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導聞(ダオウェン)。  作者: ボルボ
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第三章 愛を尊び、愛を弄ぶ者〈3〉

 脚部で生み出した勢いが、針のように骨格を通う。

 その勢いを受けた拳や掌や肘や肩が、虚空を駆け抜ける。

 鋭い呼気が、『祥武堂』中庭の空気を裂いた。


 ある時は林間をめぐる微風のごとく。ある時は火山の爆発のごとく。

 虚と実、緩と急、柔と剛、軟と硬。陰陽相まった体術の連なりを演ずる。


 一挙刻むたびに、気血が円滑に巡るのを感じる。

 一挙刻むたびに、五体が喜ぶのを感じる。

 一挙刻むたびに、形ある技が「法則」として体に溶け込むのを感じる。


 導聞(ダオウェン)は全身でそれらを目一杯享受した。


 その分、実感する時間の経過も速く、気がついた時には収式(しゅうしき)——套路(とうろ)の終わりの動作を行なっていた。


「ふ————ぅっ……」


 深い吐気とともに、気を丹田に納める。


 汗まみれであることに、今更気づく。


 しかし、全身にまとわりつくのは、心地の良い疲労。套路の正しい運用によって、気血の流れが促進されたからだ。正しい動作は武術的な機能を有するとともに、高い健康効果も持つ。


 すでに季節は初夏に入っており、立っているだけでも汗のにじむ陽気である。まして、現在は正午であるため陽光は一日の最高潮に達していた。


 導聞は修行時、上だけは半袖だ。だが今は度重なる『大架』の練習で、水をかぶったみたいな有様となっている。


 ふと、後ろに人のものではない気配を感じ、振り返る。


 星火(シンフォ)がよくエサを与えている黒猫だ。


 味をしめて、またやって来たのだろう。


「ごめんよ、今はおまえにご飯をくれる人はいないんだ。今日はお帰り」


 みーぃ……という残念そうな声を出すと、尻尾を見せてトボトボ歩く。中庭を囲う塀を軽々とよじ登り、その奥へと消えていった。


 そう。今、星火はいない。


 彼女はつい先ほど出かけた。森森(センセン)と一緒に、帝都の南西にある森へと行っている。たまたま南西の森へ行く予定が重なったため、せっかくだから一緒に行くことになったそうだ。


 おまけに今日は稽古休みの日。


 つまり、今『祥武堂』には導聞一人しかいない。


 星火が帰ってくるのは、だいたい陽が沈んだ辺りの時間帯らしい。薬草の収穫量によってはもう少し早くもなるし、遅くもなるとのこと。


 導聞は、遅くなる方に賭ける自信がある。妻は草木と接するのが好きだからだ。


 自分のやるべき事は、彼女のために夕食を作って待っている事だろう。


 しかし、まだ夕食を用意するには早い。なので、しばらくは練功に励むことにした。


 近くの井戸から汲み上げた水を喰らうように飲んでから、導聞は套路の練習を再開。



 白い日差しが茜色になるまで、拳を練り続けた。




 ◆◆◆




 すでに日が沈みかけた時間帯。


「今日はありがとう、森森さん。あなたが良い場所を教えてくれたおかげで豊作だわ」


 星火は大量の薬草が入った籠を見せつけながら、帝都の南の大通りを一緒に歩く(ゴン)森森へ感謝を伝えた。


「大したことはしていない。薬草がよく生えるという場所へ案内しただけのことだ」


 そう告げる森森の口調は淡々としていて愛想が無さそうに聞こえるが、鉄仮面のような美貌の口元は微かにほこほんでいる。至近距離からじゃないと視認できない微々たる変化だ。


「それにしても、森森さんって……」

「森森、で構わん」

「森森って、どうして今日案内してくれた所に薬草が生えてるって分かったの?」

「貴公のような本職には遠く及ばないが、私にも医術の心得がある。負傷した弟子を治すのに役立つからな。貴公の夫もそうなのではないのか?」

「そういえば、そうね」


 武術と医術は表裏一体。人間を破壊することに長けた武術家は、必然的に人体構造を把握している。その知識は医学にも応用が可能である。優秀な武術家は功夫(ゴンフー)だけでなく、医術も多少心得ているものだ。


