第七話 ひとつウエノ男になる
『連結具の横にジッパーがあるだろう。そこを開けてみたまえ』
司令に言われたとおりにすると、抱っこ紐の内部から、青い透明なビニール袋に包まれた、先端が二股に分かれた長さ30㎝程度の茶色のゴム管と、一本の注射器が出てきた。
「何ですか、これ?」
『うむ、いわゆる尿道カテーテルと呼ばれるもので、太さは14Frフレンチだ。
それをOBSの尿道口に挿入するのだ』
「そ、そんな無茶な! やったことないですよ」
想像を遥かに超えた展開に、俺は焦燥感を覚えた。尿で敵に攻撃するってことか!?
『男は度胸! なんでも以下略』
「ええぃ黙れ黙れ! 要はこいつらにおしっこさせりゃいいんでしょ! そんなの勝手に出来ないんですか!?」
『OBSには自力排尿機能は備わっていないのだ。
後、おしっこじゃなくてウロ・シュートと呼ぶようにな』
「どんな光線兵器だよそれ!? まずは、羊女さん、お手本を見せて下さいよ」
『悪いけどさっきの攻撃でカテーテルが破損しちゃって使用不可なのよ~、だから頑張ってね』
回線に割り込んできた声が、最悪の事態を気軽に告げる。
「じゃ、じゃあ、さっきのチンチクさんとやらに出撃してもらって……」
『チンチクじゃなくてチクチンだ。生憎今回のミッションではあいつは予備機で、出撃にはあんな身体なので非常に手間がかかり、どの道今からでは間に合わないだろう』
「ったく、どいつもこいつも使い物にならねぇ!」
「パパ! リラックス! リラックス! 深呼吸! 深呼吸!」
背中の声で少し落ち着く。
「ありがとう、花音。 焦ってもしょうがないな……やるしかないか」
『ちなみにOBSの装着しているコンドームの先端には切れ込みが入っているから、そこから尿道カテーテルを挿入してくれたまえ』
「はいはい、しかし空中でこんなことをやるはめになるとは……」
「パパ! 左! 避ける!」
「うぉっと!」
俺は咄嗟にOBSの左乳首をひねり、おっぱいから射出されるレーザーの雨を避けた。
徐々に攻撃が激しくなってくる。
「それにしても花音は眼がいいな。俺よりよっぽどパイロット向きだよ」
「イエス! アイムニュータイプ! 若さゆえの過ち!」
『親子の歓談の最中悪いが説明を続けるぞ。
まず左手の親指と人差し指で尿道口を広げ、OBSのちん○(以下OT)を垂直に伸ばし、右手に持ったカテーテルをゆっくり挿入していけ。うまく入ったら、途中でOTを寝かせ、挿入を続け、緑のキャップがついた側に注射器を接続し、空気を注入して先端のバルーンを膨らませ、固定してくれ。
前立腺を通る時は特に気を付けろよ』
「聞くだけで俺のちん○から血が噴き出しそうになってきましたよ。えーっと、こうですか?」
俺はビニール袋から何とか取り出した尿道カテーテルを、司令の指示通り、コンドームの先っちょに空いた穴に押し当てた。
「ぐっ、か、固い……全然入りませんよ!」
全身全霊を込めた俺の挿入にも関わらず、尿道カテーテルは1ミリたりとも進まず、俺は脂汗をたらたら流した。
『おかしいな、初心者でもわりと簡単に出来るんだが……あっ、ひょっとして!』
「ど、どうしたんですか?」
『そいつ、皮被ってないか?』
「皮? コンドームなら被ってますが……」
『分からん奴だな! 真性包茎かどうか聞いているんだよ!』
「あっ!」
俺は瞬時に理解した。
『他のOBSには緊急時に備え、全て包茎手術を施したが、そいつだけまだ施行していなかったんだよ。すまんすまん』
「どーしろってゆーんですかっ!!」
『まぁ、思い切り尿道口を押し広げれば、理論上は挿入出来る筈なんだが、素人には難しいかもしれんな。
こうなったら包皮を切開するのが手っ取り早いんだが……』
「こんな空中で、メスどころかハサミもありませんよ!」
「パパ! 前! 集中!」
「ちょっと花音、今、それどころじゃ……」
「糞親父! あんぽんたん! 右! 避ける!」
「えっ……ぐぉっ!」
突然凄まじい衝撃が身体を襲い、熱風に煽られる。
おっぱいレーザービームに被弾し、俺達は数十メートルは後退させられた。
「う……痛たたたたた」
「パパ! 死ぬな! 生きろ! そなたは美しい!」
「か……花音、無事だったか」
どうやら背中の愛娘まではダメージが通らなかったようで、俺は痛みを堪えつつも、一安心した。
