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第八話 信楽焼のメス狸は何故見かけないのか

 五月三十日午後七時過ぎ。街は夕闇に包まれつつあった。


 家路につく人々の影法師が長く路上に伸び、その光景を、夕飯をねだりに食堂の裏口に陣取る太ったブチ猫が眺めていた。


 所々に自衛隊のジープや警察車両が見られたが、昼間の戦闘の名残は最早その程度で、街は徐々に普段の姿を取り戻していった。


 俺はハイエースに備え付けてある車内テレビに視線を移したが、もう何回も同じ話を繰り返しているだけで、目新しい情報は無さそうだった。


 どうやら今回は、死人が一名出たらしいが、重症者はいないらしい。


「前回に比べれば少ない被害で済んだようだな」


 先程から俺と一緒に画面を見ていた司令が独り言のようにポツリと話す。


「ええ……」


 俺は、ちょっと複雑な気分で答えた。


 前回の時に俺にこの力があれば……。


「それにしても、今回もあたし達のことにはほとんど触れてないわね~。


 ちょっとひど過ぎない?」


 と羊女が不満げな声で横から口を挟む。


 既に羊マスクは被りなおしており、表情は読めないが。


 確かにニュースでは、「今回も謎の空飛ぶオヤジたちが確認された後、怪物が消滅したという情報が寄せられている」とさらっと言われた程度で、それ以上特に掘り下げられることは無かった。


 ていうか、自衛隊来るの遅すぎる。


 最初からもう、諦めていたのか?


「だからといって、あまり噂になり過ぎても、これからの活動がやりにくくなるだけだしな。


 今はあくまでこの程度でいいだろう」と司令が呟く。


「えーっ、せっかく命を投げ打って正義の味方をしてるっていうのに、こーんな未確認生物みたいな扱いでいいの、司令!?」


 再び羊頭に戻った羊女が文句を垂れる。


 あんた確か舐めプしてなかったか?


「自分達の格好を一回鏡で見てみろ。


 正義の味方どころか世界の敵呼ばわりされても文句はいえんぞ」


「し、司令が初めてまともなことを言っている……」


「うるさい、極一般論を言ったまでだ。


 おそらく警察や軍は、こちらの情報はある程度掴んでいるが、現在は役に立っているし、見て見ぬ振りをしているだけだろう。


 あえてメディアで有名になる必要もなかろう。細々とやっていけばよい」


「でも、もうちょっと知名度を上げったって良いんじゃないのー?」


「分からん奴だな!」


 二人の喧嘩は延々と続いている。


 飽きて来た俺は、隣の座席ですやすやお昼寝をしている花音と、ついでに一緒にぐうぐういびきをかいている、謎の生物・チクチンをぼんやり眺めやった。


 この二人は少し仲が良くなってきた様子で、花音がチクチンの背中に馬乗りになって遊んでいたが、そのうち疲れて眠ってしまったようだ。


 無理もない、あの恐怖のドッグファイトからまだ二時間半程しか経っていない。


 あの後俺達はなんとか無事に着陸した後OBSごとハイエースに回収され、中で小休憩して、OBSどもにまたシーツを被せた後、今またこうやって走り出している。


 この暗黒のラブワゴンは何処へ向かっているのだろう?


「着いたぞ、全員降りろ」と司令がブレーキを踏み、車を止める。


 そこは黒塀に囲まれた、如何にも格式の高そうなどこぞの料亭の門前だった。


「こ、こんな高そうなところ、とても払えませんよ!」


 びびって尻込みする俺に、「いいってことよ。今回は特別に奢りだ」と司令が促す。


「遠慮しないでいいわよ太郎ちゃん、今日はあなたの歓迎会なんだから」と瞬時にキ◯ィちゃんの浴衣に着替えた羊女が、俺の尻を軽く触り、ついでに尻穴に指を捻じ込もうとする。やめい。


 花音はといえば、何時の間にやら起きて車から抜け出した模様で、料亭の苔生した前庭を突っ切り、「おっぱい! おっぱい!」と玄関先にある信楽焼の大きな狸の白い乳首を弄っている。


 何だか見ただけでさっきの戦闘を思い出し、胸元が疼いてきてしまった。


「あー」


 その後ろを全裸のチクチンが這いずりながら、クネクネと器用について行く。


 なんともシュール極まる光景だが、幾分慣れて来たのは、俺の感覚がマヒしてきたせいか?


「こんなハロウィンパーティーみたいな面子で、一見さんお断りオーラを放っている老舗料亭に入れてもらえるんですか?」


「さっきちゃんと電話予約したぞ」とヘルメットを被ったままの司令が答える。


「そういう問題じゃないでしょう!」


「大丈夫よ太郎ちゃん、ここはあたしのお得意様が経営しているお店なの」と羊女がとんでもないことをさらっとのたまう。


「……羊女さんの勤め先って、どんなところなんですか?」


 正直あまり聞きたくなかったが、誘導尋問に引っ掛かって、俺はつい深淵を覗き込んでしまった。


「あーら、知りたい? フフン、いいわよ」


 彼はマジシャンのように浴衣の胸元から、どぎつい蛍光ピンクの文字で書かれた名刺を取り出す。


 そこには「オカマSM倶楽部・触りパーク所属 羊女」と刻字されていた。


「殿方達に大人気の、ファンタジックな雰囲気のお店よ。


 でも名前と違ってお触り禁止だから気をつけてね。


 お持ち帰りは同意ならOKよ」


「いや意味分かんねえよ!?」


「あと、社長の趣味のせいかちょいケモナー寄りだけど、初心者大歓迎よ。


 安くしてあげるからお暇なら是非来てね!」


「いくら暇でも絶対行きませんからお構いなく」


「オカマならいるわよ?」


「もう黙って! お願い!」


「とっとと入らんかい!」


 後ろから司令に襟首を掴まれ、俺達二人は挨拶する仲居の足元に突き出された。

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