 ふと、森森が改まった口調で訊いてきた。


「貴公、聞きたい事があるのだが」

「貴公、じゃなくて星火ね」

「……星火、夫婦とは、どのようなものなのだ?」


 星火は目をパチクリさせ、


「急にどうしたの? ……あーっ、もしかして、好きな男でも出来たの?」

「いや。ただ、少し気になってな」

「そうねぇ、夫婦がどういうものか、なんて考えた事はないけど…………あえて例えるなら、水や空気みたいなものかしらね。両方、生きていくには不可欠でしょう? それくらい当たり前で、それでいて大切なものなの」

「それほどまでに、導聞を好いているのか」

「愛してるわ。面白いし、優しいし、可愛いし、顔も好みだし、その……夜も凄く男らしいし」


 昨晩の熱烈な交合を思い出しながらうっとりと微笑む星火の発言に、森森は変化に乏しい表情に若干の火照りを持たせた。


「そ、そうか。後学の参考にさせていただこう」

「森森も好きな男ができたら、待ってるだけじゃなくて、自分からもグイグイ攻めないとダメよ。あなた、ものすごく美人なんだから」

「……考えておこう」


 顔を赤くしながら澄まし顔で頷く森森。鉄仮面同然な顔に変化が見えるのを、星火は心中でひそかに楽しんでいた。


「と、ところで星火、もう一つ聞きたいのだが」


 話題をそらす意図も含めてか、森森がそう早口で言ってきた。




「貴公も――何か武術をやっているのだろう?」




 星火の心音が跳ね上がった。


「……どうしてそう思うの?」


 声に狼狽の色が浮かばないようにと、細心の注意を払いながら尋ねる。


「見れば分かる。尾呂中正(びろちゅうせい)虚礼頂頸(きょれいちょうけい)含胸抜背(がんきょうばっぱい)二目平視(にもくへいし)沈肩墜肘(ちんけんついちゅう)立身中正(りっしんちゅうせい)上虚下実(じょうきょかじつ)……武術において重要なこれらの姿勢を、貴公は当たり前のように保っている。武術の心得があり、かつ、それを高い水準で身に付けた人間の動きだ」


 森森の指摘に対し、星火はやや歯切れ悪く返した。


「……昔、子供の頃にちょこっとやっていたのよ。子供の頃に身につけた動きは、大人になっても残りやすいでしょう?」

「そうか。まあ、あまり詮索はしないでおこう。何やら訊いてほしくなさそうだからな」


 そうしてくれると嬉しいわ。そう心の中で呟く。


 南の大通りをしばらく歩くと、広大な円形の広場に差し掛かった。巨大な鉄杭のような時計台『黄龍峰(こうりゅうほう)』が円の中心に屹立しており、それを櫻の樹が等間隔で囲んでいる。


