34時間前 伊達1
朝はパン食、昼は麺類、夜はご飯物。
俺はそういう食のローテーションを望んでいる。
休日ならそのローテーションもいけるが、平日はどうしても昼の麺類が弁当になってしまう。だからといってカップ麺はなんか違う。俺は妥協案として、焼きそばやら焼うどんやらを持たせてくる母親に感謝しつつ、今日も玄関のドアを開けた。
家から高校までは、駅まで徒歩10分、電車に揺られて10分、駅から学校までまた徒歩で10分歩けば行ける。自転車という交通手段を使って、一気に学校までいくということもできるが、俺は小学校の時に自転車で坂道から転がり落ちてからは怖くて乗っていない。結構不便だ。
駅を出れば商店街が広がっている。昔からある商店街で呉服店や文房具店などが並んでいる。特に呉服店などは、中学の時からいままで一人もお客さんが入っているところを見たことがなく、いつ閉店してもおかしくないと思っていたが、なかなかどうして閉店する気配がない。当時はなにやら裏で悪行を働いているのかと思っていたが、なんでもオンラインショップで生計を立てているらしいということを友人から聞いた。
商店街を過ぎ、少し民家が多くなってくる。だいたいいつもこの辺で・・・
「恭平くん!」
後ろから俺を呼ぶ女子の声、俺はそのまま歩き続ける。
「恭平くん!恭平くん! ネットで調べたらうちの高校にすごい部活見つけたよ。あのねー・・・。ちょっとー聞いてるの?」
うるさいなー。
彼女の名前は、「月岡 一本桜」
初めてこの名前を見た時は、何と読むのか見当がつかなかった。まさかいっぽんざくらなどという名前ではないだろ、と思っていたら、これで「さくら」と読むらしい。当て字もここまでくると何でもありだな。
髪は肩ぐらいの長さでややブラウンがかっている。小柄でスリムな体系でまだまだ少女のような顔立ちだが、制服のおかげでかろうじて高校生ということが認識できる。そのためか、一部の属性の男子には結構人気があるのを知っている。
パソコンを始め、電気で動くものが大好きで、あいつのカバンの中にはタブレットPCやらデジカメやらと、沢山入っているため、いつもカバンは課長クラスにパンパンに膨れ上がっている。そして小学校からの俺の悪友でもある。
俺とは小学校で出会い、中学に上がるといろいろな場面で探偵ごっこをする仲になってしまった。当時は俺も真剣に探偵ごっこに興じていたが、いろいろあって今は普通の男子高校生らしく青春を謳歌したいという気持ちの方が大きい。
ちなみに下の「いっぽんざくら」と呼ぶとものすごく怒るという特異体質を持っている。
誤って読んでしまう人にも容赦なく怒る。そのため、俺は「月岡」と苗字を呼んでいる。月岡の名前を一本桜にしたのは両親か祖父母か、はたまたどこぞのお偉い坊さんに名付けてもらったのか知らないが迷惑な話だ。
俺は歩くスピードをやや落とし、振り向きざまに言った。
「あのさー、前も言ったけど、俺もうそう言うのは中学校とともに卒業したんだよ。」
「うわー。まためんどくさいこと言ってるー。で、その部活っていうのが・・・」
こいつはいつもこうだ。興味を持ったら一直線になってしまう。
「おーい 伊達 おはよー」
俺と同じ中学の高瀬が話しかけてくる。中肉中背どこからどう見ても普通を絵にかいたような男だ。高瀬が俺たちに合流すると、月岡は俺の耳元に顔を近づけ
「高瀬くんにはこの話しちゃだめだよ。」と小声で囁き、足早に行ってしまった。
それを見ていた高瀬が黙っているわけがない。
「お前らって本当に仲良いよな。やっぱり付き合ってんの?」
俺は「ふん」という感じで顔を背けた
「月岡ってお前以外の男と話してることあまり見たことないよなー」
俺は黙って反応しなかった。
「じゃ やっぱりお前がもらってやるしかないよな」
「アホか、勝手なことばかり言うな」俺はちょっとムキになって言った。
「おいおい 怒るなよ 冗談だって。あはははは」
いやー 笑えませんなー。
高校生ともなると、やはりそういう恋愛的な考えが先行するようにできているのだろうか?他の同級生からも、まだ入学1か月というのに何度も関係を聞かれた。
「俺だったら月岡は全然OKだけどなー。顔もいいしよ。でも名前が一本桜って書くところがなー。あはははは。いっぽんいらねーだろって」
「あ、ばか」俺はあわてて高瀬の発言を静止させようとしたが、遅かった。
すでに4、5メートル前方に駆けていった月岡がピタリと止まる。
「え、聞こえるの?」
高瀬が青ざめながらつぶやく。
これが高瀬の最期の言葉になるかもしれない。
月岡はくるりとこちら側を向き、マッハ2.5とも言えるスピードで高瀬めがけて走って来た。
月岡は高瀬に顔を近づけて、まるで諭すようにゆっくりとした口調で話し始める。
