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学校のくまさん。

作者: 柚月 明莉

こんにちは!

短編第2弾を投稿します。

ギャグテイストではありますが、「莫迦」などの言葉が出てきます。ご気分を害されそうな方は、申し訳ありませんがそっと閉じてくださいませ。

誤字、脱字がありましたら、ご指摘宜しくお願いします。





♪ある日 学校で

くまさんに 出会った

周りの 目が 痛い~

今すぐ 逃げたいよ~





「……………………──何あれ」


たっぷり数分は固まってから、少女──神埼かんざき 静流しずるがぽつりと呟いた。

彼女と同じように『それ』に目を奪われていた他の生徒達の心境は、多種多様であった。


「だよね! そう思うよね!」

「よくぞ代弁してくれた!」


という拍手喝采のものから、


「……うわぁ……其処までやるんだ……」

「……いやいや……痛ましい努力じゃないか……」

「……其処まで本気なんだな……」

「……もう絆されてやれよ……」


という、同情的なものまで。

少女の周囲を様々な言葉が飛び交っていた。

だが大半の者の心を占めている感情は、動揺だ。

それもその筈。

校門の所で立っているのは──。




くまさんだったのである。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




そもそもの切っ掛けが何だったのか、静流は思い出せなかった。

どうして彼をそうさせたのか。

何が発端だったのか。

さっぱり思い当たらない。


今現在、彼女は絶賛口説かれ中であった。


自分の何が気に入ったのだろうかと首を傾げながら、静流は毎日攻防に勤しんでいる。

相手の名は、海野うみの そら

海なのか空なのか、はっきりして欲しいところである。


「…………私、何かしたっけ……?」


毎日毎日、校門で待ち構えられ、教室まで同行され(よりにもよって同じクラスで隣の席だ)、「授業中は話し掛けるな」と言ったら言ったで時間中ひたすらガン見され、その授業が終われば休憩時間ですら話し掛けられ(というかナンパ染みた口説きを聞かされ)、昼休みには勝手に机をくっ付けてお弁当を同伴され(時にはおかずを取られる)、放課後には一緒に帰ろうと誘われる。


正直に言おう。

鬱陶しい。


これが悪意からの行動であれば、対処の仕様もあろう。

だが、違うのだ。

驚くべきことに、好意からのことなのだ。


あんたに惚れた。好きだ。付き合ってくれ。俺と一緒に居てくれ。デートしよう。結婚してくれ。


…………最後のは、少しおかしかったが。

多種多様な口説き文句を並べ立て、何とか静流の気を引こうと躍起になっている。

これでは無下には出来ない。

憎むべし悪意、ウェルカム好意。


…………だが、何故自分が?


全く接点など無かった筈なのに、何故?

うーん、うーん、と頭を抱えるが、見当もつかない。

今日も今日とて登校日。

鬱陶しいのは本人のみならず、周囲の目もである。

早いとこ何とかせねばと思いつつ、静流は登校中の歩みを早めた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




