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エツニール  作者: 菊一文字
3/3

26時間前 伊達2

 放課後、今週は教室の掃除当番のため、机を教室の半分に追いやり、ほうきをかけていた。教室掃除は男子3名と女子が4名だ。少々人手不足な気がするが、掃除をする場所が多いらしく、クラスメイトは学校のいたるところに黒アリのように散りばめられていた。

 

 それにしても、そろそろ学校の掃除にもロボット掃除機を導入するべきではないだろうか。

 21世紀も十数年が過ぎたというのにいまだに人力の作業が多い。昔の映画では、2018年といったら掃除や片づけは人型ロボットがすべて担当し、車は空を飛び、歩道は動く歩道になっていたはずだ。

 それがどうだ、いまだに掃除はほうきにチリトリ、車は高性能になったが今でも元気に地べたを走り回っている。歩道に関しては永遠に動く気はないらしい。

 

 教室掃除は小学校から数えて、みんなこの道10年のベテラン揃いということになる。そのためか手際よく掃除が進められていく。これではロボット掃除機の導入も叶いそうもない。


 机をキレイに並べ戻し、掃除も終盤というところでクラス委員長の雨宮雅美が「あら?」という声を発した。

 雨宮は教室の隅に置いてある空気清浄機の前にいた。何やら空気清浄機に手を向けたり、時折その手をぶんぶんと振ったりしている。雨宮のその声と行動に2名の女生徒が集まっていた。


「おかしいね」


 別の女生徒からはそんな声が聞こえてきた。なにかあったか?

 まあいい。俺はさっさと掃除を終わらせて入部届を出しに行かないといけない。人生初めての部活。使い古された言葉で言うなら期待と不安が入り混じっている精神状態だ。


 机の整列も終わり、さて演劇部に向かおうかと机の横のフックにぶら下がっているカバンを指にひっかけた。まさにその時、声をかけられる。


「伊達君、工具箱ってこの教室にないのかしら?あなた美化委員でしょ」


 気が付けば雨宮は俺の真横に立っていた。やけに大人びた、長い黒髪。どことなく古風な顔立ちからは上品さも伺える。父親は市議会議員という噂を聞いた。お堅いお家柄なのだろうか。

 そういえば俺は美化委員という事になっていたな。ちょうど風邪をこじらせて学校を休んでいるときに委員決めが行われていて、俺は勝手に美化委員というものに選出されていた。それにしても工具箱の把握が美化委員の仕事であるのかはいささか疑問が残る。


「さぁ、わからない。精密ドライバーなら月岡が持ってると思うぞ。電気で動くものが好きだからな。あいつは」


「あら。よく精密ドライバーが欲しいってわかったわね」


 その話を聞いていた他の教室掃除の同志たちが視線を送ってくる。なんだろう?この期待をされているような空気は?どうせ俺の中学の時の噂を聞いているので、何かしら推理的なものが始まると思っているのだろうか?残念だが俺にはそんな気は毛頭なかった。


「その手に持ってる小さいやつ。空気清浄機のリモコンだろ。リモコン持ってあれ?とかおかしいとか言ってたら、まず初めに思いつくのがリモコンの故障か電池切れだ。そして前に1度そのリモコンを使ったことがあるからわかっていたが、電池の取り外しに、まずは小さなビスをリモコン本体から巻き取らないと電池のカバーがスライドしないようにできている。そして委員長は工具を探している。その小さなリモコンのビスに合う工具は、サイズからして精密ドライバーと思っただけだ。」


