第七十九話 母乳黒乳首ってAVが昔あったけどそこまで黒くなかったです
「な、なんだなんだなんだあああああああああああああ!?」
俺は慌てて壁にへばりつき、暴走ゴリウーの突撃を寸前でかわした。
半裸の怪物はバランスを崩してそのまま廊下の奥へと突っ込んでいくが、すぐにこちらに方向転換し、今度は力士の立合いのように、正面を向いて蹲踞の姿勢をとってから立ち上がり、「あたらしいおとこおおおおおおお!」と雄叫びを上げながら再びダンプの如く突進してきた。
「と、止まってくれ!」と懇願するも、完全に目が血走っており、こちらの言葉を理解しそうにない。
仕方がないので、今度は反復横跳びの要領で避けようとするも、奴は経産婦のように垂れた巨大な右おっぱいを両手でむんずとつかみ、俺に標準を合わせたかと思うと、なんと先端からピューっと母乳を発射してきた!
「ごがあ、目がぁ!」
絹糸のようなミルクは見事俺の顔面に突き刺さり、一時的に視界が遮られる。
いかん、このままでは回避できない! 更にちょっぴり口に入ってしまって俺は絶望的な気分になった。
なんで見ず知らずのデブのお乳を飲まされなきゃいけないんだ!
「てかなんで母乳が出るんだよ! しかも結構甘くて嫌だよ! 糖尿病じゃないのかあんた!?」
「いいおとこおおおおおおおおおおおおお!」
ダメだ、やはり意思疎通は不可能な様子だ。俺はレイプされる女性の気持ちが身に染みてよくわかった。
あばよ、貞操。できれば痛くありませんように……。
「そこまでよ、茜!」
まな板の上の鯉状態の俺の耳に、聞き覚えのある女性の声が響き、それと同時に、俺に襲いかかる魔の足音が、はたと止まった。
目をこすって、やや粘り気のある忌々しい乳汁を払い落として瞼を開けると、大女は焼け跡のような汚い焦げ乳首から白いものを滴らせたまま床に跪き、よく訓練された大型犬の如く身動き一つせずにいた。
「彼は私の大事な弟子だから、襲っちゃダメよ。また隔離室に逆戻りしたいの?」
俺の背後から、凛とした声音とともに、黒衣に身を包んだ思羽香が姿を現した。
両肩を覆うラメニットショールが窓から差し込む日の光を受け、聖母の後光のように輝いていた。
「す、すいません、思羽香姉さん……」
コミュニケーション不可の蛮族かと思われた、茜と呼ばれた大女が、素直に謝意を表す。
俺は一瞬思羽香が、サーカスの猛獣使いのように見えた。
「そもそもなんだってシャツを脱いでるのさ?」
「今日はその……お日柄もよくて暑かったものでして……それに裸になるのはとても健康的なことですし……」
「だからって廊下でストリップショーしちゃダメでしょ! それに、そんなに水をガバガバ飲んでたら、また意識失って倒れるわよ!」
「こ、これはですね……暑くて喉が渇いてたし、最近おしっこすると痛みがあるもんで、いっぱい尿を出して中をきれいにした方がいいと思いまして……」
茜は先程のパワーはどこへやら、すっかりしどろもどろとなっていた。
「やれやれ、言い訳ばっかりじゃない。でも排尿時痛があるってのはよくないわね……」
思羽香は腕を組んだまま、思案顔をしている。
「一度、主治医に聞いてみたらどう?」
彼女の提言にも、茜は首肯しなかった。
「どうせここの藪医者どもには治せっこないですよ。やつら精神しかわからないんだし」
「ま、確かに医者ってぇのはボンクラどもばっかりだしね。
よし、それじゃ、私がいい方法を後で教えてあげるから、それを試してみなさい」
「え、姉さん、治し方を知ってるんですか?」
「もっとも、上手くいくかどうかは試してみないとわからないけどね……おっと、誰か来たからとっととこれでそのバクニュー大佐を隠しなさい!」
言うが早いか、彼女はピンクのショールを茜に投げつけ、茜はそれを、瞬時に胸元に巻きつける。
それとほぼ同時に、体格の良い坊主頭の男性看護師が、デイルームの方からやってきた。
「何かうるさかったですけど、どうかしましたか?」
「いえ、茜がTシャツを母乳で汚してしまったから、急遽ショールを貸してあげて、代用としていたんです」と思羽香が悪びれもせずに答える。
「そうですか、あまり廊下で騒がないで下さいね」
「わかったよ、山田さん」
看護師は、それには答えずに、踵を返して来たとき同様速やかに立ち去っていく。
「ごめんなさい、思羽香姉さん、何から何まで……」
巨大な身体を縮めてひたすら恐縮する茜に対し、「いいってことよ。でもショールは後で返してね」と囁くと、看護師の後を追うように、泰然としてデイルームへと向かっていった。