彼女はすっかり忘れているが、実は空との接点はかつてあった。

つい1週間前に。

つまり、静流が口説かれ始めた頃に。


それは、ある授業中のことであった。

とは言え教師が急きょ不在となり、授業自体は自習時間となっていたが。

まだ高校1年生とあって、教室はやや賑わっている。受験生程の危機感は無いからだ。

ひそひそ話に興じる者、スマホを弄る者、持参の文庫本を読む者……皆が皆、様々だった。

そんな中、一際騒がしかったのが、海野氏である。


イヤホンからがんがん音漏れさせ、音を立てながらガムを噛み、椅子をぎしぎし言わせながら揺らし、学業と全く関係の無い雑誌を読んでいる。


とても煩い。

耳障りである。

彼の席の周りは、皆顔をしかめていた。

けれども、誰もそれを咎めようとはしない。

明らかに迷惑行為であるのに、だ。

それは何故か。

理由は簡単、彼が『不良』だからである。


海野 空と言えば、その地元では有名であった。

中学生の頃から素行が悪く、喧嘩は日常茶飯事。流血沙汰で何度も警察のお世話になっている。

更に、見た目も大いに周囲を萎縮させた。

生来のものとは思えぬ真っ赤な髪は、当然染められたもので。

それをワックスでツンツンヘアにしている。

制服は当たり前の様に着崩され、耳元には大量のピアス。

胸元からも、チェーンのネックレスが覗き。

整った顔立ちをしているのにも関わらず、生傷が絶えないせいで、強面になっている。

常に不機嫌そうな表情の彼に、「ちょっと静かに」と注意できる猛者は、居な──。


「はい失礼」


いや、居た。

声を掛けるや否や、少女の白い手が伸びた。

そのままイヤホンのコードを掴み、ピアスだらけの耳から一気に引き抜く。ほっそりしているのに、力強い動きだ。

いきなり強引にイヤホンを奪われ、空は目を白黒させた。突然すぎて、状況を理解するのに数秒かかった。


「さっきから煩くて、勉強の邪魔なの。オフにさせて貰うわね」


イヤホンを引っ張り、芋蔓式にポケットから転がり出てきたプレーヤー本体を操作し、あっという間に電源を落とす。

只のプラスチックと金属の塊になったそれを、ことりと机に置いた。


「…………ッ、何しやがる、てめぇ!!」


やっと状況が飲み込めた空が、烈火の如く吠える。

周囲のみならず、クラス中の生徒が驚き、時間を止めた。教室に、緊張が走る。

だが対する少女は涼しい顔だ。「何か?」とでも言いたげに、立ったまま赤髪の少年を見下ろした。


「何って? どっちかって言うと、それは私が言いたいことね」


「あァ!?」


「ちょ……いちいち怒鳴らないでくれる? 煩い。この距離なんだから、聞こえてるわ」


「ンだと、てめぇ……ッ!」


表情1つ変えない様子に、空は苛々する。

彼女のことは、何となく知っていた。隣の席に座る、地味女だと思っていた。

髪は艶やかな黒。まるで烏の濡れ羽色だ。

肌は透き通るように白く、化粧など施していないにも関わらず、何処か相手を惹き付ける顔立ち。

制服もきちんと規定通りに着用し、スカートの長さも膝が見えるか見えないか、という所。

学級委員でもない彼女が、こんなに強気な行動を取るとは予想だにしていなかった。


尚も噛み付こうとする彼を、呆れたような冷たい眼差しで見下ろしながら、少女──静流が言葉を吐き捨てた。


「今が自習時間だって分かってる筈よね? 幾ら教員が誰も居ないからって、勝手をし過ぎよ。それとも、そんなことも分からないの?」


「お前に関係無ぇだろうが!」


「煩いって言ってるでしょ。もう何回目? 耳じゃなくて頭が悪いの?」


「なッ……!」


流石に、クラスの皆が息を呑む。

針を落とした音も聞こえる程、しんと教室が静まり返った。

凍りそうな心臓を抱えたまま、誰もが恐怖していた。

そんな中。


「……──高校生にもなって、だっさいわね」


爆弾を落とした神埼氏であった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




その日からである。

静流が空に口説かれるようになったのは。


公衆の面前であるにも関わらず、勝手に人の手を握り締め、彼女の気を引こうと言葉を並べ立てる。


(………………)


不良少年とは言え、端正な面立ちの空である。女性の身であるならば、彼に迫られても悪い気はしない。

けれど──静流本人にとっては、煩わしいことこの上無かった。

基本的に1人で居ることが多い彼女にとって、べったべったべったべったしてくる空は、非常~に鬱陶しいものであった。

教室でも廊下でも、お構いなしに付いてくる。

帰り道でも途中で撒いているが、その内自宅の住所と電話番号を突き止められそうで怖い。


(…………──どうしたもんかなぁ…………)


