表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/190

第九十三話 殺人鬼の自殺法

「先程ハードディスクに残された監視カメラの録画映像の確認作業を終えました。


 この病棟には廊下に計四つのカメラが仕掛けられていますが、現場の男性トイレがちょうど廊下の突き当たりにあり、更にカメラがトイレのすぐ手前に設置されていたおかげで、随分助かりましたよ。


 そこの一本道を、昨日午後十一時から本日午前一時までの間に歩いていた人間は、午前零時五十五分にカメラに映っていた第一発見者の砂浜さんと、その直後の山田看護師の他は、亡くなった奥村さんただ一人でした。


 正確に言いますと、昨日午後十一時四十五分の時点で、彼が廊下を病室方向からトイレに向かう姿がはっきりと映っていました」


「では、殺人の可能性はないということか?」


 奥村の両親の存在も忘れ、高峰医師は小瀬に詰め寄っているようだ。


「おそらく。トイレの窓は鉄柵がはまっていますし、最近開けた痕跡もなさそうでした。


 男性トイレの個室は一つしかなく、他に人が隠れられる場所もなさそうでしたし、誰かがトイレ内に潜んで奥村さんを襲った可能性はゼロだと推測されます。


 午後十一時の回診では患者さんは全員自室にいたということですし、トイレ内にも誰もおらず、遺体発見直後に山田看護師が病棟を急いで回った時も同様だったと伺っております。


 病棟の外部に繋がるドアの開閉はナースセンターのパネルで確認できますし、昨日午後八時から本日午前一時までの間に病棟を出入りしたのは高峰先生ただお一人とのことでした。


 以上より、内部の者も外部の者も、死亡推定時刻の間に殺人を犯すのは不可能だったということになります」


 小瀬は生徒に諭す教師の様に、理路整然と推理を語った。とりあえず、第一発見者の俺は殺人の容疑を免れたようなので、少しほっとした。


「そうか……だが、だったら何故、彼は便器の中に顔なんか突っ込んでいたんだ? しかもエロゲーキャラだかなんだかの絵なんかくわえて」


「さあ、そこはまだ分かりませんが、つまるところはやっぱり自殺じゃないんですか? 争った形跡も特にないですし、自分からやったとしか思えません。


 事故でこんな不自然な姿勢になることはほぼありえないでしょうし」


「そうだな、例えトイレに何か物を落としたので拾おうとしたとしても、顔まで入れる必要はないわな。たとえ絵を落としたとしても、ふつうは手で拾うだろうし」


「ですから警察としては、自殺として結論付けようと考えております。採血結果はまだ出ませんが、ほぼ間違いないでしょうし、ご両親がそれで納得されるんであれば、荼毘に付されてもかまいませんよ」


 感情をまじえずに淡々と語る小瀬検視官の声音には日々の疲れと眠気が滲み出ており、「よくもこんなくだらん用事で夜中に呼び出しやがったな」という文句が雄弁に刻まれていた。


 とっとと仕事を終えて、明日に備えて寝直したいという切実な思いは、俺もよく理解できた。


 見たところ、特に鑑識官が出向いて指紋採取やらなんやらをしている様子は無いし、警察がこの件に本腰を入れていないのは傍目にも丸分かりだったが、仕方がないことかもしれない。


 この手の取るに足らない瑣末な事件に割く無駄な余力なぞ、官権には存在しないのだ。むしろここまでやってくれただけでも恩の字だろう。


 これ以上疑う点が無ければ、自殺で片付けるのが皆にとって一番良いことなのかもしれない。下手に事故死扱いにでもなれば、一番困るのは病院側だろうし。


「是非それでお願い致します」


 奥村夫妻は乾いた声で同意した。


「では、すぐ必要書類をお渡ししますね。葬儀屋の車もよろしければこちらで手配します」


 高峰医師の疲れ切った返事が響いてきた。夜はまだまた明けそうになかった。



 翌日午前十一時過ぎ。


「それは災難でしたね、僕はあの後爆睡してましたんで、全然知りませんでしたが、エネマグラ!」


「おぅ、本当に疲れたよ。おかげで痛くもない腹を探られたしね。しかし、人が一人亡くなったってのに、いつもと変わり映えしないな……」


「しょせんここは病院ですから、患者が死ぬのはよくあることなんですよ。事件性もあまり無さそうであれば、それぐらいのことで、一々構っていられないんでしょうね、電動マッサージ機!」


「家族もむしろ亡くなってホッとしてたみたいだったしね……」


「……ひどい話ですけど、でもそれが現実ってもんなんでしょうね、フラッペンハンド!」


 篠原はやや寂しげな表情をしながら、ポケットからハンカチを取り出すと額の汗をぬぐった。俺もスコップを持った手を止め、一息入れる。


 正午近くの強い日差しが患者たちの上に容赦なく照りつけ、体内の水分を遠慮なく奪っていく。


 現在俺たちがいるのは南1病棟の周囲に広がる畑で、トマトやキュウリ、金時草などの青々とした葉が、海からの風に煽られている。


 畑と砂丘の境界は、申し訳程度の竹でできた柵で仕切られている。本日は患者一同でじゃが芋の苗を植えるため、こうして朝から畑仕事に精を出しているというわけだった。ああ辛い。


「そういえば、アベルとカインの意味がわかりましたよ。聞きたいですか、ゴーグルマン?」


「ああ、是非教えてくれ……ってうわわわわわわっ!」


 と俺たちが、適当に作業をしながら話していた時、一人の男性患者がこちらに向かって突進してきたので、俺は危うく苗ごと踏み潰されそうになり、慌てて避けた。


「脱柵だーっ!」


 誰かの叫び声が青空の下いっぱいに響き渡った。

というわけで、相変わらず誰かが突入してくる引きばかりでワンパターンでアレですが、誠にすいませんが、またもや一週間お休みさせて下さい。

次回は1月14日更新再開予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