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第八十八話 便便便器

「んで、結局何を占ってもらったんですか?」


 午後六時半、デイルームでの夕食の席上で、俺は隣の伸一に、そっと話しかけた。


 今日のメニューはカレーライスで、香ばしい匂いがホールに充満し、皆、匙をつける前から涎がしたたり落ちそうな勢いだ。


「何、別に大したことじゃねーよ。そんなことより早く喰え。冷めるぞ」


 殺人鬼はそううそぶくと、大ぶりのじゃがいもの欠片を美味しそうに頬張った。


「カレーなんて滅多に出ませんから、よく味わって食べた方がいいですよ、ね、清水さん? ピス!」


「ほうじゃのう……モグモグ」


 俺の対面の篠原が、その隣に座る、自分のナニをよく味わわせていたであろう清水に話しかけると、入れ歯を嵌めた老人は、昨日よりもややはっきりした発語でぼそぼそと応えた。


 あの入れ歯って、う○こ塗れになったのを洗って使っているんだよな……。


 しかもその歯にカレーがべちゃべちゃまとわりついているのを見ると、思い出したくもない夜のトイレ場面がたちどころにフラッシュバックしてきた。


「げぼおおおおおおおおおおお!」


「と、突然どうしたんだ砂浜!? またゲロかよ!」


「ちょっとやめてくださいよ、ガチムチパンツ!」


「諸行無常じゃて……南無南無」


「だ、大丈夫です。ちょっとむせただけでして……」


 慌てて口元を手で押さえ、なんとか嘔吐を押しとどめた俺は、なるべく斜め前を視界に入れないようにし、ひたすら皿にのみ集中するようにした。


 まったく、この面子での食事は危険すぎるわ!


「そういや俺の弟もカレー好きだったなあ……あいつ、彼女との初デートまでカレー屋行ってたっけ……」


「えっ!? 今、なんて言いました?」


 伸一が、まるで独り言のようにそう呟くのを聞き、俺は思わず聞き返してしまった。


「さぁ、なんかカレーの匂い嗅いだら、昔のことを思い出したんだが……あれっ、俺に弟なんていったっけ? 


 ハハハ、記憶違いだわ、気にすんな。忘れてくれや」


 彼は照れくさそうに笑うと、片手を振った。俺は呆気にとられていた。


 匂いが記憶を呼び戻すことがあるとは、俺もどこかで聞き知っていたが(自分のことは全て忘れたが、こういう知識は覚えていたりする)、実際に目にするのは初めてだった。あれってブルースリー効果とかだったっけ?


 妄想世界で暮らす親族殺人鬼も、極まれに、何かの刺激で正常な過去を取り戻す瞬間があるのだろう。


 ただしあくまで一瞬に過ぎず、彼の思考は再び霧に閉ざされていった様子で、スプーンを動かす音だけが隣から響くのみだった。


「あれ、思羽香さん、何してるんだろう? 調子でも悪いのかな? ニプルファック!」


 面前のホモフェラ野郎が遠くの席を指差し、俺にちょっかいを出してくるので、あまり前方を見たくなかった俺も知らぬ顔の半兵衛を決め込むわけにはいかず、彼の指の先をちら見した。


 なんと、女性陣に囲まれ椅子に腰かける思羽香師匠の身体が、ゆらゆらと不規則に揺れ動いており、食事の手は止まり、視線が定まらず、何かをぶつぶつと口走っていた。


 俺は猛烈に悪い予感に襲われた。あんなおかしな彼女の姿は今まで見たことがなかった。


 突然師匠の双眸がカッと見開かれ、すさまじい叫び声を発すると、テーブルに駆け上った。


「ど、どうしたんだい、姉さん! やめとくれ!」


 隣席の茜が慌てて思羽香を引きずり降ろそうとするも、彼女は素早くその手を払い、まるで猿のようにテーブルからテーブルへと飛び移って行く。


 皿が床に落ちた衝撃で砕け、カレーが辺り一面にぶちまけられる。


 お茶の入ったコップが蹴り飛ばされ、飲もうとしていた年配の女性患者が悲鳴を上げた。


 食事介助の若い女性看護師が、突然の事態になすすべもなくおろおろしている。


「新たな神託が降った! かしこみかしこみ申す! アベルを殺した罪深きカインは、地の底で神罰を受けて滅ぶであろう!」


 大音量でそう呼ばわると、後は獣のように吠えながら、彼女は黒いヴェールを放り投げ、服を捲りあげ、半狂乱となって泡を吹きながら踊り狂う。


 その姿は、あたかもギリシャ神話に登場する、シビュラと呼ばれるデルフォイの神託の巫女さながらであった。


「誰か、来てくださいーっ」


 女性看護師の絶叫とともに、ナースステーションから、わらわらと男性看護師軍団が現れた。


 四人がかりで身体を押さえつけられて速やかに肩に筋肉注射された後、思羽香師匠は四肢を一本ずつ看護師に拘束され、意味不明な叫びを発したまま、祭りの御神輿のようにして隔離室に引き立てられていった。


「あ、あれが噂に聞く、天神病院名物・人間神輿……ヤキマンコ!」


 スプーンを床に落としたことにも気づかぬまま、篠原がブルブルと身体を震わせている。


 俺は、見た目はある意味この前の便器以上の惨劇と化したデイルームに立ち尽くし、呆然として彼女を見送ることしか出来なかった。

明けましておめでとうございます!新年早々う○こ話(?)ですいません!今年もよろしくお願いします!

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