 帝都の中心に広がる『四正広場(しせいひろば)』だ。


 森森が館長を務める武館『仙踪林(せんそうりん)』は、西に伸びる大通りを進んだ先の端にある。東と南の大通りの間にある『祥武堂』とは真逆の方向だ。


 つまり、二人が進む道はここから分かれるということになる。


「ここで失礼する。また機会があれば一緒にあの森へ行こう」

「ええ。またあの大きい虎ちゃん、モフらせてね」


 軽く笑い合ってから、それぞれ違う方向へ踵を返して歩き出す。


 森森が遠ざかり、人混みに溶け込んだのを確認後、星火は一気に緊張を解いた。


「……やっぱり鋭いわね」


 ため息のように呟く。


 実力ある武術家ほど、人を見る目がある。人格面もそうだが、身体面への見解が特に鋭い。立ち姿一つ見ただけで、その人物の功夫の高低が分かる。


 森森も導聞と同じく、その鋭い眼力を持っている。その眼の前では嘘も意味を成さないため、あえて武術を学んだことのある事実を否定しなかった。


 しかし、どんな武術であるかは、導聞以外には絶対に知られるわけにはいかない。


 もしも知られてしまえば、自分はたちまち「反乱分子」の烙印を押され、牢獄に放り込まれるだろう。


 自分の身につけた武術は墓場まで持っていく。星火はそう固く誓っていた。


 東の大通りを進む。まばらな人通りの端々では、『晶灯』の灯りが寄り集まって、夜になりかけた街をほのかに照らしている。


 やがて右端に脇道が見えた。この三ヶ月で何度も目にしているソコは、『祥武堂』へ帰るためにいつも使っている通り道だ。


 いつも通り、そちらへ進もうとした。




 ドンッ、と、後ろからやってきた人とぶつかった。




「——っ!!」


 星火は刃のように鋭い眼差しで、ぶつかった人間が去った方向へ勢いよく振り向いた。


 ただぶつかっただけなら、一言謝るか、ただ黙って離れるかだけで終わるだろう。


 しかし、鋭い知覚を活かした星火の聴勁(ちょうけい)は、自分の髪を結んでいた瑠璃色の帯を(・・・・・・)かすめ取られる(・・・・・・・)触覚をしっかりと感知していた。


 まばらな人混みの中を、素早く縫うように走り去る男の後ろ姿を発見。その手には最愛の夫から送られた瑠璃色の帯。


「待ちなさいっ!!」


 体の芯から湧き上がった激情に身を任せ、星火は石畳を蹴って走り出した。


 男はこちらを一瞥すると、逃げ足を速めた。


 行き交う人々を器用に避けながら、男めがけて迅速に進む。


 その拍子に、手に持った籠に入った薬草がボロボロとこぼれ落ちていくが、機にする余裕は今の星火にはなかった。


 捕まえてその喉笛噛みちぎってやる、とでも言わんばかりの殺気を発しながら、盗っ人を懸命に追いかける。


 周囲の情景さえ見えなくなるほど、夢中になっていた。


 人だかりの窮屈さが無くなったと感じた時、ようやく自分が暗い路地の中心に来ていることに気が付いた。


 不気味な雰囲気に、思わず足を止めた。


 人が三人並んで通れる程度の幅しかない、狭い路地だ。左右に立ち並ぶ民家は空き家のようで、『晶灯』の明かりに満たされた他の通路とは違い、沈殿したような暗闇が落ちている。


 こつり、こつり。


 ワザとらしく足音を響かせながら、暗がりの奥から一人の男が姿を現した。


 龍の意匠が浮き上がるように剃り込まれた坊主頭。岩のように厳ついが少なからぬ知性を感じさせる面構え。肩口の辺りで袖を千切ったような有様の袖口からは、筋骨隆々な太い腕が伸びている。肉厚で骨太な巨躯。