 オーディエンスから「おお!」という小さめな歓声があがる。


「ただの状況の説明をしただけだ。こんなことでいちいち感心されても困るんだけど・・・」


 俺はこの一件で、今後の高校生活が窮屈になりそうな予感がした。ぜひ気のせいであってほしい。

 また、この雰囲気はなんともよくない。月岡が好きな空気のような感じがする。そんな時に限って月岡が廊下掃除から戻って来た。


「あ、月岡さんいい所に」


 俺は早々と月岡の横をすり抜け出口に向かおうとしたが、教室の中の生徒達の視線が俺に集中していることに気が付いた月岡が黙っていなかった。


「恭平くん。ちょっと待って」


 俺の右腕は、まるで蛇のような素早さの、月岡の右手に捕獲されてしまった。嫌な予感というのは、なぜもこうまで当たるようできているのだろう。


 とは言え・・・。まんまと捕まったものの俺のやることは特になく、空気清浄機のリモコンが効かないこと。精密ドライバーじゃないと電池のカバーが外れないこと、などを雨宮が月岡に説明していた。俺はその説明を背中で聞ききながら、自席に座って頬杖をついて窓の外を眺めていた。


 この空気清浄機は、どこぞの電気メーカーのお偉いさんに、叩きあげられた25年前の卒業生から10台程度寄贈されたものらしい。もちろん、学校の全クラスに置いているわけではない。俺たち1年3組に置かれているのは、担任の北川先生の教え子であったということで置かれている。そうなると北川先生が担任のクラスを変わるたびに、この空気清浄機ももれなくセットで付いてくるということか。

 俺は北川先生が空気清浄機と一緒に学校内をあちらこちらに移動する姿を想像して「ふっ」と笑ってしまった。


 月岡は自分のカバンから精密ドライバーを取り出し、雨宮から受けとったリモコンのビスにはめ込み回していく。ここまでドライバーの似合う女子高生も珍しいのではないか。

 いずれにせよ俺は呼び止められた意味も特にないので、そろそろおいとまさせていただくかな。そう思い、席を立とうとするとまた雨宮の「あら?」が聞こえた。


「恭平くん、ちょっと見てよ」


 椅子から腰をあげた途端に月岡が声をかけるものだから、俺は中腰の変な恰好のままで月岡の方を見た。


「なんだ?ビスを外しても電池カバーが開かないとかなら、メーカーに連絡するんだな」


「違うよ。ほら、カバーを開けたらこんな感じ」


 乗りかけた船もいいところだ。いっそのこと俺を置いて勝手に出航してくれれば良かったものを。俺はめんどくさそうに月岡の手に乗っているリモコンを見る。カバーが外され、リモコンの内部がさらけ出されてた。そして、そこにあるはずの電池がない。ボタン電池をはめ込むくぼみはあるが、あるはずの電池本体がすっぽりなくなっていた。


「ボタン電池は?」 野暮な質問をしてみる。


「さぁ・・。食べた?」


 食べるか。


「おかしいわね。私が今日の朝にリモコンで電源を入れた時は、問題なく作動したのに」


 雨宮は顎に手をあてて考え込んでしまった。


「どう思う?誰か盗んだのかな?」


 わざわざビスを開けてまで盗む価値はないと思うけどな。それに・・・。


「このボタン電池の種類ってわかるか?」


 俺は月岡の手に乗っているリモコンを人さし指で突っついた。月岡は自席のカバンからスマホを持ってきて、空気清浄機の型番を確認し、同梱物のリモコンで使用される電池を調べた。


「コイン型電池のCR2430だね。」


 コイン型?ボタン電池とは違うのか?

