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第九十六話 AV見過ぎると豊胸かどうか一発でわかるようになりますよね

「ええっ、ど、どどどどういうことですか!?」


「どうどう、静まれ」


 動揺し、思わずピンクのショールを額に巻いてしまった俺を制するように、女医は右手を突き出し俺の頭部を鷲掴みにした。


「私は今日の午前中、わざわざ有給をとって奥村伸一の葬儀に参列した。彼は外来に初めて来たときから私が受け持っていたので、付き合いは非常に長い。


 もっともあの頃は自分もか弱い新米のペーペー女医で、患者たちのセクハラ攻撃に耐えつつ枕を濡らす日々だったがな。


 まったく、医者と坊主は年寄りの方がいいとはよく言ったものだ」


「ぐあああああああ!」


 とてもか弱いとは思えない女傑は、俺の頭蓋をギリギリ締め付ける。


「おっと強すぎたかな? すまんすまん。で、弟の健二殺しで伸一が入院になった後も、腐れ縁でずっと主治医を受け持っていた。


 だから当然の如く弔いに顔を出したんだが、通夜すら省略し、両親と祖母しか来ていない寂しいもんだったよ。


 祭壇なんてあるかなきかで、棺桶も二万円ぐらいの一番安いやつだった。まぁ、殺人鬼の葬式なんて大抵そんなもんだがな」


「俺も一瞬三途の川が見えましたよ……」


「む、大丈夫か? で、挨拶した時、彼の祖母が、『そういえばあの病棟に、以前健二のお付き合いしていた方が入院していましたね。この前偶然お会いしてびっくりしました』と言うので、私の方が仰天してしまったんだよ」


「そ、それって……」


「とりあえず聞け。なんでも伸一の弟、奥村健二は中学二年の頃、同級生の海野思羽香と付き合いだしたんだが、中学三年の時に別れてしまったらしい。


 ちなみに彼は高校卒業後、地元の国立大学の医学部に入ったそうだが、まあそれはいい」


「つまり、師匠……いえ、海野思羽香には、奥村伸一を殺す動機があるってことですか?」


 ようやく質問できた俺に対し、女医は難しい顔つきで頷いた。


「うむ、初恋は意外と根深いものだし、たかが中学時代の恋愛と侮ってはならないと私は思う。


 だが、それじゃあどうやって手を下したのかというと、恥ずかしい話だが皆目見当がつかない。


 当の海野は先程も話に出た通り、終始鍵のかかった部屋の中だし、たとえ彼女の手下たちが何かやらかしたにしても、お前さんも現場にいたからわかると思うが、誰ひとり奥村に接触した気配がなく、彼が自ら便器に首を突っ込んだとしか思えない。このざまだよ」


 高峰先生は両手を上げるパフォーマンスをしながら、自嘲的に呟いた。


 だが、そんなおどけた彼女の姿とは裏腹に、先程物理的に刺激を受けた俺の頭脳の底では、ある考えが、暗黒の深海に存在する熱水噴出孔からどくどくと湧き出る重金属の如く、形を成していた。内なる衝動を抑えきれずに、俺は思わず口を切っていた。


「先生、実は死体発見時は動揺して言い忘れていましたが、奥村伸一は、昨日海野思羽香に、何かを占ってほしいと頼んでいたんですよ。


 それがどんなことかは教えてくれませんでしたが」


「何っ!?」


 突如光を失くしかけていた女医の眼に力が宿り、爆発寸前の溶鉱炉のようにぎらぎらと煌めき出した。


「やるじゃないか、砂浜太郎君。さすが私が見込んだ男だ。個人情報を無視していろいろぶっちゃけた甲斐があったよ」


「でも、どうして先生は俺のことを信用しているんですか? 俺だって師匠の手下みたいなものなのに」


「なあに、手下と言ってもお前さんはまだ彼女と知り合ってたった二週間だし、そこまで精神支配されていないだろうと踏んでいたのさ。それにとても殺人に加担するような男には思えないしな。


 精神保健指定医の私が言うんだから間違いはないぞ。頼む、是非とも事件解決に力を貸してくれ。噂じゃ爺の仏像紛失の謎を見事に解き明かしたんだろう?」


「はぁ……いいですけど」


 過分の褒め言葉を美人女医より頂戴して、俺はいささか面映ゆかった。


 ひょっとしたら師匠に不利益となる話をしているんじゃなかろうかという後ろめたい気持ちは少なからずあったが、わずか数日の付き合いでも、奥村伸一への悼みの思いが存在するのも確かだったし、何よりこの奇妙な出来事に対する強烈な好奇心が胸中に芽生えたため、高峰医師に協力しようとする心持に傾いていた。


 決して美貌と巨乳に誘惑されたためではない、と思うが……。


「無事真相が判明したら、ちょっとぐらいポンパドゥール方式してやってもいいぞ」


「それっていわゆるフレンチファックとか紅葉合わせとかパイズリとか言われるやつですよね!?」


 同室者の豊富なエロ語彙のおかげで、俺の性単語知識は短期間に飛躍的な向上を遂げていた。


「なんだ、知っていたのか。じゃあ冗談だ」


「どういう意味ですか!? ……いえ、別に残念なわけではないですけど」


「断っておくが、この乳は偽物だぞ。以前豊胸手術を受けたんだ」


「なんでそんな残念極まる発言を!?」


「昔初めて付き合った男が実は大馬鹿野郎でな、私が貧乳だったためよくネタにされたから、ふざけてル○ン三世の真似をして、『私はふしだらな女で最低のパぺポでケツも硬くっておっぱいもこんなにちっちゃいのよ~』と言ってやったら、奴もオナ○スの真似をして、『手術すればいーよ!』って返しやがったので、つい乗ってやって美容外科でしてもらったら、『なんか不自然だ』って言われて振られたんだよ! 糞! 死ね!」


「……」


 俺は燕のヒナみたいに口をあんぐり開けながら、先程彼女がのたまった、『初恋は意外と根深いものだ』というお言葉を反芻した。さもあらん。

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