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10 増えました。

 何故彼、ダイブマンがここにいるのか、何故人を襲ったのか。ユカは分からず混乱した。

 しかし、彼はそんな事はお構いなしにこちらへ向かって来る。


「チッ、奴が噂のダイブマンか。……お前達、撃てぇ!」


 ハドソン警部の号令により、その場にいた警察官は一斉に銃をダイブマン向けると発砲した。耳を塞ぎたくなるような銃声が辺りに響く。

 無数の弾丸が彼に命中し、火花を散らす。しかし彼は多少は怯んだもののダメージは全く与えられていないようであった。


「うごごぉぉぉぉぉぉ!」


 ダイブマンは重低音の唸り声を上げた。恐怖を感じるような恐ろしい声。警察官の中には悲鳴を上げる者もいた。

 そして彼は持っていた武器を向ける。リベットを発射するあの『銃』だ。それを見たユカは彼から明確な殺意を感じた。攻撃を受けたからだろうか。いや、理由はそれだけではないような気がした。


「危ない!」


 ヘイヤは叫ぶと同時に拘束の魔法を使った。彼の股間から魔法の鎖が発生し、ダイブマンを縛りあげる。

 ユカも杖を取り出すと同じように拘束の魔法でダイブマンを動けなくした。これで彼は身動き1つできない……はずだった。


「うっ……なんて力だ……」

「そんな……2人がかりなのに……」


 拘束されたダイブマンは暴れ始めた。その力は凄まじく、ユカ達は引っ張られそうになる。


「ハドソン警部! ここは僕達でなんとかします! 早く逃げてください!」

「すまん、ハーブボイルド! お前達! 撤収! 撤収!」


 ハドソン警部はヘイヤに言われて、部下達に撤収の号令をかけた。すぐに彼らは動き出し、あっという間にユカとヘイヤだけが残った。


「ダイブマン! どうしたの? 止めて!」


 警察官が誰もいなくなったのを確認した上で、ユカは彼に声をかけた。しかし、彼は唸り声を上げて暴れるばかりで、返事が無い。


「困ったな……どうしよう……」


 ヘイヤは悩んでいる様子であった。彼もユカと同じように、ダイブマンを傷つけたくはないらしい。

 しかし、このままでは魔法は破られる。いや、鎖ごと振り回されて大怪我をするかもしれない。厳しい判断を迫られていた。


「何を言ってるんだい。こうしてしまえばいいのさ」


 聞き覚えのある声が、ダイブマンの背後から聞こえた。と、同時に凄い衝撃音と共にダイブマンは鎖を千切って吹っ飛び、ユカとヘイヤの間を通り抜けて、その先の壁に叩きつけられた。壁が大きく凹み、彼は石畳の上に倒れる。

 ユカは吹っ飛ぶ彼の姿を目で追い、そしてさっきまで彼がいた位置の方を見た。そこには、1人の男が立っている。チェッシャーだ。彼は片足を上げた恰好のままで立っている。どうやら、ダイブマンを蹴飛ばしたらしい。


 チェッシャーはゆっくり歩き出すと、ユカとヘイヤの間を通り抜けて、ぐったりとしたダイブマンの前に立った。そして、どこからともなく(ひも)状のグミを取り出すと、彼に向けた。

