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第八十一話 マイナスでニューゲームって嫌だよね

「ああ、保護者っていうのは、両親とかそういう意味じゃなくって、法律上の保護者ってことよ」


 隔離室に入った後、いつの間にか戻っていたお隣さんに聞いたところ、彼女はこう答えた。


「法律上?」


「これは入院形態に関わる大事なことなんだけど、そもそもこの病棟には、自分の意志で入院したくて入っている人なんか一人もいないのよ。


 あなたは措置入院って言われたんでしょ? それは都道府県知事の権限と責任において強制入院させられたってことなの。


 ちなみに私は医療保護入院って形態なんだけど、これは、病院側と、精神保健福祉法に基づく保護者……大体は親か配偶者がなるんだけど、その両者の合意に基づく強制入院ってことよ。


 私の場合の保護者は、確かお父さんがなっていたわ」


「なるほど、入院にもいろんな種類があるってことだな」


「ええ、そしてそれぞれ強さが違うのよ。松竹梅ってとこかしら。


 まず、一番軽い入院形態は、自分の意志で入った任意入院ね。次が医療保護入院。措置入院はその上ぐらいね。


 あなたが退院するためには、段階的に入院レベルを下げていき、最終的に任意クラスにならなければならない。これって結構ハードよ」


 彼女は物わかりの悪い生徒に教える女教師のごとく、懇切丁寧に説明してくれた。俺はオネショタマニアの気持ちが何となくわかった。


「そうか、俺には家族がいるかどうかわからないから、医療保護入院に変わること自体が難しいってわけか……」


「そういうこと。しかも措置入院は県が入院費を全額出してくれるけど、医療保護入院からは払わないといけない。


 あなたに出してくれる人がいるとは思えないし、金の当てが皆無じゃ当分措置解除されないんじゃないかしら。


 どのみち住むところがなくて生活基盤もなく、身寄りもいるかどうか不明なあなたが退院するのは、無理ゲーにしか思えないんだけどね」


「うがああああああああああ! 最初から詰んでるじゃねーか!」


 彼女の言葉の刃は鋭さを増し、俺をズタズタに引き裂いてくれた。


「どうどう、騒ぐと隔離期間が延びるだけよ。まずは隔離解除を目指して頑張りなさい。


 ひょっとしたらそのうちあなたの記憶が戻るかもしれないし、戻らなくても、裏ワザを使えば退院できなくもないわ」


「裏ワザなんかあんの? 是非とも教えてください、師匠!」


 俺は壁に向かって土下座をした。即座に監視カメラの存在を思い出し、後悔したが。


「あら、さっき話したことにヒントがあったけど、気が付かなかったの? 少しは自分で考えなさい、フフッ」


「んなこと言わずに頼んますー、師匠―っ! 靴でもなんでも舐めますから―っ!」


 俺の血の涙の慟哭にも関わらず、彼女はお昼寝タイムに入ったご様子で、返ってきたのはしばらく後の可愛いいびきのみだった。



 俺の心配を余所に、女医の言った通り、隔離時間はどんどん減っていき、比例して日中の開放時間は伸びていった。


 徐々に病棟にも慣れ、少しずつ、回りを見る余裕も出てきた。


 この病棟は女性患者の方が多いようで、高山茜のような怪物もいるにはいたが、男女とも皆、共通点があった。


 患者同士ではいがみ合う者も多かったが、誰もが思羽香に対し、一目置いているのが明らかだったのだ。


 確かに彼女は人の面倒見がよく、様々な相談ごとに乗ってやったり、占いの真似事をしてやったりしていたが(タバコは貰うけど)、他にも、余人とは一線を画す気品があった。


 生来持って生まれたものか、育ちの良さから来るのかはわからないが、他の入院患者と比べると、何か異質なものを感じるのだ。


 とても精神病患者とは思えない、不思議な魅力に、俺はどんどん好奇心を募らせていった。


 彼女の病名は教えてくれなかったが、これこそが高峰先生の口にした、巫女の魔力なのかもしれない。


 ともかく入院後一週間余りが過ぎたある日、俺は遂に完全隔離解除となり、めでたく四人部屋に転室となった。


 病室には、既に三人の先客がいた。一人目は篠原誠という、三十歳の男性で、肉まんのようなふっくらとした顔で恰幅がよく、服がはち切れそうだった。


 二人目は清水栄三郎という、六十歳前後の男性だが、総白髪で年齢以上に老けて見え、常に浴衣のような青い病衣を身に着けていた。そして三人目は、噂の殺人鬼こと、奥村伸一だった。


 面子を知って、俺は隔離室に戻りたくなったが、もとより希望が通るわけもなく、渋々新居に荷物を運び入れた、といっても病院から貰った古着程度しかなかったが。


「まあ仲良くしましょうね、このくそったれが!」と出合い頭にいきなり篠原に言われ、俺は面食らった。


「あまり気にしなさんな。こいつは汚言症っていって、汚い言葉しか発言できない病気なんだ」と奥村がフォローする。


「ほふほほほひふ」と、ベッドに横たわったまま、清水がふがふがと何事かを話す。


「こいつはこの前から入れ歯を無くして、うまく喋れないんだ。大目に見てやれ」と再び奥村。サイコキラーだが、意外といいやつなのかもしれない。


 まあ、俺だって言ってみればストリーキングだし、お互い様かもしれないが。



 とまあそんなこんなで、俺の新生活はスタートしたが、翌朝さっそく暗礁に乗り上げるのであった。

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