14 見つかってしまいました。
「……じゃ、行って来るよ」
「無事に帰って来てね。……大丈夫だとは思うけど、一応ね」
ヘイヤとアリスの会話を聞いて、とても深刻な出来事が起きているのだとユカは思った。
「あの……何かあったんですか?」
何事かと気になったユカは彼らに話しかけた。すると、こちらに気づいたヘイヤは慌てた様子で答え始めた。
「い、いや、何でもないよ。ちょっとした事件があって、警察の方から応援を頼まれただけなんだ」
「そ、そうなのよ。こういう事ってよくある事だから……」
アリスも彼に話を合わせるように答える。
ユカにはそれが嘘だとすぐに分かった。雰囲気で分かる。事件が起きているのは本当だが、それは非常事態と呼べる程に深刻な内容であると。
「……なら、私も行きます。ヘイヤさん達のお手伝いをしたいんです!」
「い、いや、大丈夫だよ。本当に些細な事だから。きっと、君にとってまるで参考にならないような事だって……」
「そ、そうよ! それにアナタは明日帰るんだから、今夜はちゃんと寝てなきゃダメでしょ!」
ヘイヤもアリスもユカが同行するのを必死で止めようとしているように思えた。
それ程までに、大きな事が起こっているのか。そう思うとユカは逆に、自分も一緒に行かなければならないと使命感を感じるのであった。
「……大丈夫です。今日は何だか眠れないんです。少し運動したらよく眠れると思うんで、一緒に行きます」
本当は疲れているのだが、こうでも言わなくては同行を許してくれないだろうと思い、ユカは嘘をついた。
「2人共、彼女に嘘は効かないようだ。ここはちゃんと本当の事を話した方がいいと思うよ」
ここでチェッシャーが口を開いた。彼の言葉を聞き、ヘイヤは小さくため息をつくと、やっと重い口を開き始めた。
「……さっき警察から連絡があったんだ。『大量のダイブマンが街で暴れている』って。今は霧が出てないのにだよ? これはきっと何かあるよ」
「僕ちん達は彼ら……『偽ダイブマン』とでも呼ぼうか、彼らを倒すためにこれから出発するところだったのさ」
2人の話を聞いた瞬間、ユカは寝る前の心配事を思い出した。
まさか……ラプチャー・サイエンスはこの街にダイブマンとダイナが隠れている事に気づいたのだろうか。2人を見つけ出すために、なりふり構わずに偽ダイブマンを大量に送り込んだのだろうか。そう考えずにはいられなかった。
「それなら……やっぱり私も行きます。物凄く、嫌な予感がするんです」
ユカは杖を取り出すと、真っ直ぐに2人を見た。ダイブマンとダイナはもう他人ではない、大事な仲間だ。もしも本当に彼らが狙いなら、助けるためにも偽ダイブマンを1体でも多く倒さなくてはいけない。そう思ったのであった。
「ダメよ! アナタは家にいなさい!」
アリスは厳しい声を出すと、近くにあったフライパンを手にしてユカの前に立ち塞がった。力づくでも止めるつもりらしい。
「アナタが頑張ればできる子だって事はヘイヤ達から聞いたわ。……でも、流石に今回は危険よ! 死ぬかもしれないのよ? それにアナタは明日で帰る、この街とは関係が無くなるのよ? だったら、ここで大人しくしていた方がいいに決まってるじゃない!」
彼女はそう言いながら、両手でフライパンを持って構えた。『言う事を聞けないなら、これで殴ってでも止める』。彼女は暗にそう伝えているようであったが、持つ手が震えている事から本気で殴るつもりは無いのだと、ユカにはすぐに分かった。
もちろん、ユカはそんな脅しで同行を止めるつもりは全く無かった。自分はもうよそ者ではない、この街の住民だ。この街が危険に晒されているというなら、自分はこの街を守るために戦う。そうしなくては、自分の『夢』、困っている人を助けたいという目標なんて、永遠に達成させる事はできない。そう思えた。
ユカはアリスに近づいた。彼女は後ずさりしながらフライパンをこちらに向ける。それを気にする事なくユカは手を伸ばすと、フライパンの縁を掴んで彼女から取り上げた。