さすが腐ってもバリアと言うだけあって、無傷とはいかないまでも、ほとんど攻撃はカットしてくれたようだ。だが……。
『まずいな、今の攻撃で血糖値が70を割った。このままいくと低血糖に突入してしまう』
「ど、どうすればいいんですか!?」
『エネルギー切れになる前に敵さんを倒すしか無かろう。頼んだぞ』
「そ、そんな無責任な……」
迫りくる巨大おっぱいを前に、心はどんどん絶望に押し潰されていく。
世の中理不尽な死は確かにあるが、いくらなんでもこんな死に方だけは嫌だった。
何より妻の敵すら打てず、犬死にするのであれば、死んでも死にきれない。
生き延びたい、と痛切に願った。
「パパ! 安心! 秘策あり! 耳!」
「な、何だよ花音……ん?」
急に花音が声を落とすと、俺の耳元で何やらごにょごにょと可愛く囁く。
最近内緒話を覚えたようで、友達に嫌われるからやめなさいと注意しているが一向に聞かない。
まあ、それはこの際置いておいて……。
「そ、そんな馬鹿なこと、出来るわけないだろう!」
「パパ! 大丈夫! 平気! トラスト・ミー!」
「……」
俺は、花音の今言った作戦を、脳内で反芻してみた。
確かに危険ではあるが、一発逆転を狙うには、最早これしか手は無さそうだった。
「分かったよ、花音。お前が今まで言ったことは全て正しかった。
だから今回もお前に全てを託すよ。死ぬ時は一緒だ」
「パパ! ミー・トゥー!」
俺は丹田に気を溜めると、OBSのふくよかな腹の脂肪を揉みつつ、炎の如き息吹を吐き出しながら、「エンジェルズ・エプロン解除!」と高らかに叫んだ。
途端に俺達を覆う薄い光の膜はキラキラと粒子状に崩れ落ち、大気中に溶け込んだ。
『ば、馬鹿な! 何故エンジェルズ・エプロンを解除した!?』
「ちょっと龍座の聖闘士の真似ごとがしたくなっただけですよ」
俺は無理矢理ニヒルな笑みを浮かべると、右手に尿道カテーテルを掴んだまま、敵を睨み据えた。
「花音、頼んだぞ!」
「パパ! 左! 小さく!」
その言葉に合わせて、OBSの左乳首を小さく捻る。
と同時に、おっぱいモンスターの右乳首から光の矢が放たれ、OBSの下半身を掠めた。
先程とは段違いの振動が伝わってきたが、その瞬間、俺は再びOBSの腹に手を戻し、素早く魔法の呪文を唱えた。
「エンジェルズ・エプロン!」
見る見るうちに衝撃は弱まり、熱波も和らいでいく。
「パパ! 凄い! 大成功!」
どうやら花音も無事の様だ。
慌てるな、まずはOTを確認しないと……おお、すげぇ、ぴったしビンゴだ!
なんと、OBSのOTは、先程のレーザー光線により、先端の皮だけがきれいに切除されていた。
上○クリニックもびっくりの出来栄えだ。
「よし、今こそ再チャレンジだ!」
「パパ! ファイト! 一発!」
再び尿道カテーテルを挿入すると、今度は先程と違って嘘みたいにするすると飲みこまれていく。
ちゃんとバルーンに空気を注入すると、引っ張っても抜けなくなった。
『よし、カテーテルの先を敵に向けて、今こそ叫べ!』
「分かってますよ、司令。ウロ・シュート!」
俺は消防士がホースを扱うが如く、カテーテルを調節して相手をロックオンする。
たちどころに黄色い液体が高速で迸り、シャワーのようにおっぱいに降り注ぐ。なんかすごい絵面だ。
「いTRFくぇWV98LQとPWくぇうFVC」
おっぱいが、どこから出してるのか分からないが言葉にならない声を上げると、湯気を出し、みるみるうちに溶けて小さくなっていく。
どんな強酸性の尿だよ。
それにしてもOBSの奴、なんだか気持ちよさそうだ。だいぶ溜まってたんだろうなぁ。
『すごいじゃないの、本当に倒しちゃうなんて!
あたしも濡れてきちゃったわ。お願い、抱いて!』
とんでもない祝電が入ったので、俺の爽快感が半分ほどに目減りした。
「いえ、結構です」
『お疲れ様! でかしたな。初めてにしては上出来だったぞ!』
「いえ、それ程でも……って何回か死にかけましたよ。ほんと、娘のおかげで助かりました」
「パパ! 決め台詞!」
後ろから背中をど突かれ、俺はすぐさま大事なことを思いだした。
「おっと、すまんな花音。有頂天になってパパすっかり忘れてたよ」
俺は顎に手を当て、ドヤ顔を決め、なるべく格好いいポーズを取りながら、消滅していく敵に向かってさっき花音が提案した決め台詞を吐いた。
「貴様の敗因はレーザーに頼り過ぎたことだ。包茎治療はなんたってレーザーに限るからな!」