「高瀬くん」
「は、はい」
高瀬が半歩下がる。立場上、俺もこの場に居合わせないといけない雰囲気だ。
「わたしの名前は月岡さくら、だよね?」
「も、もちろんです」
「いっぽん、なんてどこにも入ってない、だよね?」
「存じております」
「じゃ、わたしに対していっぽんいらねーだろって、どういう意味なの?いっぽんなんて元々ないじゃない。そうでしょ?」
高瀬は顔を月岡を向けたまま、俺に視線で助けを求めてくる。おまえが余計なことを言うからだ。こうなっては俺も月岡を落ち着かせるのは難しい。
「まあ、落ち着け月岡。これはあれだ、こりゃあ一本取られたなって話をしていただけで」
そこまで言いかけたところで、月岡は、カバンからスタンガンを取り出し、バチバチと電気を発生させながら叫ぶ。
「来世は貝にでもなればいい!!」
「高瀬!逃げろ!」高瀬から逃げながら俺も叫んだ。高瀬から離れなければ俺まで巻き添えを食ってしまう。
「うわ。ここで、俺、死ぬのかな?!」
そう吠えながら高瀬と月岡は、再びマッハ2.5の速さで今来た道をジェット機のごとく戻って行ってしまった。
月岡は自分の下の名前の「いっぽん」を呼ばれると鬼神のように襲いかかってくる。最近では護身用のスタンガンで襲い掛かるので非常に危険だ。
とりあえず高瀬も月岡も今来た道を全速力で戻っていってしまったし、俺は学校に向かうとするか。遅刻しないことを祈ってるぞ。
民家がさらに深まり、あたりから同じ制服を着た生徒たちが同じ方向に歩いている。数人で固まって歩く者、一人で数歩先の地面をみつめながら歩く者。
学校はもうすぐだ 俺の青春の舞台となるはずの場所。
設立してから100年が過ぎいている県立仙北第二高校、最近校舎の半分を改築している。
なんでも老朽化が進んで非常に危険な建造物になっていたそうだ。それはそれで趣があっていいと思うが、安全面で待ったがかかったのだろう。
最近の親御さんはやかましいらしいからな。俺は生徒指導の教師が仁王立ちしている校門をぬけ、校舎の下駄箱に向かった。
校舎の半分はブルーシートで覆われていて、下駄箱がある校舎の前には、昨日まではなかった大量の鉄パイプが運び込まれていた。おそらく校舎の修復をする際に組まれる足場に使われるのだろう。校舎に入りかけた時に、上を見るとブルーシートと校舎の隙間に、わが母校のスローガンが書かれたくたびれた横断幕が見える。
「手には剣 足には重し 背に強さ」
入学時にもらった生徒手帳にも書かれていた文言で、簡単に言えば文武両道で頑張れば体から強さがにじみ出るようになる。という意味らしいが、どう考えても作られた当時はスポ根のスローガンのつもりで作ったとしか思えない。このスローガンも、校舎同様100年前につくられたというのを入学式の校長のあいさつで知った。このスポ根スローガンを作った作者の思惑は見事にはずれ、現在の県立仙北第二高校は、進学校への道を突き進んでしまい、運動部に関してはそのほとんどが1回戦敗退の常連校になっている。そのため、この俳句のようなスローガンは、他校の生徒にもネタとして親しまれているらしい。
校舎同様、スローガンもそろそろ改築したほうがいいようだ。
下駄箱につくと高瀬が息を切らせて歩いてきた。
「早かったな」
俺は下駄箱の前に設置された、すのこの前で靴を脱ぎながら言った。
「危なかった。なんとか巻いてきたぜ。まったくよー。俺の所為か?いや違うだろ、そんな漢字を当てた親とかの所為で」
相当走ったのだろう。少しよろけながらブツブツと声をしぼりだしていた。
「ああ疲れた。それはそうと、中学と高校だとやっぱり雰囲気違うよなー。なんていうか、大人の階段を昇ってます、みたいな」
フラフラの高瀬は自分の下駄場をくまなくのぞきながら言った。ラブレターでも期待しているのだろうか。考えてみればラブレターなどというのは、すでに化石なのかもしれない。今はメールやSNSなどで簡単に意思の疎通ができる。
「そうか?俺はなにも変わらないけどな。仲の良かった南田がココを落ちたもんだから、中学卒業以来気まずくて疎遠になったのが悲しいくらいだ」
高校に入ってから1ヵ月だが、俺の上履きのかかとはすでに踏みつぶされていた。いかんいかんこういうデリカシーのないことも高校デビューを誓うからには気をつけねば。
俺たちは教室に向かう。さすがは築100年ともなれば、廊下、窓、ドアなど、擦り切れた傷や日焼けなどで、骨董品のようになっている。すべての物に様々な記憶が染み込んでいる気がする。
ところで1年生の教室は1階というのは全国共通なのだろうか?小学生の場合は、階段の昇り降りが大変だから1階というものわかるが、高校生になったら、上級生こそ1階にするべきではないのか?