 その瞬間、グミは伸びてダイブマンをグルグル巻きにした。どうやら、拘束の魔法を使ったらしい。


「チェッシャー! 何を――」


 ヘイヤは言いかけたが、チェッシャーは空いている方の手を上げてそれを制する。


「君達、彼のナンバーを覚えているかい?」

「ナンバー?」


 ユカは何を言っているのか分からず、聞き返した。


「個体識別番号の事だよ。ほら、彼の胸に付いていたプレートに数字が書かれていただろう?」

「えっと……」


 ユカは必死で思い出してみた。

 確かに、彼の胸にはナンバープレートが付いていた。しかし、何と書いてあったかまでは覚えていない。


「57962。それが彼の番号さ」


 チェッシャーは答えを言った。


「さて、目の前の彼の番号は何かな?」

「えっと……59727。……あれ?」


 ヘイヤは首を傾げた。ユカも番号を確認してみるが、やはり番号が違う。


「彼の話を思い出してごらん。彼は自分の事を量産されたうちの1体だって言ってたよ。ここまで言えば分かるかい?」

「あ!」


 ユカは彼が何を言っているかが分かり、思わず声を出した。


「そう。今目の前にいるのは、僕ちん達の知っている彼じゃない。単なるそっくりさんさ。だから、遠慮する必要は無いよね?」


 チェッシャーがそう言うと、ダイブマンもどきの体は宙に浮いた。


「正直なところ、建物を傷つけるのは避けておきたかったんだけどね……でも、これくらいやらないと倒せそうに無いから……しょうがないよね?」


 チェッシャーがニヤリと笑った瞬間、ダイブマンもどきは凄い速さで壁に激突した。それも1度ではない。左右に何度も、石畳へ何度も叩きつけられる。

 グミを操って動かしているのだ。ユカにはすぐに分かった。


 チェッシャーが叩きつけるのを止めた時、ダイブマンもどきの体はボロボロになっていた。金属部分は凹みだらけになり、手足には力が無い。

 これで終わりか。そうユカが思っていると、チェッシャーは動き出した。


「では、トドメといこうか」


 彼は拘束の魔法を解除する。と、同時にどこからともなく巨大なペロペロキャンディーを取り出して、ダイブマンもどきへ向かって走りだす。

 ダイブマンもどきが落下していく中、チェッシャーはどんどん彼に近づき、そして十分近づいたところでキャンディーを思い切り振り下ろした。

 その瞬間、ダイブマンもどきは真っ二つになった。大量の血を撒き散らし、死体が石畳の上に落ちる。


「ふむ。まあ、こんなところだね」


 血がベットリと付いたキャンディーを肩に担ぎ、チェッシャーはこちらを向く。

 それを見て、ユカは脚から力が抜け、その場にペタンと座り込む。


「おーっと、安心するのはまだ早いよ。まだいるんだ」


 チェッシャーはユカに近づくと、彼女の肩を軽く叩く。


「『まだ』?」


 ユカは今の言葉を聞いて、耳を疑った。血の気が引いていくのを感じる。


「ほら、行くよ」


 チェッシャーはそう言って、現場の入り口の方へとさっさと行ってしまった。ヘイヤもそれに続く。

 ポツンと残されたユカ。彼女はしばらくそのままぼんやりとしていたが、やがて立ち上がると彼らの後を追いかけた。


 ダイブマン、彼は強い。そんな彼と同じ力を持った怪物がまだいるという。

 さっき悲鳴が聞こえた。もしかすると野次馬達が襲われたのかもしれない。そう思うと、彼らを助けなくてはと思った。


 もちろん、不安ではある。殺される可能性は十分にありえるし、たとえそうでなくても重症を負う事だって考えられる。

 それでも体が動いてしまった。人を助けたい、その思いが彼女を突き動かしたのであった。



 ◆◆◆



 現場の入り口まで戻ったユカが目にしたのは、さっきの現場とは比べものにならないくらいに凄惨な状況であった。

 足元は血で真っ赤に染まっていた。近くには警察官や民間人の惨殺死体がいくつも転がっている。そしてダイブマンもどきの死体もあった。


 ヘイヤとチェッシャーはダイブマンもどき達と1人1体で戦っていた。チェッシャーはさっきのキャンディーを振り回し、ヘイヤは股間から伸びた『魔剣』を鞭のように振るっている。

 彼らの周りにはダイブマンもどきの死体が数体転がっていた。すでに何体か倒したらしい。今戦っている相手を倒すのも時間の問題だろう。

 ユカがそう思った時、どこからか殺気を感じた。杖を構えて耳を澄ますと、何か重々しい音がこちらに近づいて来るのが聞こえる。


「そこっ!」


 ユカは目を開けるのと同時に、音の方向へ衝撃波の魔法を放った。

 すると、こちらに向かって来る大きな人影に当たり、派手な金属音を立てた。一瞬だけその辺りの霧が薄くなり、人影の正体が明らかになる。やはり、ダイブマンもどきであった。


 自分1人で戦わなくては。ユカは思った。

 ヘイヤとチェッシャーはまだ交戦中だ。彼らを頼る事はできない。それに霧の中を逃げ回るよりも、戦った方が助かる可能性が高いのではないか。そう考えたからだ。


 ユカは杖の先から『魔剣』を出すと、ダイブマンもどきに向かって行った。

 彼の潜水服はとても頑丈だ。拳銃の弾を無効化するくらいには硬い。魔法を放って攻撃するとしたならば、拳銃よりもはるかに強力な威力が必要になる。そんな魔法を自分が何発も撃とうとすれば、あっという間に魔力は空になるだろう。

 それを考えると『魔剣』で斬りつけた方が効率的であると思った。幸い、自分は剣の扱いには慣れている。装甲の薄い部分を狙って斬ったり突いたりするのはそんなに難しい事ではない。そう考えたからだ。

 それに彼の攻撃はドリルも怖いが『銃』の方がもっと怖い。発射された『弾丸』を打ち落とす技術も見切る能力も無いからだ。だから、あえて接近する事で『銃』を使わせないようにしようとも考えたのである。


「いやぁー!」


 ユカは一撃でケリをつけようと彼の喉を目掛けて突きを放った。しかし、彼はドリルで攻撃を受け止める。

 激しい火花が散った。ドリルが高速で回転を始め、火花はさらに激しく散る。

 『魔剣』が押され始める。このまま『魔剣』を杖ごと弾き飛ばし、ドリルで体を貫こうとしている事が手に取るように分かった。このままでは殺される。ユカは寒気を感じた。


 嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。ユカは強く願った。いや、絶対に生き残ると心に決めた。

