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導聞(ダオウェン)。  作者: ボルボ
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第二章 皇女襲来〈4〉

 さらに次の日。朝。


「師父……ボクがいない一日で、一体何が起こったのですか?」


 目の前に広がる光景に、我が一番弟子の臨虎(リンフー)は瞠目していた。


 『祥武堂』の中庭を埋め尽くしているおびただしい人数。ざっと見積もっても三十人はいた。


 みな、これから始まる練習に備えて、膝を回したり、足の筋を伸ばしたりしていた。


 彼らは昨日――導聞(ダオウェン)の弟子となった者たちである。


 『祥武堂』は一昨日まで、閑古鳥(かんこどり)が鳴くほど弟子がいなかった。


 それが昨日というたったの一日で、これほどまでの人数が集まったのだ。誰が見たって只事だとは思わないだろう。


 そう、只事ではないのだ。


「実は、一昨日の親衛隊員との一戦が原因らしくてね……」


 導聞も喜びを通り越して、困惑さえしていた。


 一昨日の生誕祭にて、導聞は皇女を護衛していた皇室親衛隊の少女、茅藍と戦い、それを軽々と下した。


 彼らは皆、その戦いぶりに感動して集まってくれた弟子達だ。


 思えばあの試合の時、自然な流れで自らの門派名を名乗っていた。そこから情報が漏れたのだろう。武術社会の情報網というのは侮れないものがある。


 たまたま行った試合が、驚異的な宣伝効果を生み出したのだ。これぞ嬉しい誤算。


 誤算とはいえ、こうして事態が好転しているのだ。それを喜ばない手はないと思った。


「師父の武術の素晴らしさが、きっと大勢に伝わったのですね」


 臨虎が嬉々としてそう言う。


 導聞は微笑を返すと、ぱちぱちと手を叩いて全員を振り向かせた。


「はーい。それじゃあ、そろそろ始めようか」


 途端、弟子達はぞろぞろと整列し、一斉にこちらへ目を向けた。


 無数の視線にさらされ、導聞は一瞬たじろいだ。


 ここまで注目されながら教えることができるのだろうかと不安になったが、すぐにそんな考えは捨てた。武術の教授とは、教わる側だけでなく、教える側にとっても修業なのだ。そこに怯えていては師として形無しである。


 導聞は一度深呼吸すると、いつもの調子で高らかに口を開いた。


「――ではまず、【空霊把】という武術について説明する」





 正午の到来を告げる『四正広場』の時計台の鐘が、重く高らかに鳴った。


 その音とともに、導聞は我に返った。


「――じゃあ、今日の練習はここまで」


 そう告げるや、弟子達が安堵のため息を吐くのを感じた。


 ほとんどの者が、修業によって疲労していた。中庭の地面に座り込む者もちらほら見られる。


 導聞も、教えるのにそれなりの労力を費やしたので、精神的には疲れがあった。


 一口に弟子と言っても、二つの種類に分離される。 


 一つは、初めて武術を始めた者。


 もう一つは、過去に武術を大なり小なり学んだ経験のある者。


 そんな弟子の種類によって、導聞は指導法を変化させねばならなかった。


 初心者には、まず『築基站』を始めとする各種基本功で武術の基礎を練らせた。

 それなりに功夫のある経験者には、『大架』を教えた。


 いずれの者も、行う動作には大なり小なり個人の「クセ」があり、それを直すためにどのような助言を行うべきか幾度も悩んだ。


 例えば、正拳で突く時、上半身が右へ傾いている弟子がいるとする。その弟子に「右に傾いている」と助言すると、傾きを右から左へ戻すことばかり考えさせ、今度は左側に傾くことがあるからだ。子供の頃の自分がそうだったように。


 例えば、肩に力が過剰に入った弟子がいるとする。力みが生まれると勁の流れがそこで途切れてしまう。だが「力が入り過ぎだ」とそのまま欠点を告げてしまうと、過剰なまでに力を抜こうとしてしまう。抜き過ぎると今度は姿勢が崩れてしまう。子供の頃の自分がそうだったように。


 例えば、顎を前に出すクセを持った弟子がいるとする。顎が出ると頭部が前傾し、体軸がズレてしまう。だが、「顎を引け」とそのまま告げてしまうと、顎を引くことばかりを意識しすぎて首が緊張し、武術において邪魔な「力み」が生まれてしまう。子供の頃の自分がそうだったように。


 ――そう。すべては自分の、過去の経験を元に考えていた。


 どれほどの名人達人といえど、未熟だった時期はある。名人ではない自分ならばなおの事。


 ならば、自分の成長や伸び悩みの経験が、そのまま指導の役に立つ。そう導聞は信じることにした。


 弟子たちが、次々と正門から帰っていく。


 あっという間に、臨虎、星火、自分だけになった。


 ――さて、どれだけの弟子が残ってくれるだろうか。


 武術では、初心者が一番落伍しやすい。なぜなら辛く苦しい『築基站』という修業を乗り越えなければならないからだ。これを耐えられるか否かで、継続するか否かが決まると言っても過言ではない。


 何人かは、武館を去るだろう。


 多くの弟子が残ってくれることを願おう。


「師父ー、お茶が入りましたー」


 家の奥から、茶碗が二つ乗った盆を持つ臨虎がやってくる。導聞と星火(シンフォ)が挟んで座っている小さな卓上に置かれる。


 導聞はすっかり武館のお茶汲み係として定着しつつある一番弟子の茶を頂こうとした瞬間、正門を外側からドンドンと叩く音を耳にする。茶は後回しにし、まずはそちらを優先することにした。


 また入門希望者だろうか、と期待に胸を膨らませつつ門を開けると、目に飛び込んできたのは皇室親衛隊の赤い制服に身を包んだ二人組の男女。


 男の方は、厳ついながらもどこか理知的な面構えをした角刈りの男。


 女の方は、


「あれ? 君は……」


 先日、導聞と試合をした親衛隊員、趙茅藍(ジャオ・マオラン)だった。


 茅藍はこちらの視線を受けると、気の強そうな美少女の顔をさらに険しくして、


「……何だ」

「いや、僕に何か用なのかなって」

「当たり前だ。用が無ければ、親衛隊が正装でわざわざこのような場所に赴くわけがなかろう。そのような分かりきった事をわざわざ訊くな」


 刺すような睥睨にさらされる。


 うわぁ、随分嫌われたもんだなぁ。まあ大勢の前で負けを晒しちゃったし、無理もないかな。


「茅藍、その辺にしておけ。目的を見失うな」


 角刈りの男が渋みの強い声で同僚をたしなめる。


 彼はそのまま導聞の方を向いて、事務的な口調で告げた。


「導聞といったな。皇女殿下がお呼びだ。一緒に来てもらう」

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