「1年坊主なんかは元気があり余っているのだから、階段で往復させればいいのだ。」と提唱する人がいてもいい気がする。でも上級生は上階がいいのだろうな。権力者と便所虫は上に行きたがるというのはまんざら都市伝説ではないようだ。
1年3組の教室の中に入る。うちのクラスの生徒は42名。世間ではやれ少子化だと騒いでいるが、俺はいままでの人生で同学年の人間が少ないなどと思ったことはない。1年だけでクラスも5クラスある。これも一種の地域格差なのだろうか、とにかく俺の周辺地域は子供の数が多い。
そして、我が1年3組の担任は北川先生という公民の先生だ。年齢は55歳というがもっと老けて見える。老眼がひどいらしく、やたらと教科書を離して教鞭をふるっている。北川先生は朝と帰宅前のHRと公民の授業以外に会うことはない。シワ一つない背広、曇りのない老眼鏡、やや薄いが整った髪型、ネクタイも一切曲がっていないところを見るとなかなか几帳面な先生の印象を受けてた。そして物腰も柔らかい。また、これは自分で言っていたのだがテレビの録画予約もできないくらい機械音痴で、最近電子マネーを使えるようになったと嬉しそうに言っていた。なんとも憎めない先生だ。
席にカバンを置いて上着を脱いでいると、前の席である高瀬が振り向きざまに
「伊達 そういえば部活どうするんだ? 中学同様帰宅部か?」と思い出したように言った。
こいつも同じ中学出身、俺の性格やらなにやら いろいろ知っているやつでもある。俺は脱いだ上着を椅子の背もたれに掛けた。
「俺は高校で青春を・・・」
「はいはい 青春を謳歌するんだったよなー ってことは運動部か? 超運動オンチの伊達がなー」
ニタニタしながらこちらを見るな そして話を遮るな。
俺はカバンの中から入部届けを出した。入部希望の欄にはボールペンで「演劇部」と記入されている。その入部届けをみて高瀬の笑い声が教室の視線を一気に集めた。
「ええ、演劇部とかって ぷっ!いやマジかよ お前が演劇部って。全然キャラじゃないだろ」
俺はいま教室中から注目を集めている。あーあ、恥ずかしい。
「別に役者になるわけじゃない。俺はあくまで演出家だ」
椅子に座りカバンの中に入部届けを押し込んだ。
「なんかなー もったいないよなー」
高瀬はズボンのポケットからスマホを取り出しながらいった。
「何がだよ?」
「見てみろよ 難事件 探偵 中学生 って検索するとお前と月岡が出てくるんだぜ?」
俺にスマホの画面を見せながら高瀬は続けた。検索一覧には「推理小説さながらの難事件を解決したお手柄中学生」という見出しが一瞬見えた。
「それがどうだよ。高校生になって演劇部入って、演出をやりたいって?まったく、がっかりだな」
「じゃ、どうしろってんだよ? 探偵部でも立ち上げろってのか?」
やたらと絡んでくる高瀬が実に忌々しい 気がつけば先ほまで俺に注がれていた視線はすでに無くなり 窓際の一番奥からの熱い視線のみとなっていた。熱い視線の発信元は・・・月岡だ。っていうか、いつの間に戻ってきてたんだ。早すぎるだろ。
俺と高瀬の話をジッと見ながら聞いている ちょっと不気味だ。高瀬は俺を指差し。
「探偵部いいなそれ、また一気に有名人になれるぞ!」
その話を聞いてか、窓際の月岡が力づよく頷いている。
やめてくれ、絶対そんな部活いらないだろ。