彼女の手はあっさりとフライパンを放した。やはり、殴るつもりはなかったらしい。ただの威嚇であった。ユカはフライパンをテーブルの上に置くと、アリスの目線の高さに合うように身を屈めた。
「確かに、ここにいた方が安全かもしれません。……でも、一緒に行かなかったら、きっと後悔すると思うんです。それこそ一生。……私はヘイヤさんやチェッシャーさんの足手まといになっている自覚はあります。それでも、自分の中でできる最大限の事をして、この街のために戦いたいんです。それが私の信念ですから」
ユカはアリスの目を真っ直ぐ見て言った。彼女は無言で見返してくる。そしてしばらくそのままの状態が続き、ついに彼女はユカから目を逸らした。
「……分かったわ。そこまで言うなら好きにしなさい。……でも、どうなっても知らないから。それに死んだら絶対に許さないからね」
アリスはそう言って、横に退いた。
「大丈夫です。絶対に無事に戻りますから」
ユカは彼女に笑って見せた。
「さ、行きましょ」
「……分かった。じゃあ行こう」
「さあ、楽しいパーティーの始まりだよん」
こうしてユカはヘイヤとチェッシャーと共に、真夜中の街へと出発したのであった。
◆◆◆
真夜中の街は大パニックとなっていた。外にいたであろう民間人は逃げ惑い、たくさんの警察官が偽ダイブマン達と交戦している最中であった。
相手には拳銃が効かない事は全体に伝わっていたらしく、警察官は散弾銃といった、火力の強そうな武器を使っていた。また、ヘイヤ達が持ち帰った資料を警察へ提出した際に偽ダイブマンの弱点を教えた事もあってか、魔法を使える者は炎の魔法を使って戦っていた。
警察がこうした対策を行なっているにも関わらず、偽ダイブマン達を相手にだいぶ苦戦しているようであった。
その理由は一目見て分かる。数が多過ぎるからだ。倒しても倒しても、次々と偽ダイブマンはどこからか現れる。人海戦術だ。これにより、1人また1人と警察官は殺されていく。全滅するのも時間の問題であった。
「何だって! それは本当かい?」
股間から放たれた火炎放射で偽ダイブマン達と戦いながら、ヘイヤはユカの推測を聞いて驚きの声を上げた。
「確信はありませんが、どうしてもそんな気がするんです!」
杖から火炎放射を放って偽ダイブマンの1体を焼きながらユカは答えた。
「なるほど、それなら辻褄が合うね」
たくさんの偽ダイブマン達目掛けてリンゴ飴をばら撒きながら、チェッシャーは納得した声を出した。リンゴ飴は何かに触れた瞬間にまるで火炎瓶のように炎上、その炎でたくさんの偽ダイブマン達は焼かれていく。
「僕ちん達はちょっとやり過ぎたかもしれないね。偽ダイブマンの弱点を知っていたし、拠点壊滅の手際が良かった事から、こっちに内通者がいる事を向こうが疑うのは当然と言えばそうだろうよ。で、そこからダイブマンがここにいるとまで推論できたかどうかは別として、この街のどこかにいるであろう内通者をなんとかしようとするためにこんな事をしたというのは想像できるよ」
彼は巨大なペロペロキャンディーで次々に偽ダイブマン達を一刀両断にしながら話を続ける。
「なんだかダイブマンの事が心配になってきたよ。ちょっと様子を見に行こうよ!」
ヘイヤは股間から放たれたバーナーで次々に偽ダイブマン達を溶断しながら言った。
「そうだね。でも、その前に彼らの数を少し減らしておかないとね」
チェッシャーはそう言うと、謎の小瓶を3本、どこからともなく取り出して、そのうちの2本をヘイヤとユカに投げて渡した。
ユカは受け取ると、ラベルを見た。『死の激辛ソース ~大変辛いので、何があっても自己責任でお願いします~』と書いてある。これでどうしろと言うのかと、ユカは首を傾げた。
「1本いっとく?」
「もちろんさ!」
ヘイヤとチェッシャーはそう言うと、蓋を開けてジュースのように中身を飲み始めた。
