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第七十五話 交番って何故か信号の手前に多いよね

「おい、診察だ。出ろ!」


「し……診察?」


「措置鑑定の診察だ! いいから早くしろ!」


「はぁ……」


 俺は、眠い目を擦りながら、畳の上から身体を起こした。


 そういや今日は、病院から精神科医が診察に来ると聞かされていた。


 後頭部を強打して昏倒した俺は、その後何時の間にやら駆けつけた警察官たちに取り押さえられ、ここZ警察署にパトカーで護送され、留置室に監禁された。


 何回か取り調べは行われたものの、何一つ覚えていない俺が質問に答えたり説明出来るわけもなく、一向に進展がないまま既に数日が経過していた。


 最低限の衣食住は保証された生活だったため、裸で浜辺をさすらうよりはマシな環境と言えなくもなかったが、警察官の高圧的な態度や、自由の全くない待遇は、ほとほと嫌気がさしていた。


 そもそも正義の味方を演じようと思っただけなのに、どうしてこんな目に会わなくちゃいけないんだろう?


 ひょっとしてあの逃げていた女は、犯罪者かなんかだったのか?


 ともかくもウイグル獄長から日の光を恵まれた囚人のごとく部屋を出た俺は、両手を手錠に繋がれ、腰に紐を結えつけられ、事務所のような部屋を横切った後、パイプ椅子と机のある、四畳程度の小さな部屋に通された。


 そこには既に、二人の人物が待ち構えていた。


「ほぉ、君が噂のふりちん全裸君か。元気だったか?」


 椅子に腰かけていた黒髪長髪の三十代と思しき女性が、俺に話しかける。


 白衣を着ていてもわかる、豊満なバストの持ち主で、しかも顔はどこぞの女優かと見紛うほどの絶世の美人で、切れ長の眼を、更に細めて妖艶にほほ笑む。


「初めまして、我々は精神保健指定医です。今日は君の措置鑑定の診察に来たので、よろしくお願いします」


 その隣に座る、中肉中背の眼鏡をかけた白衣姿の男性が、生真面目な態度で俺に挨拶した。


 その間に、警察官が俺の手錠と紐を外し、白衣組の対面に着座させた。


 精神保健指定医だの、措置鑑定だのさっぱり理解できない俺は、ただ一言、「はぁ……」と答えるのみだった。


 だが、一つだけわかったことがある。医師を名乗る男の声には聞き覚えがあった。


 数日前の夜の浜辺で女性を追い掛けていた二人組のうちの一人だ。何故医者があんなことをしていたんだ?


「まず、最初に、君の名前を聞こう。本当にわからないのか?」


 美の女神の化身の如き女医が、俺の眼を真っ向から見据えてきたので、俺はちょっと気恥ずかしくなり、つい下を向いてしまった。


「……はい、何も覚えていないんです。名前も、住所も、何故裸だったのかも、自分が何者かも」


「それなのに、どうして我々の邪魔をして、あの患者の逃走を手助けしようとしたんですか?」


 眼鏡男が会話に割り込んできたので、俺はちょっとムッとしたが、台詞に引っかかる単語があった。


「……患者ですって?」


「そうです。あの女性はうちの天神病院の入院患者で、あの日離院し、我々は捜索した結果、あの砂浜で追い付きそうになったところを、君に邪魔されたんです。結局は、あの後彼女も捕まりましたが」


「そうだったんですか……」


「うむ、あれは久々の大捕り物で、中々大変だったぞ。


 私も参加していたが、見当違いの方向を捜していて、捕縛現場に居合わせなかったのは残念だった。


 思わぬ拾いものもあったが……おっと、脱線してしまったな、失敬、失敬。ハハハハ」


 再び話の穂を継いだ美人女医が、場を和ませるかのように、わざとらしく笑う。


「あの女性とは、あそこで初めて出会っただけです。何の関係もありません。


 ただ、助けを求めていたから、思わず砂つぶてを投げてしまっただけです」


「なるほど、君は回りに影響を受けやすいタイプなのかもな。そして正義感も強そうだ。


 悪い人間では無さそうだが、考えずに行動した点はちと軽率だったな」


 女医は初対面のくせに、ずけずけと俺を評した。だが、何故か的を得ているという感じを受けた。


「皆さんの邪魔をしたことについては謝ります。別に、人に暴力を振るおうとするつもりではなかったんです」


「わかった。話は変わるが、何か人がいないところで声が聞こえたり、奇妙なものが見えたりはしないか? 


 また、落ち込んだり興奮したりして夜眠れないなんてことはなかったか? 悪夢を見たりしなかったか?」


 矢継ぎ早に様々な質問をされ、俺はちょっと困惑したが、ただ一言、「いいえ」とのみ答えた。


「うーん、幻聴も幻視も不眠も抑うつも無さそうか……こいつは確定診断が難しいな」


「F44でいいんじゃないですか? どうせ措置にせざるを得ないでしょう。


 全裸で暴力行為を行っていますし、記憶喪失で金も無さそうですし」


「そうだな、しかし名前がないことには入院もさせられんしな……」


 医師二人は、何やら暗号のような会話を交わしており、俺は多分話の中心人物なのに、完全に蚊帳の外だった。


「よし、お姉さんが君の名付け親になってやろう。そうだな……砂浜で発見されたから、砂浜太郎ってのはどうだ?」


「ちょっと安直過ぎますよ! それになんか昔話の主人公みたいで嫌です!」


 俺は思わず突っ込んでしまった。


「おや、気に入らなかったか? それでは渚のち○こバット太郎というのは如何かな?」


「……砂浜太郎で是非お願いします」


「素直で突っ込みが好きなところも気に入ったぞ。というわけで、君は今から砂浜太郎だ。


 ちなみに私の名前は高峰桔梗という。以後よろしくな」


 女医はそう言うと、ふんぞり返ってスイカのような胸を大きく揺らした。


 後でオカズにしてシコろうっと。

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