 俺のその心の声を読み取ったのか、月岡はやれやれという感じで説明を始めた。


「コイン電池はボタン電池より薄くて表面積が広いやつ。ほら、コインみたいな形してる電池。知らない?」


 ああ、知ってるとも。でもそれがコイン電池という名称だとは夢にも思わなかった。てっきりあの類の電池はすべてボタン電池と言うと思っていた。


「で、どう思う?」


 月岡が念を押して聞いてきた。


「委員長は知ってたか?コイン電池っていう種類があることを」


 雨宮はさっぱりという感じで両手を広げた。となると、普通に考えるとこうだろうな。


「たぶん・・・問題ない。明日の朝には元通りだ。電池はリモコンにもどり、問題なくリモコンで電源のオンオフからタイマーの切り替えなどもできるようになるさ」


 俺はそう言って、先ほど机のフックに戻されたカバンを掴み、席を立とうとする。案の定、月岡がそれを許すわけがない。


「それで説明したつもり?」


 ・・・。これ以上もったいつけると怒られそうだ。


 俺はカバンの回収はしばしあきらめて椅子に座り直して、集まっている数人のクラスメイトのほうに体を向けた。


「まずは月岡。この状況で考えらえることで何かあるか?」


 月岡はあまり考え込むこともなく即答する。


「誰かが電池を持ってったってことでしょ」


「なぜそう思うんだ?」


「なぜって・・・。だって現にないじゃない、リモコンに」


 月岡は電池が抜かれ、内部が丸出しになっているリモコンを手のひらに乗せて俺に見せてきた。俺はさらに続ける。


「委員長。なぜ電池が抜かれたかわかるか?」


「え、私?え、ええっと・・・。誰かがいたずらで隠したか、使うために盗んだか・・。または電池交換のために外したか。」


 俺は2回ほど軽くうなずいて見せた。


「電池が外された目的は電池交換だ。そして電池を持っていた人物は北川先生だ」


「ど、どうしてそう思うの?」


 雨宮は俺があまりにも言い切ったもので驚いた顔を見せていた。


「簡単だ。まず盗んだ。隠した。これはありえない。盗むなり隠すなりなら、リモコンを丸ごと持っていくだろう。わざわざ精密ドライバーを持参して、小さいビスを外してボタンでん・・・いや、コイン電池を外して、またビスを閉める。そこまでの手間と、その作業を誰かに見られるリスクを負ってまでやることじゃないさ」


 俺のその意見に待ったをかける雨宮。


「でも、自分で電池を使うために電池だけ持っていったかもしれないでしょ?最初から電池目的ならリモコンの本体は不要だし、リモコンが丸ごとなくなったら、すぐに誰かが異変に気付く確率が増えるわ。リモコンは基本的に教卓の上に置いてあるんだから。確かに、電池を抜き取る作業を目撃されるリスクはあるけど、仮に見られても、その場で盗むのをあきらめさえすれば、いいわけでなんとか切り抜けられそうじゃない?」


 俺は月岡からスマホを受け取り「ボタン電池・コイン電池・型番表」と書かれた表を雨宮に見えるようにスマホをかざした。


「一言でコイン電池と言っても型番が複数あるんだ。この中でお目当ての電池が、丁度クラスの空気清浄機で使っているリモコンと同じだから盗もうって考えに及ぶとは思えない。それこそ、月岡がさっき調べたように空気清浄機の型番から洗い出して調べでもしない限り、このCR2430までたどり着かない。また、単三電池や単一電池のようにわかりやすくない。現にボタン電池とは別の呼称があるとは思わなかったくらい、普通は乾電池以外にそれほど詳しくないだろ」


 月岡にスマホを返す。一瞬月岡の顔が見えたが、ものすごくうれしそうな顔をしている。やれやれ。


「じゃ、電池交換として、それこそなんで電池だけ持っていくわけ?確かにコイン電池なんて呼び名もCR2・・・何とかって言うのもわからないけど、電池だけ持っていく意味は特にないはずよ」


 俺はまた2回ほどうなずいた。


「確かにそうだ。少なくても俺たちなら月岡がやったようにまずは電池の型番を調べて、その後にホームセンターにでも買いに行って、戻ってきてからリモコンを開けて電池交換。って手順をとるだろう」


 雨宮も2回ほどうなずく。


「でも、それが北川先生だったら?テレビの録画予約もできないくらい機械音痴。とてもスマホで型番を調べることはしないだろう。それにあの老眼だ。コイン電池の表面に刻印された型番は、読むのに一苦労だろうさ。」