恐らく彼にとって、1週間前のあれは、余程衝撃的な出来事だったのだろう。

その威圧的な外観や評判の為に、これまで彼に意見する者など居なかったに違いない。家族や友達などのちかしい者であれば別だが、クラスメートとは言え、初対面に近い者にとって、話し掛けることすら恐怖であろう。

それが、静流からのあの言葉である。

てっきり火に油を注いだかと思いきや、まさかの「惚れた」発言。

あの授業の後、他のクラスメート達に畏敬の目で言われたものだ。


「神埼さん、凄かったね」

「あの海野くんに、あそこまで言えるなんて……」

「怖くなかったの?」


言われて静流ははたと思い至る。

あぁ……海野くんって、『怖い』部類の人間に思われてるんだ……。

──と。

実のところ彼女にとって、空は全っ然怖くなかった。

言われて初めて、そういうカテゴリーの人間なのかと知らされたぐらいである。


(…………ま、もっと強烈な人、知ってるからね…………)


その人物を思い浮かべ、はあぁあ~……と吐かれる深い溜め息。何だか重たい……。

そしてその彼女に、正面から言葉が向けられた。


「──何、静流。すっげぇ溜め息。悩みでもあんの?」


………………件の海野氏であった。

静流の前の席──此処は他のクラスメートの場所だが、きっと当分戻って来ないものと思われる──に堂々と鎮座し、気遣うように問い掛けている。

モデルを思わせる長身に見合った長い足を組み、頬杖を突く彼に、クラスの女生徒達は頬を赤らめてひそひそ話す。遠目で見ている分には格好良いのだ。

だが静流のリアクションは全く違う。胡乱げに空を見遣り、鬱陶しいと言わんばかりである。


「…………貴方がそれを訊くの……?」


「えッ、俺!? 俺が悩み!?」


「………………」


此奴の頭の中は、お花畑なのか?

言葉汚くも、そう思った静流。

臆面にも出ていないが、うざいなーという感想を抱いている。


(…………このままじゃ、駄目ね…………)


このままでは、いけない。彼にはきっと、それとなく、なんて形では伝わらないだろう。


(…………もうこの際、はっきり言おう……)


このままずるずる引っ張るのは、お互いに良くない。

意を決して、相手を見据える。


「…………──あのね、前から言いたかったんだけど」


「えッ何?」


嬉しそうだなー。

ぱぁっと顔を輝かせる彼に、思わず目を細めた。眩しい。


「…………もう、私に構わないでくれない?」


言った。

はっきりきっぱり、言ってやった。


さあどう出るかと身構えたが、対する空はぽかんとしているだけだった。頭の上には「?」が踊っている。

……意味が分からなかったのだろうか?

ならばと静流は意気込んで、更に畳み掛ける。


「……この際だからはっきり言うけど、貴方が私の近くに居ると、私の自由が無くなるの。貴方ずっと私に付きまとってくるでしょ? これじゃあ他の友達と喋ったり、読書したり出来ないの。あと勿論、勉強も出来なくて迷惑してるわ。何より貴方の姿が威圧的で、周りの空気を悪くしているのが嫌ね」


つらつらつら。

余程鬱憤が溜まっていたらしい、言葉がするすると生み出されてゆく。まるで、水が高所から低所へと流れて行くようだ。

此処まで言われたら、いくら静流に惚れたと豪語する彼であっても、流石にむっとするのではないだろうか。

クラス中の皆が、戦々恐々としつつも、耳ダンボで伺っている。素晴らしい野次馬根性だ。


そして。

一方の、肝心の空の反応は、と言うと。


──今にも泣き出しそうだった。


肩はぷるぷると小さく震え。

形の良い眉は、綺麗に8の字を呈し。

その上驚くべきことに、目にはうっすら涙さえ浮かんでいた。


(えぇぇえええぇぇぇ)


静流は内心で絶叫する。メンタル弱すぎないか?

付きまとい行為を止めて欲しいと、あくまで被害者として言ったつもりが、気分は加害者……寧ろ、苛めっ子である。


(どうしろってのよ!!)


