはいない事を祈りながら、何度も叫んだ。
「――ちゃーん!」
すると、波の音に混じって子供の声が聞こえてきた。彼女だろうか。希望を感じたユカはさらに叫ぶ。
「ダイナぁー!」
「お姉ちゃーん!」
今度はハッキリと聞こえた。間違い無い。彼女は近くにいる。
「……っ! ちょっと! マズいよ、これ!」
先頭を走っていたヘイヤは股間の白鳥を見ながら叫んだ。
「白鳥さんが指してるこの方向! この先は船着き場だよ! ボートか何かで逃げる気だ!」
彼は振り返りながら言った。
「それだけじゃないよ! 君達、よく見てごらん!」
チェッシャーが指した方向をユカが見た瞬間、希望は絶望へと変わった。
ヘイヤの言う通り船着き場が見えてきたが、そこには大量の偽ダイブマン達が立ち塞がっていた。どうやら自分達が追って来る事を想定して、足止めのために配置していたらしい。
こんな数を相手にどうすればいいのか。ユカは全く分からなかった。全て倒せる自信が無いからではない。全て倒した頃には間違い無くダイナは沖にいるだろうと思ったからである。つまり、彼女の救出に失敗する可能性が濃厚になってきたのだ。
「なんて数だ……ユカ! またロケットランチャーを――」
「止めたまえ、ヘイヤ君! 彼女を巻き込んだらどうするんだい!」
チェッシャーにしては珍しく、慌てた様子でヘイヤの言葉を遮った。
「彼女の姿は見えないが、近くにいるのは間違い無い。なら、爆発物を使うのは危険だよ!」
「じゃあ、どうやって――」
ヘイヤが反論しかけたところで、チェッシャーは急に走る速さを早め、ヘイヤを追い抜いてそのまま偽ダイブマン達の群れへと突っ込んで行った。
「ここは僕ちんが囮になって頑張るよ。君達は彼女を追いたまえ!」
チェッシャーはそう叫ぶと、どこからともなく巨大なペロペロキャンディーを取り出し、偽ダイブマン達を次々と薙ぎ払い始めた。そしてユカとヘイヤが彼に追いついた時には偽ダイブマンの数はかなり減り、それによって『道』ができていた。
「ありがとう、チェッシャー!」
「お礼なら、彼女を助け出した後に言いたまえ!」
『道』を通りながらヘイヤとチェッシャーは短く会話を済ませた。そしてユカとヘイヤは、先を急いだ。
「お姉ちゃーん!」
再びダイナの声が聞こえた。向こうをよく見ると、前方にズーマン、おそらくは人造ズーマンが2人歩いていて、そのうちの1人が彼女を担いでいたのが見えた。
どうやらギリギリで間に合ったようだ。ユカがそう思って安心した瞬間、いきなり目の前に偽ダイブマンが数体現れた。どうやら、突破された時の事まで考えていたらしい。彼らが最後の砦のようだ。
「……っ!」
ユカは後ろを見た。チェッシャーはまだ残りの偽ダイブマン達と戦っている。彼に頼む事はできない。つまり、自分達で何とかしなくてはいけない。
どうすればいい。ユカは焦る。すると、ヘイヤが声をかけた。
「ユカ! ここは僕が何とかする! 彼女は任せた!」
彼がそう言うと同時に、彼の股間の白鳥は口から炎を吐いた。その炎で偽ダイブマン達を火炙りにする。
しかし、偽ダイブマン達の様子がおかしい。炎をまともに受けているというのに、あまり効いていないように見える。
まさか……ユカは考えた事をそのままヘイヤに伝えた。
「ヘイヤさん! ダメです! 『耐熱加工』がされています!」
「なんだって! そんな……」
ヘイヤが驚きの声を上げる中、強化された偽ダイブマン達は炎の中をゆっくりと彼に向かって歩き出した。それぞれの手にはドリルが装備されている。いくら彼でも一斉に攻撃を受けたらタダでは済まないだろう。
「くそっ……来るな! 来るな!」
ヘイヤが叫ぶと、股間の白鳥は口から衝撃波を何発も放った。
衝撃波をまともに受けた偽ダイブマン達は、装甲を軽く凹ませながらそのまま少しだけ後ろに下がる。しかし、ダメージ自体はそれほど受けてはいないらしかった。
「どうしよう……もっと力があれば倒せるかもしれないのに……肝心の狂気が足りないよ」