まさか……ユカは彼らと手元のソースを交互に見ながら、この後どうなるかをなんとなく想像した。そして、その通りの事が起こった。
「辛~い!」
中身を飲み干した2人は、そう言って口から炎を吐いた。その炎で次々と偽ダイブマン達を黒コゲにしていく。その様子を見て、ユカは唖然とした。
2人の活躍により、偽ダイブマンの数はどんどん減っていく。そしてついに、辺りに残っている偽ダイブマンは1体もいなくなった。
「あれ? 飲まなかったの?」
ユカのそばまで来たヘイヤは咳き込みながら訊ねた。
「私には無理ですよ……」
「そっか……じゃあ、それは僕が預かっておくよ。また必要になるかもしれないし」
ヘイヤはそう言ってユカからソースを譲ってもらうと、パンツの中にしまった。
「ふむ。これくらい減らせば十分だろう。後は警察に任せて、僕ちん達はダイブマンの様子を見に行くとしよう」
チェッシャーはそう言って、近くにあったマンホールの蓋を開けて中へ入った。ユカとヘイヤもすぐにその後に続いた。
◆◆◆
今までは静かだった下水道であったが、今回だけはそうではなかった。下水の中を走る水音だけでなく、ドリルが回転する音や、何かを発射する音でとてもうるさい状態となっていた。
偽ダイブマン達は下水道の中にもうじゃうじゃいた。そしてどれも同じ方向へと迷う事無く突き進んでいた。
ユカ達は急いでその方向へと向かった。この時点でダイブマンが見つかってしまったのは明らかだった。何とかして彼を助けなくては、そう思って向かったのである。
しばらく走ると、騒ぎは大きくなってきた。そして、少し先の方で無数の偽ダイブマン達が1人の人影と戦っているのが見えた。その近くにあるたき火の灯りで、その人物がぼんやりと照らされる。
偽ダイブマン達と全く同じ恰好、しかし操り人形のような彼らと違い、明らかに自分の意思を持った者、ダイブマンがそこにいた。スペック上は全く同じであるはずなのに、彼は同じモデルである彼らを次々に倒していった。彼の周りは倒された者達が山積みになっている。
「ダイブマン!」
ヘイヤが大きな声で言うと、彼はユカ達に気づき、こちらを向いた。
「見ての通り、取り込み中だ! 話なら後にしてくれ!」
「僕達も手伝うよ!」
「いや、俺の事はいい! それより、あの子が心配だ。さっきから嫌な予感がするんだ。俺と同じように見つかったんじゃないかってよ!」
そう言ってダイブマンはまた1体倒した。
「でも……」
「言ったはずだ! 『守るのはあの子だけでいい』と! 俺の事は気に――」
ダイブマンは言いかけて、急に黙った。
ユカには見えた。偽ダイブマンのドリルが彼の体に突き刺さったのを。
「ダイブマン!」
思わずユカは大声を上げた。するとダイブマンは自分のドリルを相手の顔面に突き刺した。相手は悲鳴を上げて倒れる。
「……っ、俺は……大丈夫だ! このくらいで死ぬようなヤツじゃねぇ! ……こんな傷より、あの子を失う方が何倍も苦しい!」
ダイブマンは明らかに苦しそうな声を出した。やはり、今のダメージは大きかったらしい。
「早く! ……頼む!」
「……行くよ!」
ダイブマンの言葉を聞いたヘイヤはそう言ってチェッシャーとユカの腕を掴んで、来た道を引き返し始めた。
「ヘイヤさん!」
「……ダイナを守らないと! 今家にいるのは、彼女とアリスだけだ。何かあった後じゃ遅いんだ!」
ヘイヤは走り始める。それに引っ張られてユカも走り出した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ユカ達の背後から彼の雄たけびが聞こえた。その声は下水道中に響く。
まるで死を覚悟した戦士を思わす声であった。ユカはその声に涙が出そうになったが、グッと堪えた。
◆◆◆
アリスの家の敷地に入った瞬間、ユカは血の気が引いていくのを感じた。
玄関辺りに偽ダイブマンの惨殺死体が何体も転がっていたのだ。ここで戦闘が起きたのも、ダイナが見つかってしまったのも間違い無い。
「ダイナ! アリス!」