 星火は夜行術(やこうじゅつ)も心得ているため、この暗闇でも男の姿が明確に視認できた。


 その手に握られた瑠璃色の帯も。


 星火は矢のように直進。帯を奪い取ろうと手を伸ばす。


 しかし。


「ぐぅっ!?」


 男の間合いへ踏み入った瞬間、前蹴りを腹に受けた。……とっさに呼吸法で衝撃を殺したため、どうにか無傷で済んだ。


 星火はたたらを踏みながら退がる。


「何が目的なの?」


 星火は挑むようにそう訊いた。


 目の光は鋼の光沢のように冷え切っており、感情が読めない。だが少なくとも、色魔の類ではないと思われる。


 よく見ると、男は帯を持つ方とは反対の手に、黒い布袋を持っていた。人間一人が収まりそうな、大きな袋だ。


 その袋を見せつける。


「コレがなんだか分かるか?」


 ようやく男が喋った。太く、抑揚に乏しい声。


 星火は答えない。


「お前を入れて持ち帰るための袋だよ」

「入るつもりはないわ。それよりも、帯を返しなさい」

「それは出来ない。お前という鯛を釣るための最高のエサだ」


 星火は眉をひそめ、声を低くして言った。


「どうして、それが分かるのかしら?」

「お前の事をここ最近監視していたが、コレをいたく大事にしている様子が多かった。ただそれだけだ」

「監視……? あなた、何者なの?」

「俺の名は郭嵐(グォラン)。六年前までお前が所属していた結社の幹部、と言えば素性は分かるんじゃあないか? なぁ――「利瘋(リーフォン)」よ」


 驚愕が心を激しく揺さぶった。


 自分の事を「利瘋」なんて呼ぶ人種は、極めて限られている。


 その呼び名は、自分がかつて身をやつしていた「組織」において付けられた名前だ。


 その「組織」の名は——


「『真世(しんせい)』……!」


 ずっと水を口にしていないような渇いた声で、星火は忌むべき単語を口にした。


 それは、煌国、覆国問わず各地で暴れ回る、巨大な武装組織の名だった。


 驚きが未だおさまらないが、それを今は胸に呑み込み、郭嵐と名乗る男をキッと睨め付けた。


「……所属していた、ですって? 冗談じゃないわ。逃げられないように組織という檻に閉じ込めていただけのくせに」

「だが、それを選んだのはお前だ。俺は知っているぞ? お前が我が身可愛さに、その手で自分の姉を殺したことをな」

「ば、馬鹿言わないでっ!! あれは——」


 取り乱しかけたところで我に返り、深呼吸して心を整える。この男に調子を合わせたらダメだ。


「……それで? 何が目的なワケ? まさか戻ってこいなんて言うつもりじゃないわよね」

「そのまさかだ。お前にはこれから俺の元へ来てもらう。そして渡してもらうぞ――『縮地功(しゅくちこう)』をな」


 じり、と片足が半歩退がる。


「渡すわけ無いでしょ。暴れるしか能の無い畜生に、最強の凶器を渡せって?」

「いや、言い方が適切ではなかったな。……『縮地功』を返してもらう。それは本来我々のもの。お前が独占して良いものでは決してない」


 星火は腰を若干沈めて足の力を溜める。


 ここで逃げても良いが、帯はあの男の懐に入っている。取り返さないといけない。


 だったら、あの男から力づくで奪い返す他ない。


 幸いにも、相手はかつての自分と同じく『真世』の人間だ。なれば、身につけている武術も当然自分と同じ系統のものだ。


 周囲には郭嵐以外に、人の気配がしない。


 これなら存分に振るえる。


 ――【真世把(しんせいは)】を。


 気がつくと、星火は手に持った籠を放り、左足を前にした半身の構えを取っていた。両手の指を立て、体の中心を守るような位置に置く。


 前に出した左手の指先を通して、郭嵐を見る。


 特に立ち方を変えることなく、自然体であった。


 甘く見ているのか、腕によほどの自信があるのか、見当はつかない。


 いずれにせよ、手を出せば分かる事だ。


 星火は突風のごとく歩を進めた。【真世把】の套路でたびたび用いられる高速移動の歩法だ。数年ぶりに使ったにもかかわらず、転ぶ事なく足を運べたのは幸運か必然か。


 まずは探りを入れる。手刀を作った右腕を風車のように縦回転させながら近寄り、右足で深く踏み込むと同時に劈掌(へきしょう)を縦一閃に振り下ろした。腕を伸ばして放てるので、遠距離の間合いで役立つ攻撃法だ。


 郭嵐を中心にした半球状の間合いがなんとなく分かる。その表面に、自分の手刀が接触。


 途端、まるで爆竹を叩いたかのように衝撃が弾け、右手刀が押し戻された。


 郭嵐の片腕が弾いたのだということは、防がれた後に分かった。


 だが、星火の手は休まらない。弾かれた勢いを殺すことなくそのまま利用し、右腕を回転させる。今度は下から上へ斬り上げる掛掌(かしょう)が、郭嵐の股ぐらを潰そうと駆け上る。