 すると押され始めた『魔剣』は押し返し始めた。さらに『生きたい』と念じると、火花は一層激しく散り、そしてドリルの先端を斬り落とした。


「う、う?」


 ダイブマンもどきはドリルを回転させるのを止めて、斬り落とされた先端を見つめた。ドリルが破壊される事なんて想定外の事だったのだろう。

 ここで生まれた隙をユカは見逃さなかった。彼の顔面、ヘルメットの『窓』目掛けて、『魔剣』を思い切り突き刺した。


「うごごぉぉぉぉぉぉ!」


 ダイブマンもどきは悲鳴を上げた。割れた『窓』からは血が噴き出す。

 ユカは攻撃を止めなかった。『魔剣』を引き抜くと、そのまま肘や膝といった比較的装甲の薄い関節部分を狙って『魔剣』を振る。彼は四肢を切断されて、石畳の上に倒れた。

 怖かった。生半可な攻撃で怒らせて反撃されるのを恐れたから、ひたすら攻撃を加えた。気がつくとユカは、『窓』へ何度も『魔剣』を突き刺していた。もう相手は反撃できないというのに、それでも怖くて攻撃を続けた。


「ユカ! もういい!」


 ヘイヤに羽交い締めにされて、ようやくユカは攻撃を止めた。

 冷静になり、ふと自分の体を見回すと、返り血で真っ赤に染まっていた。


 終わった。そう思った瞬間、ユカの目からは自然に涙がこぼれた。手から力が抜け、『魔剣』は解除されて、杖が真っ赤に染まった石畳の上に転がる。

 ユカは声を上げて泣いた。殺されるかと思って怖かった。こんなに残酷な事をした自分が恐ろしかった。そんな感情が爆発したのであった。

 そんな彼女をヘイヤは優しく抱きしめ、そして頭を撫でた。彼のぬくもりを感じ、安心感から彼女はさらに泣いた。



 ◆◆◆



「落ち着いた?」


 ヘイヤに聞かれ、ユカは無言で頷いた。


 ここはアリスの家だ。ヘイヤに背負われて帰宅したユカは、シャワーで体を洗って、今は新しい服を着て紅茶を飲んでいる。

 血で染まった服を洗うために動かしている洗濯機の音を除けば、家の中は静かだ。アリスもチェッシャーも黙っている。ダイナもだ。


「ゴメンね。怖い思いをさせちゃったね……」


 ヘイヤに謝られて、ユカは小さく首を横に振った。


「いいんです。自分で望んだ事なんで……」


 そう答える彼女の目は輝きを失っていた。


「後の事は僕達に任せて。君はここでゆっくり休んでていいからさ」

「いいえ、大丈夫です」


 ユカは急に立ち上がった。そのはずみで、カップが倒れて紅茶がテーブルを濡らす。


「確かに怖かったです。それは嘘をつけません。でも、あんなのがウロウロしているなんて危険過ぎます! 私はアレから皆さんを守りたいんです! 続けさせてください!」


 彼女はそう言って強く拳を握る。爪が手に食い込み血が流れるが気にならなかった。


「……ふむ。では、もう1度状況を確認しよう」

「ちょっと! チェッシャー!」


 ヘイヤは彼の話を止めようとするが、彼は構わず話を続ける。


「依頼を受けた事件。それは大量失踪事件の一部だった。そして、その犯人はダイブマンと同モデルの人造ヒューマン達。その数は不明。僕ちんが目撃した限りだと、攻撃してきた者には反撃し、そうでない者はそのままどこかへ連れ去っていったように見えたね。もちろん、連れ去った理由は不明さ」


 チェッシャーは肩をすくめる。


「さて、これからどう動く?」

「もちろん、ダイブマンに会う」


 チェッシャーが訊ねるとヘイヤはすぐに答えた。


「同モデルによる犯行なら彼はきっと何かを知っている。彼から情報を聞き出すんだ。そしてこれ以上被害を出さないように、早めに解決させないと!」


 ヘイヤは真っ直ぐな目でチェッシャーを見る。


「ふむ。では、そうしよう。それじゃあユカ君、出発するよ。後、ダイナ君。君もおいで。おじさんに会わせてあげよう」


 チェッシャーが手招きすると、ダイナは顔を輝かせて彼の元へと向かい、彼と手をつないだ。


「さて、手土産はどうしようか? ユカ君、どう思う?」

「……缶詰はどうでしょうか? 果物とか魚とか、そのまま食べられるような物を」

「ふむ。いい考えだ。では、それらを買ってから向かうとしよう。……うん、いい顔をしているよ。ユカ君」


 チェッシャーに言われ、ユカは目を見開いた。

 彼女は落ち着いた顔をしていた。今まであった幼さは抜け、大人となった顔をしていた。もちろん、この時点では彼女自身がそれに気づいてはいなかったのだが。


 こうして彼らは再び下水道へと向かう事になった。

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