ヘイヤは急いで中へ入った。ユカやチェッシャーも後に続く。
家の中に入った瞬間、遅かったと思わずにはいられなかった。
部屋は滅茶苦茶になっていて、偽ダイブマンの死体は家の中にも転がり、そしてアリスが壁にもたれかかるように倒れていた。
「アリス! しっかりして! アリス!」
ヘイヤは必死でアリスを揺すった。まさか、偽ダイブマンに殺されてしまったのか。ユカの心臓は早鐘を打つ。
「……何よ……生きてるわよ、私」
アリスはゆっくりと目を開けた。言葉に力は無いが、無事だったようだ。ユカは安堵の息を漏らす。
「……あの子、頑張ったのよ」
アリスは天井を見ながら、呟くように何かを話し始めた。
「突然の事だったわ……ちゃんとドアには鍵をかけておいたのに、いきなりドアを破ってアイツらが入ってきたの……」
襲われた時の事を話しているのだと、ユカにはすぐに分かった。
「そしたら、あの子が起きて戦い始めたの。……凄いわよね、コレ」
そう言って、アリスは左手に持った何かをヘイヤに見せつけた。
ダイナの義手だ。そういえば、これは兵器と呼んでも問題無いくらいの性能を持っていた。きっとこれを使って彼女は戦ったのだろう。その結果がこれら偽ダイブマンの死体だ。ユカは思った。
「でも、数が多過ぎたわ。あの子、義手を奪われて、そのまま連れて行かれちゃった……私はなんとかして助けようとしたんだけど……全然ダメ。無力よね、私って……」
アリスはそう言って大粒の涙をこぼした。
ここでユカは彼女の足元に転がっている物を見た。
原形を全く留めていないフライパン。空になったたくさんの薬莢。壊れたライフル銃。これらから彼女の奮闘ぶりがよく分かる。
彼女も一生懸命頑張ったのだ。相手が悪かっただけで、彼女に非は全く無い。ユカは彼女を悪く思う気は全く無かった。
するとユカの気持ちを代弁するかのように、ヘイヤはアリスを優しく抱きしめた。これで彼女は気が緩んだのか、大声で泣き始める。
ヘイヤは彼女の背中や頭を撫でながら、優しい言葉で彼女に話しかけた。
「ダメじゃないよ。アリス、君は君なりに一生懸命に頑張った。それが大事な事だよ。……大丈夫、ダイナは僕達が必ず連れ戻す。だから泣かないで、いつもの君でいて。ね?」
「……うん」
アリスは頷いて泣くのを止める。すると、ヘイヤは抱きしめるのを止めて、彼女の額と自分の額を合わせた。
それはしばらく続き、彼は止めるとこちらを向いた。
「……追いかけよう。この街から出る前に必ずダイナを見つけ出すんだ」
「でも、どうやって? 何か手掛かりはあるんですか?」
「手掛かりは無いよ。それに今から探したら間に合わない」
「じゃあ、どうするんです?」
「なら、アレの出番だねぇ」
チェッシャーの言葉にヘイヤは無言で頷くと、立ち上がってこちらに体を向けてパンツの中に手を入れた。
何を出すつもりだろうか。ユカが思っていると、見覚えのある物がパンツの中から出てきた。白鳥の首だ。
ヘイヤは迷う事なくその根本を股間に押し当てた。カチリと謎の音がして、装着は完了。彼のパンツは股間から白鳥の首が生えた。
「コレを使う」
ヘイヤは大真面目な顔で言った。
「彼の代わりに説明しよう。あの白鳥さんは探したい物へと誘導するセンサーなのさ。白鳥さんの導きに従えば、間違い無くあの子の元へとたどり着くのさ」
チェッシャーは股間の白鳥の機能について説明した。
「でも、この姿って警察から怒られるんじゃ……」
「バレリーナの恰好とセットならね。白鳥単品ならギリでセーフっぽいし、たとえアウトでも緊急事態だから仕方ないよ」
ヘイヤは反論した。
「さあ、白鳥さん。ダイナがどこにいるか教えて!」
ヘイヤが話しかけると、白鳥の首はコンパスのように、ある方向へ向いた。
「あっちの方向だ! 行こう!」
彼は走りだす。ユカ達もそれに続いた。
絶対に彼女を助け出す。それはユカももちろん同じ気持ちであった。
ダイブマンとの約束は絶対に守る。彼女はそう固く決心したのであった。