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第七十四話 世界の果ての出会い

 映像が途絶えた液晶画面のような暗黒の空から滴り落ちる雨滴が、ポツポツと俺の肩を叩く。


「はぁ……寒い……」


 俺は、身体をぶるぶると震わせ、身体を両腕で抱きしめるも、悪感は治まらなかった。


 十年前のあの夜、俺は訳も分からず、全裸で砂浜を彷徨っていた。


 どうしてこんなところにいるのか、何故裸なのか、そもそも俺は一体誰なのか……何一つ、思い出せなかった。


 ただ、その直前まで、凄まじく激しい感情に苛まされていたことだけは、何となくだがぼんやりと記憶している、というか身体が覚えていた。


 一体どんな思いを抱いていたのか、それは謎のままだったが、とにかくなんらかの強いショックを受けたのだろうという想像は出来た。


「ここは……何処だ?」


 俺は周囲を見渡した。砂浜は俺の前後に果てしなく伸び、暗黒のわだつみが、永遠のビートを刻み続けていた。


 海とは逆側の浜辺の奥はやや小高くなっており、松の木や灌木が生い茂り、民家は無さそうだった。


 人影はおろか、犬の一匹も姿は見えず、さながら無人の惑星に降り立った宇宙飛行士のような心境だった。


 底知れぬ不安が胸中に湧き上がってきたが、まずは寒さ対策の方が当座の問題として重要度が高かった。


「とりあえず、雨露の凌げる場所と……それより前に、服だな……どこかで手に入れないと」


 考えがそのまま言葉に変換されていく。周りに誰もいないし、別に気にもしなかったが。俺は自分の発言に突き動かされるように、夢遊病者の如く、ふらふらと前に歩いて行った。


 素足で踏むゴミの混ざった砂が、ジャリジャリと皮膚に当たって少しばかり痛かったが、履物が無いのでどうしようもなかった。


 振り返って鑑みるに、あの時の俺は、半覚醒時のような意識が朧げな状態だったのだろう。


 自分と世界を隔てて薄い膜が張っているような感覚があり、現実感に乏しかった。


 その時、潮騒の合間に、「止まれーっ!」という男の声が、灌木の方向から聞こえて来た。


 何事かと思って目を凝らすと、茂みの中から三人の人影が飛び出して来るのが見えた。


 否、正確には、一人が若干先を走っており、背後から、懐中電灯を手にした二人組が追いかけている様子だ。


 白いスラックスと青い薄手のTシャツを身につけた先頭の人物は、やや身長は高いが若い女性のようで、セミロングの黒髪を振り乱しながら、死に物狂いで斜面を滑り降りて来た。


 後ろの二人はちょうどライトの影になってよく見えないが、黒っぽい服を着た男たちの模様だ。


 恐らく先程声を上げたのは彼らだろう。


 女性は、俺の姿を認めたらしく、「助けて下さい!」と一直線にこちらに向かってくる。


 俺は状況が飲み込めず一瞬躊躇するも、か弱い女性が救いの手を求めるのを無下にするのもどうかと考え、心の奥底に眠っていた正義の炎を燃やし、半ば脊髄反射で、生まれたままの姿で、女性の方へと走り出した。


 背負うものが何一つない無の状態だったからこそ出来た業かもしれない。


 股間のブラブラ揺れるマイジュニアが、剥き出しの太股にぺったらぺったら当たるのがうっとおしかったが、何だか途轍もなく爽快な気分で、ある種の人々の気持ちが理解出来る気がしてきた。


 いかん、これって癖になっちゃいそう。


「キャーっ、変態!」


 接近しつつある俺の真の姿に気付いた女性が、突如金切り声を発すると、俺に中段回し蹴りをかましてきた。


「ええええええええっ!? がふっ!!」


 彼女の腰の入った綺麗なミドルキックは見事に俺の股間に的中し、俺はどうっとばかりに砂浜に倒れ伏した。


「せ……せっかく助けに行ったのに……」


 彼女はそのまま俺の背後の闇の中へ走り去って行ったらしく、砂を踏む乾いた音だけが遠ざかっていく。


「な、何ですか、この全裸野郎は?」


「わからん……とにかくこんな奴は放っておいて、追うぞ!」


 黒服の男たちが、ち○こ丸出しで地面に倒れ伏す俺を懐中電灯で照らしながら、薄気味悪げに会話を交わしている。


 なんかあまりにも惨め過ぎて、死にたくなってきた。


 だが、一旦女性を助けると心に決めたからには、少しでも何か役に立ってやりたかった。


 なにせこのままでは自分が哀れだ。


 俺はメン・イン・ブラックが十分俺に近付くのを待って、両手に握りしめた砂を、それぞれの顔面目掛けて投げつけてやった。


「うげっ! ま、前が見えません!」


「ゲホッ、ゲホッ! くそ、息が詰まる!」


 追跡者たちは、即席の眼つぶし攻撃で、予想以上のダメージを受けていた。


 俺はにんまりと笑みを浮かべる。してやったり。


「ふらうぼっ!」


 突如、後頭部に何かが激突し、耐え難い激痛が走った、と同時に灯りが消え、辺りが真っ暗闇に包まれる。


 間違いない、懐中電灯だ。俺の見事なアンブッシュでとりみだした男たちが手から取り落としたものが、どうやら俺の頭蓋骨を直撃したらしい。


「ああ……」


 俺の意識も、そのままスイッチが切れるように、現実からフェードアウトしていった……。



 今思えば、これが、妻の海野うみの思羽香しうかとの、運命的かつ最悪な出会いだったわけだが。

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