ヘイヤはとても困った様子であった。心なしか股間の白鳥も自信を無くしたかのように首が下を向いている。
いったいどうすればいいのか。ちょっと目を離した間にダイナとはだいぶ距離が開いてしまった。このままでは逃げられてしまう。焦る気持ちを抑えながら、ユカは一生懸命に考えた。
無理矢理突破しようか。いや、偽ダイブマン達は絶対にそれを許さないだろう。ドリルの餌食になるのがオチだ。では、ヘイヤと一緒に戦うか。いや、弱点である高熱を克服した彼らをどうやって倒せばいいのか分からない。
せめて、ヘイヤに1体でも偽ダイブマンを倒せるだけの力があれば……そう思った瞬間、ユカの頭に電流が走った。
『魔法を使うためにはエネルギーが必要』。前にヘイヤからそう聞いた。では、何らかの方法でエネルギーを増幅させたらどうなるか。分からないが試してみる価値はある。
そう思ったユカは、急いでヘイヤの背後に立つと彼のパンツに手をかけた。
「え? ちょっ、何?」
彼女の行動に彼は困惑の様子を見せる。しかし、彼女はお構いなしに彼のパンツを下げた。たちまち彼の尻があらわになる。そして彼女はポケットの中からある物を取り出した。
それは乾電池であった。単一の乾電池である。これもアリスの畑で採れた物だ。武器を収穫する際に何となく一緒に採ったのだが、ここに来てようやく使い道が見つかった。
「ちょっ、え? まさか……」
「はい。そのまさかです」
乾電池を見て不安な表情をするヘイヤ。それに対し、ユカは勝利を確信した笑みを見せた。
乾電池。それは電気を生み出す物。電気だって立派なエネルギーだ。これを使ってヘイヤの魔法を強化させる。そう思ったのである。
「いや、無理だって! そんな太いの入らないよ!」
「問答無用! ダイナちゃんを助けるためです! いきます!」
「ちょっ、待って――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ユカは思い切り乾電池を押し込んだ。勢いが良かったおかげか、乾電池はスムーズに彼の体内へと入っていった。
しかし、これで彼の強化は終わったわけではない。ユカは再びポケットに手を入れると、さらに乾電池を取り出した。持っていたのは1本ではない。全部で5本。これ全てを彼の体内に入れる。
「確か、直列つなぎって電気の力が強くなるんでしたね? これ全部入れたらかなりのパワーアップになると思うんです!」
「いや……待って……そんなにいっぱい……無理……」
尻を押さえて小刻みに震えるヘイヤ。しかしユカは、無理矢理彼の手をどかしてさらに乾電池を体内に入れる。
「あ! ……え! ……い! ……お!」
乾電池が1本入るたびにヘイヤは短い悲鳴を上げる。そして5本目が入った瞬間、彼の体に変化が訪れた。
彼の体は光輝き出した。体から物凄いエネルギーを発しているせいなのか、何かに弾かれてユカは彼から離れる。
これはイケるかもしれない。そう思ったユカは、いつでも走れるようにとすぐに立ち上がった。
すると、強化されたヘイヤの攻撃が偽ダイブマン達に炸裂したのが見えた。股間の白鳥はピンとして、口から極太のビームを放っている。そのビームによって偽ダイブマン達は、1人また1人と蒸発していった。こうしてあっという間に彼は全ての偽ダイブマンを倒してしまったのであった。
「ひ、酷いよ……ユカ……」
ヘイヤはそう言って、その場に崩れ落ちた。
きっと1度にたくさんの力を使って動けなくなったのだろう。ユカはそう思い込みながら、先を急いだ。もちろん、彼に軽く礼を言うのは忘れずに。
ユカは全力疾走でダイナを追いかけた。もう彼女の姿は見えない。だいぶ離されたのか、それとも……不安が頭をよぎる。
すると、前方からエンジンの音が聞こえた。船着き場の端、そこに泊めてあるクルーザーからだ。マズい。そう思ったユカは限界を超えて走った。
自分でも信じられないくらいにユカは速く走った。そしてクルーザーまで後少しのところまで来た。
しかし、クルーザーは動き出した。そして、沖へ向かって走りだそうとした。