顔にはおくびにも出さず、あくまで胸中で荒々しく叫んでいたら、空がぽつりと言葉を零した。




「…………──静流は……俺が怖い、のか……?」




──来た。

恐らくこれは、彼の最後の砦となる質問だ。

此処で肯定すれば、静流も『自分を怖がるその他大勢の1人』として認識されるだろう。

本心を言えば答えは「いや別に」だが、そう言ったが最後、元に戻る気がする。「じゃあいいじゃん♪」と軽く宣いそうな気がする。


(……多分、それは間違ってない)


せっかく意気込んで、思い切って吐露したと言うのに、それが水泡に帰すのは流石に嫌だ。

彼を自分から離す為にも、必要な嘘である。

其処まで思い連ねて、静流はにっこり微笑んで見せた。言葉を紡ぐ為に、唇を開く。


「……そうね。貴方の外観は、威圧的で怖いわね」




「──だからもう、私に近付かないでくれる?」







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




そして翌日、話は冒頭に戻る。




「……………………──何あれ」


たっぷり数分は固まってから、少女──静流がぽつりと呟いた。

彼女と同じように『それ』に目を奪われていた他の生徒達の心境は、多種多様であった。


「だよね! そう思うよね!」

「よくぞ代弁してくれた!」


という拍手喝采のものから、


「……うわぁ……其処までやるんだ……」

「……いやいや……痛ましい努力じゃないか……」

「……其処まで本気なんだな……」

「……もう絆されてやれよ……」


という、同情的なものまで。

少女の周囲を様々な言葉が飛び交っていた。

だが大半の者の心を占めている感情は、動揺だ。

それもその筈。

校門の所で立っているのは──。




くまさんだったのである。




静流の姿を認めると、くまさんがとことこ歩いてきた。

それを全く感情の籠らない目で見上げる神埼さん。ちょっと怖い。

いつもの校門前が、急にファンタジー色に溢れた。いつもの見慣れた学校である筈なのに、其処だけ妙に童話チックだ。

皆からの痛いぐらいの視線を浴びながら、けれど本人は全く意に介さずに、とことこやって来る。そして静流の3歩前で立ち止まると、すっと何かを取り出した。


………………スケッチブックだ。


「……………………」


その真っ白な紙面には、何やら文字が踊っていた。

人間ってこんなに無表情になれるんだね。そんな面持ちで、静流がそれに目を落とす。


『怖くないよ♡』


「……………………」


相変わらずの無表情である。

眉1つ動かさない彼女に気が付いて、くまさんが再びスケッチブックに何かを書き込んだ。

周囲が固唾を飲んで見守る中、もう1度少女に見せる。


『私は海野 空です。』


「分かってるわ!!!」


莫迦にしてるのか!!と言わんばかりに、スクールバッグを投げ付ける静流。

それをべしん!と腹部で受け止めながら、くまさん──もとい海野氏は「えッそうなの!?」と驚いた様子だ。

周囲の生徒は揃ってずっこけている。


「何やってんのよ! 昨日私がああ言ったからって、着ぐるみは無いでしょう、着ぐるみは! 第一何処で調達してきたのよ!? この学校のゆるキャラにでもなりたいのか! あと全然可愛くないわ!!」


「え、でも俺のこと怖いって……」


「んなわけあるか!!」


大丈夫。

最早海野氏の『この人怖い人です』空気は霧散している。

今や皆が恐れているのは、普段は大人しいのに怒ると怖い、神埼氏である。


大きく肩で息をしつつ、少女が緩く首を振った。違う、言いたいのはそんなことじゃない。思わず突っ込んでしまったけれど。

額に手を当てながら、「そうじゃなくて……」と前置きした。おかしい、普通に登校しただけの筈が、何故こんなに疲れているのか?


