01
「えっ?」
遠縁?本当に?まさか、子供?ゲイル様の?嘘?待って、オースティン?どっかで聞いた?誰かが好きって。・・・誰が?・・・何か、大事な事を忘れて・・・?
娘の婚約が決まってから、娘が1人しかいないグレシャル家に、ゲイル様が跡継ぎとして連れてきた男の子。灰色の髪に青い瞳、薄い唇。生き写しの様にゲイル様に良く似た男の子。遠縁の子供というにはあまりに似すぎていて、挨拶を返す事も出来ずに息をのんだ。頭の中にふつふつと沸いてきた怒りと疑問、それらに拮抗する様に別の何かが頭に浮かんできた。視界はそのまま暗転した。
その後の記憶は途切れ途切れになっている。
「お母様、お母様」
と目を真っ赤に腫らしたリリアーナが呼んでいる。
「大丈夫よ。」とリリアーナに声をかけたいのに、すぐにルリア(私)ではない誰かの記憶にのまれてしまって、リリアーナの名前すら呼べていなかったと思う。
とにかく身体が熱くて重くて、喉が渇いて、頭が痛かった。
目が覚めて、最初にリリアーナを探した。すぐ側にいたリリアーナをとにかく抱きしめた。
「お母様は大丈夫よ。」
ようやく言えた言葉。
リリアーナの顔がパッと明るくなる。
混乱した頭と嫉妬と裏切りで真っ黒に塗りつぶされた私の中がリリアーナの笑顔で少し晴れる。
あぁ、私はこの子の為に動かなくては。
あの子、オースティンがゲイル様の子供というのはほぼほぼ間違いない。
というのも、彼の名前と顔を見て私の頭の中に浮かんできた記憶がそう教えてくれたから。
オースティン・グレシャル
グレシャル領の次期領主。平民として生活していた彼は幼少期にグレシャル領主に引き取られ、次期領主として育てられる。義母、義姉妹との仲は最悪でそれ故に不遇の幼少期を過ごす。王立学園入学後に出会う少女によって、彼は救われる。
私の頭に溢れた記憶は過去、というか、違う場所で過ごした人生だった。
こことは全く違う世界で私は生涯を終えた。一人の女性として平凡だけど幸せな一生を過ごした。子供達や孫に囲まれながらベッドで眠ったのが最後の記憶。
その人生の中でゲームの苦手な私が娘に誘われてはまってしまったゲームが、当時流行っていた“乙女ゲーム”と言われる物。といっても、ゲームは元々苦手なので1作品しかしていないのだけど。
そのやたらとはまってしまったゲームに出てくる攻略対象者の一人がオースティン・グレシャル。
そして彼の義母が今現在の私、ルリア・グレシャル。
彼の義姉妹であり、悪役令嬢としての登場するのが私の娘のリリアーナ・グレシャル。
頭の中に湧いてきた知らない鮮明な記憶と気持ちに翻弄され、寝込んでいた期間は2週間程。ようやく気持ちと頭を整理するのに更に3週間。
オースティンを紹介されて倒れてからおおよそ5週間程を部屋の中から出ずに過ごした。その間はリリアーナと側仕えのアンナ以外の誰にも会っていない。もういい加減に部屋から出なければとは思うのに、ゲイル様の事を思うと一歩も動けなくなってしまう。
愛人や、妾、その子供。家の為に婚姻を結ぶ貴族には珍しい事ではない。分かってはいるつもりだった。
でも何となく他人事で、自分には、自分達には関係ないと思っていた。
ゲイル様とは小さい頃から顔を会わせていたし、言葉少ないゲイル様とおしゃべりな私、正反対だけども仲良くしていた。それは婚約が決まっても、結婚しても、子供が産まれてからも変わらなかった。
と、思っていたのは私だけだったのかもしれない。
遠縁の子供があんなにそっくりな事はないと思う。
朝、ゲイル様を見送って、夜お迎えする。夜の食事にも間に合ったり合わなかったりと毎日忙しくなく働いていらっしゃるゲイル様に疑問も持たなかった。王宮勤めは大変なのねと本当に疑いもしなかった。
まさか、愛する人がいて、子供までいるとは思ってもいなかった。
胃の辺りが、ぎゅうっと縮んでキリキリと痛む。目が熱くなってきて、鼻の奥がツンとする。身体と頭がもやもやとして、裏切られた気持ちと嫉妬で叫びだしそうな自分を抑えられない。
どうしてそうなったのか、いつからなのか、相手はどこの誰なのかとか、ゲイル様にきいてしまいたい。
でも、もし、はっきりと、私の事など、愛していないと言われたら?
他に愛する人がずっといたのだと、私は取るに取らない存在なのだと言われたら?
切り捨てられてしまう?
いいえ、家の為の婚姻ですもの。離婚はあり得ない。
でも離婚はできなくても、心通う誰かがいるとはっきり公言されたら?愛人や妾として同じ敷地内に連れてきてしまったら?
同じ敷地内でゲイル様に愛される女性と、愛されない私?
私はそれに耐えられの?
無理。
それならばまだ、心を隠して今まで通りに過ごした方が良い。ゲイル様の言う“遠縁の子”としていた方がまだ良い。
そう思うのに、そう思うなら、そう対応しなければ、と思うのに気持ちが言う事をきかない。