 雨宮はじっと机に視線を落としていた。、まだ完全に納得していないようだった。


「でも・・。それでも電池だけ持っていく必要ってあるのかしら?機械に弱いんだったら、リモコンごとホームセンターに持っていって店員に聞くほうが北川先生らしいわ」


 ごもっともな意見だ。そのほうが確かに機械に弱い人間のしそうなことだ。

 月岡がなにか考えついたようで、人差し指を立てて「あっ」と言った。


「そうか。北川先生の性分ってことでしょ?恭平くん」


 俺は「んっ」とだけ頷きながら言った。


「月岡さんどういう意味なの?」


 もはや雨宮は完全にお手上げのようだった。


「つまりね」 月岡が得意げな顔しながら話し始める。


「北川先生はクソまじめでクソ几帳面ってかんじでしょ?」


 クソが多いな。


「きっと高校の備品であるリモコン本体を校外に持ち出したくなかったんじゃないかな?それも自分の教え子からもらった大切な物だとしたら尚更だよね。間違って外で落としでもしたら、きっと北川先生は思いつめて・・・」


 月岡は両手を自分の首に回し、締め上げられるようなジェスチャーをした。やりすぎだ。


「それで北川先生は自殺を・・・」


 雨宮が真に受ける。このままでは茶番が始まりそうなので口を挟む。


「おそらく昼休みあたりに電池が切れていることに気が付いたんだろう。ちょうど昼休み前の授業が北川先生の公民だったし、授業中にインフルエンザがまだはやっているという話もしていたしな。授業後に空気清浄機の様子を見に行くくらいのことは北川先生はやりそうだ。そしてリモコンが効かないことに気が付いた北川先生は、精密ドライバーでリモコンのビスを抜いた。几帳面な北川先生のことだ、老眼鏡の修理ツールとして精密ドライバーを持っていて不思議じゃない。そしてビスを開けて面食らったわけだ。なんだこの電池は?ってな。でもその貴重面な北川先生が、現在リモコンが使えない状況であることをアナウンスしていなかったのは意外だ」


「ああ。これのことね?」


 雨宮の左手の人差し指には黄色の付箋が貼られており、「電池交換しています」と丁寧な大人の字で書かれていた。

 それを見て数秒間の沈黙があった。俺はこの数秒間で雨宮にからかわれていたことに気がついた。


「おまえなー。どういうつもりだよ」


 雨宮を少し睨んだ。


「別に。都市伝説って自分の目で見ないといつまでも伝説のままでしょ?」


「ほう。じゃあ委員長の目にはどう映ったんだ?」


 雨宮は右手の人差し指で髪をクルクルと円を描きながら絡ませていた。口元は憎たらしいほど緩んでいる。


「私の芝居に騙されるようじゃ、まだまだ伝説の第2章ってとこかしらね」


「そうかい。たいした演技力だな。一緒に演劇部にでも入るか?」


 雨宮はくるっと背中を向けて言った。


「私は部活の掛け持ちをするほど暇じゃないの。演技指導が必要なら言って、いつでも相手になるから」


 相手になるか。なんかわからんがライバル視されたみたいだな。

 雨宮はそのまま自分のカバンを持って教室の後ろのドアからを出て行ってしまった。何とも後味が悪いな。重苦しい空気が漂う中、黒板側のドアが開いた。


「教室掃除終わりましたか。ご苦労様でした」


 コンビニの小さなビニール袋を持った北川先生が教室に入って来た。俺は「失礼します」と北川先生に軽く一礼して黒板側のドアの方へ歩いていく、北川先生とすれ違い様に、コンビニのビニール袋にうっすら小さい長方形の影を見た。コイン電池を買ってきたのだろう。俺は教室を出て、後ろ手でドアを閉めた。

 今日は特別な日になるんだ。またしても期待と不安が入り混じり出した。

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