「──あのね。あんたの外見はね、私は怖くないわ。でもそれはね、『私は』なのよ」


「え……」


其処まで言って、ふぅと一息吐いた。

一体どう言えば、上手く伝わるのだろう…………。

頭の中で言葉を探し、分かりやすい形に組み立てる。そしてそれらを具現化すべく、ゆっくりと舌に乗せた。

どうか、彼に届きますように──。


「…………あのね。貴方の外見も雰囲気も、どれだけ周囲に影響を与えているのか、知ってる?」


「え……?」


「少なくとも、私の学校生活は乱されたわ。ご存知の通りね。…………分かる? 貴方の持ってる影響力は、人1倍あるのよ?」




「……──どうしてそれを、生かそうとしないの?」




「………………──」


静かに問い掛ける少女に、空は沈黙した。

着ぐるみに開けられた小さな除き穴からでも、その真摯な眼差しがよく見える。

ただ真っ直ぐに、こちらを射抜いていた。


「……………………」

「……………………」


しんと、静寂が辺りを包む。

先程までの喧騒が、まるで嘘のようだ。

静流は1度たりとも目を反らすこと無く、着ぐるみの少年を見据えていた。

その彼女から目を離すことが出来ないまま、空がゆるゆると唇を開く。


「…………──初めて、言われた……」


普段の彼らしくない、か細い声だった。

けれど、この声がこれから語る内容が、きっと彼の本心なのだろう。

周囲の人の流れが止まり、水を打ったような静けさに支配されている。

静流も動きを見せないまま、続きを待った。決して急かさず、彼自身が語るのを促す。


「…………俺……莫迦だから」


知ってる。

全員が思ったことだったが、賢明にも誰も言葉にしなかった。


「…………だから……そんなふうに、考えたこと、無かった……」


静かな静かな、さざ波1つ無い水面。

今其処に、確実に波紋が生まれつつあった。

これまで自分という人間を決め付けてきた、外見。

染髪したり、ピアスをじゃらじゃら付けたり、制服をだらしなく着崩したり。

彼本人にも、決め付けられても仕方が無い理由があったが、不本意のまま振り回されることもあったのではないだろうか?