 しかし、今度も郭嵐の間合いに触れた瞬間、防御されてしまった。今度は足裏で防がれた。


 叩き返された右手刀が、振り子の要領で下から後ろへ下弦の軌道を刻む。それが肩と同じ高さまで戻った瞬間、星火は右手を握り締めて両足底をねじり込んだ。脚部で生み出した螺旋勁を受けて右拳が一矢と化す。


 だがやはり、ソレも横合いからぶつかってきた腕によって払われ、当たらずに終わった。


 かと思えば、郭嵐は突然、肩口を前にした状態で急激に間隔を潰してきた。その靠撃(体当たり)には、まるで巨岩が高速で迫っているような迫力があった。


 これを受け止めることは不可能だと瞬時に判断した星火は、大きく後ろへ跳んだ。当たりこそしたが、郭嵐の強烈な勁は大幅に軽くなり、損傷にはならなかった。ただし、大きく後ろへ押し流された。


 受け身を取り、(よど)みない動きで立ち上がる。


 呼吸を整え、敵から目を逸らさぬまま考えを巡らせる。


 数度手を交えたことで、あの男の武に宿る大まかな性質が分かった気がする。


 【真世把】には、およそ二〇〇式もの套路が存在する。それらはとてもじゃないが、人間一人の人生では習得し切れない。


 なので、その二〇〇の中から好きなものをいくつか選び、それらを集中して鍛えていく。そうすることで、自分だけの戦闘様式を作り上げる。


 郭嵐の持ち味はおそらく、優れた防御と強大な発勁だ。


 間合いに少しでも触れると防いでくるあの動きは、おそらく【六合嵐手(ろくごうらんしゅ)】という套路に含まれているものだ。間合いに入ってきた攻撃に対して自動で体が動き、防ぐという絶対防御が持ち味の套路。


 さらに、先ほどの靠撃は【牛鶏双意拳(ぎゅうけいそういけん)】に含まれる技法に酷似していた。重厚な牛の動きに、軽快な(ニワトリ)の動きを加味した攻撃型の套路である。


 鉄壁の盾に、強力な矛。防御と攻撃を極端に強化した、単純だがそれゆえに攻略しにくい相手。


 そんな敵に、自分はどう戦うべきか。


 具体的な手立てを思いつくよりも早く、郭嵐は片手にある布袋を捨てて突っ込んできた。


「殺しはしない。安心しろ!」


 軽やかな歩調で接近し、重鈍な震脚(しんきゃく)を交えて突進。


 当たれば昏倒間違いなしなその一撃を、星火は斜め右へ移動して回避。


 そのまま身を翻し、遠心力にまかせて右腕を薙ぐ。だが、やはりそれも腕で防がれた。


 星火はまだ止まらない。大きく息を吸うとともに気を丹田に蓄えてから、それを少しずつ起爆させる意念を浮かべながら正拳を連打した。


 目にも止まらぬ速さで打ち出される拳打の数々を、郭嵐はなんと片腕で器用にさばいていた。


 一発も届いていない。


 吐く息を全て使い果たしたので、一度距離を取る。


 しかし、退がる星火との間合いを保つようにして、郭嵐が近づいていた。


 逃げられない。


 焦る暇さえ与えられない。


「なかなかの腕だ。が、お前はあまりにも長く怠け過ぎた」


 その言葉とともに、踏み込みを交えた双拳が星火の体に突き刺さった。


 【牛鶏双意拳】の一技法、『公牛頂貫(こうぎゅうちょうかん)』。雄牛の双角に見立てた二つの拳。


「えぁっ」


 直撃した箇所ではなく、その反対側の背中に激痛が走った。鋭さと鈍さの中間ほどの痛みだ。


 視界と意識が黒く染まっていく。


 やがて、思考さえも失った。


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