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悪魔の証明

悪魔の証明 -1-

「えー僕は経済学部 経営システム学科の尾崎武人(おざきたけと)です。〇〇高校で3年間テニスをやってました。えー今から高校時代習得した"スネークサーブ"を披露したいと思います。」

会場内は少しざわざわとした。今までの新入生紹介で武人のように出し物を用意した新入生はいなかった。

武人は左手でボールを高く上げる振りをする。

そして、"あれ、なかなかボールが落ちてこないぞ"というポーズを取った。

何人かの上級生がクスクスと笑っている。

「おいおい。全然落ちてこねぇじゃねえか」

そんな突っ込みが外野から入るとドっと笑いが起こった。

(よーし、、そろそろだな)

武人は構えていた右腕を振り下ろす。

「サァ!」

普段の声よりずいぶんと高いトーンで掛け声をつける。高校時代同じテニス部の仲間達に見せて、笑いを取っていたネタだった。

会場のところどころからあははと笑い声が上がったが、やや受けといったところだ。

すかさず司会をしている上級生が割ってフォローを入れる。

「いや、ナイスファイトだよ尾崎君。とても面白いネタを持ってるじゃないか」

「さあさあ、次の新入生を紹介しましょう。お次は小林達彦(こばやしたつひこ)君です!」

皆の目線が次の新入生に移ったところで、武人はペコリとお辞儀をして席についた。

緊張から解き放たれたことで、どっと肩の荷が下りた。

「中々"かまして"くれるやんか、尾崎君」

隣に座る上級生に言われた。上級生は瓶ビールを右手に持ち、瓶の口を武人の方へ差し出した。

武人の労を労う意味での御酌らしかった。

「いやあすみません...お酒はまだ未成年なんで」

「なんや。そうか。最近の子はコンプライアンスが厳しいなぁ。俺は高校の時から飲んでたのに」

上級生は手に持ったグラスを口にあてがって、中のビールをゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

「あー。ウマい。最高や」

上級生はビール瓶を手に取って、自身のグラスに注ごうとしていた。

武人はここで上級生に自分でビールを注がせるのはなんだか拙い気がした。

「あっ、先輩。自分が注ぎますよ。」

「おっ。ええんか。尾崎くん。気の使える後輩やん」

上級生は上機嫌でビール瓶を武人に差し出した。

「尾崎君そんなことしなくていいよ。安間(やすま)さんの世話係になったら大変よ。」

前に座った女性の上級生が武人に声をかけた。

「えっ、そうなんですか?」

別にこの先輩の世話係になる気はないけど、と心の中で突っ込んだ。

「安間さんはお酒を飲ませたら底なしだからね。自分で注がせてあげた方がいいのよ」

「そんな冷たい事よう言うな皐月(さつき)ちゃん。せっかく尾崎君は親切で言うてくれてんのに。無碍(むげ)にしたら可哀想やんか」

口では抗議しながらも安間という先輩は武人に差し出していたビール瓶を自分の方に戻して、グラスにとぼとぼとビールを注ぎ始めた。

「まあでも尾崎君にはこのビールと泡の絶妙なバランスを作り上げるにはまだ修行が足りないやろうな」

安間は45°くらい傾けていたグラスに慎重にビールを流し入れていれ、段々と傾きを水平に戻しながら泡の量を調整していた。

注ぎ終えると武人にグラスを見せつける

「どうや。すごいやろ。」

ビールと泡が8:2くらいの割合だった。全然すごいとは思わなかったが「すごいですね」とお世辞を述べた。

「安間さんは軟式テニスよりも、ビールを注ぐ方が上手いですもんね」

安間の隣から"ちゃかす"声が聞こえた。

「そうそう...ってこら柿本(かきもと)。お前はほんとに後でどつくからな」

「ハハハ」

安間が柿本の方を向いて何やら凄んだ表情をしているらしく、皐月や周囲から笑いが起こった。皐月は両手を叩いて喜んでいた。

(安間さんはいい人そうだな)

武人は隣に座っている上級生が後輩にいじられている姿を見て、高校時代の数学教師のことが思い浮かんだ。

"おーい、おまえらぁ。ええ加減にせえ"とよく手を振り上げるポーズをしては、皆から笑われていた。

(土井(どい)っちと安間さんはなんか似てる気がする)

その数学教師とのエピソードがぼやぼやと頭をよぎる。

そして、ある記憶と一致した。

「あっ」

思わず口に出てしまった。

前に座る皐月がそれに気づいたらしかった。

「どうしたん、尾崎くん。急に"あっ"て言うたけど」

「欲しがる男やなぁ。尾崎くんは」

安間は首を縦にうんうんと振りながら、どこか武人に同類のシンパシーを感じている様子だった。

「いや、その違うんです。ちょっと昔のことを思い出しちゃって。」

「昔のこと?」皐月が武人に尋ねる

「高校時代に数学教師が言ってたことがあって、それがそん時聞いたら意味分からなかったんだけど、今なんか分かった気がしたんです。」

「へー。なんやそれ。聞かせてよ」

安間が興味を持ったのか、体をこちらに向けて聞く体制を取った。

「でもこの話ちょっと長くなるかもですよ。」

武人は皐月と安間の顔を交互に見ながら告げた。

「ええよ。別に。おもろい話やったらいくらでも聞くから」

「ちょっと安間さん。あんま新入生にそんな絡み方せんでよ」

皐月が安間にそう注意すると、安間は"えーっ"と小さな抗議を皐月にした。

皐月はそれに構わず「尾崎くんがええんやったら話してよ。気になってきた」と武人に言う。

「ああ、ほならええですよ」

皐月は美人なので、ちょっと見つめられると武人は気恥ずかしくなった。

少し視線を逸らすと咳払いを一つした。

「まあそんな大した話やないんですけどね」

そう前置きをいれた。


武人は高校3年のあの日の記憶を頭に思い浮かべた。

あの日、放課後の教室で土井っちが武人たちにある話をしたのだった。


「"悪魔の証明"って知ってます?」


武人はそう切り出した。








悪魔の証明 -1- -終-



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