0時間前
「ただいま」
「おかえり恭平。あら?どうしたの?」
リビングの方から母親が尋ねる。
まだ玄関に入ったばかりで顔も見せていないのに、母親というものは息子の「ただいま」だけで現在の健康状態や、ご機嫌のパラメーターがわかるようだ。
しかし、それは俺にも言えること、母親のその声を聞いて対して心配はしていないという気持ちが探れる。そんな静かな心理戦を交えながら、俺はかかとが踏み潰されたスニーカーを脱ぎ捨てて、リビングに立ち入った。
リビングでは母親が4人掛けのソファーに横になりながらテレビを観ていた。俺がリビングに入ると同時に体をむくっと起こし、こちらを見る。
俺が返答の保留をしたものだから、少々深刻にとらえたような表情を浮かべていた。
「学校でなにかあった?少しぼーっとしてるみたいだし」
「別に、ちょっと月岡にからかわれた気がするだけ。ぼーっとしてるのは、さっき少しだけ寝てたから」
テレビでは昨日発生した道路の陥没事故のニュースが流れていた。不眠不休で復旧作業を行っているという作業員の人たちの映像が流れている。
「あーあ。すっかりさくらちゃんに尻にひかれてるねー」
俺の返答を聞いて、母親は結局たいして心配していないモードに逆戻りしてしまった。
さくらちゃんか。そういう言い方は俺にはできないが、後学のために覚えておこう。
台所の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、自分の部屋がある2階へ階段を上がっていく。部屋の中には、まるで生活感を感じさせないほどキレイな勉強机と、漫画本がぎっしり敷き詰められた本棚とパイプベットがあるだけだ。俺は机の上にカバンを置き、ペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み干し、ベットに横になった。
小学生の頃は怖いと思っていた、天井の木目のシミを睨みつけながら数時間前の事、昨日からの事を思い返す。
「月岡め、どうせ今頃、俺のことをめんどくさい奴とか言って笑ってるんだろうな。クソ」
俺は何とも言えない恥ずかしさを感じ、布団を頭からかぶった。