だから、厭われることはあっても、それを生かせと言われたことは初めてだった。


着ぐるみ越しに、改めて目の前の少女を見る。

空を恐れること無く、ただひたすら真剣に向き合ってくれている。

それが、純粋に嬉しかった。

唇を笑みの形に変えながら、赤の少年が話し掛ける。


「……──そんな考え方もあるんだって、びっくりした。えーと……何だっけ…………『目から涙』?」


「それ普通。『目から鱗』ね」


「あァそう、それそれ」


本当に残念なイケメンである。

静流も含め、周囲の生徒が頭を抱えたくなったのも無理は無い。


「…………本当、そんな考え方があるなんて、思いもしなかったなァ…………」


「……──じゃあ、これから考えてみたら良いんじゃない?」


「ん。そうする。…………あのさ、俺……頑張って考えるから。……──だから、さ」


「……?」


「……──俺との付き合い、静流もちょっと、考えてみてくんねぇ?」


「……………………」


…………そう来たか……。

1本取られたなぁと、静流は小さく笑った。この状況下では、非常に断りにくい。


「……そうね……。善処、するわ……」


「マジで!?」


途端に嬉しそうに叫ぶ彼。

まるで子どもみたいだと、静流は苦笑した。

くすくす笑う彼女に、空もえへへと破顔する。2人の周りがほんわかした。その彼らを見守る生徒達も、温い目で見ている。

そんなことにはやはり全く気付かぬまま、少年が「そう言えば」と、ふと思い付いたように、言葉を続けた。


「…………それにしても、静流って本当に、俺のこと怖がらねぇよな……。隣の席になった時も、全然顔色変わってなかったし」


くまさんのまま、不思議そうに首を傾げる。重たくないのだろうか? いい加減、脱げば良いのに。

それには敢えて突っ込まず、少女が「……あぁ、そうね……」と呟いた。


──のと、同時に。


「──お嬢」


「「…………ッッ!!」」


唐突に、声を掛けられた。

2人は驚きの余り、文字通り飛び上がりそうになる。

びっくり顔のまま、声のした方に慌てて振り返ると、果たして其処には1人の男性が立っていた。いつの間に……。

気配を消していたのか、喧嘩慣れしている空ですら、いつ彼がすぐ傍まで来たのか、全く察知出来なかった。


そして当の彼は、と言うと。

真っ黒なスーツで身を固めて、髪をオールバックにし、サングラスを掛けている。

更に頬には大きな十字傷があり、その為か、まとう空気は冷え冷えとしていた。


………………どう見ても、堅気の人間とは思えない風貌だった。


そのまま固まってしまったくまさんの隣で、彼を目にした途端、すぐさま反応を示したのは静流であった。


「……ちょ、何やってんの虎鉄こてつ!? 学校には来ないでって言ってたでしょ……!?」


静まり返った場に、少女の声がとても綺麗に響いた。朝の澄んだ空気の中で、それは皆に新しい認識をもたらす。


あ、関係者なんだ……。


それを聞いて皆は瞬時に正しく理解し、幾人かは通報する手を止めた。

そしてそれを視界の端で捉え、静流は自分が地雷を思いっ切り踏んでしまったことを察した。見事な自爆行為である。穴があったら入りたい。今すぐに。


力一杯叫んだかと思ったら、今度は死んだ魚のような目になった彼女。その様子に怯えつつも、黒服の男がおずおずと話し掛ける。


「…………えぇと……申し訳ございません、お嬢。坊っちゃんから忘れ物を届けるよう、言いつかりまして」


そう言って男が差し出したのは、花柄模様の巾着袋で包まれたお弁当。

…………言うまでもないが、とても似合わない。


「…………あぁ、そう…………」


力無くそれを受け取り、礼を言う。確かに忘れた己の失態だ。今朝の自分を猛烈にビンタしたい。

静流に確かに渡したことを見届けてから、虎鉄は「それでは」と颯爽と去っていった。登場時と同じように、気配を微塵も感じさせぬ挙動だ。


一方、残された彼らは、と言えば。

未だ誰1人、口を開こうとはしない。

あっという間の出来事だったが、残されたインパクトが半端無かった。


「……………………」

「……………………」


沈黙が、痛い。

嗚呼…………平和な学校生活よ、さようなら。

渡された形で弁当箱を持ったまま、静流は遠い目をしていた。

やがて他の生徒達に、時間が戻っていった。徐々に、ひそひそと話し声が起きる。


「……──なぁ、さっきの人って……」

「……悪いけど……その辺歩いてるお兄さんには、ちょっと……」

「……うん……見えなかったね……」

「……やっぱ、あれなの……?」

「……『ヤ』の付く人……?」

「……そういや確か、『神埼組』って、あった……よう、な……」


ざわざわ広がって行く、喧騒。

密やかに話しているようだが、本人に丸聞こえである。

嗚呼…………普通の生活よ、どうかカムバック……!




燃え尽きたように真っ白になっている少女の隣で、くまさんが頭を脱いだ。

いや、着ぐるみの頭部を外していた。

やはり中は暑かったのか、うっすら汗を掻いている。

それから静流を見つめ、どう声を掛けたものかと言葉を探した。


「…………えぇーと……まァそりゃ、俺なんて、怖くねぇわな」


何せ、『その道』に身を置いているのだから。

そりゃあ不良少年ぐらい、怖くも何ともあるまい。

しかしそれにしても、直球すぎてフォローになっていない。

よく通る声で宣った彼に、静流は心の底から絶叫した。




「私の平和な生活を返してえぇえぇぇえ!!!」







ラブコメを目指したつもりなのですが……如何でしたでしょうか?

最初は静流の兄(組長)も登場させたのですが、どうにもキャラが濃すぎて……(^-^;

空の存在が完全に消えてしまったので、やめました(笑)

皆様に少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。

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