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第六十九話 シックスナイン

 あの時、会場が謎の光で包まれた直後、俺は信じられないものを目の当たりにした。


 意識のない花音の中に吸い込まれたかに見えた忌まわしい触手が、なんとチューブから出る歯磨き粉の如く、再び肉体から押し出されたかと思うと、ズタズタに引き裂かれるかのように千切れ飛び、雲散霧消していったのだ。


 強い閃光による目の錯覚かと思ったが、奴のなんとも形容しがたい悲鳴まで、はっきりと耳にしたのを記憶している。


 不可解極まる現象だったが、今思うと、ウロ・シュートが既にかかっており、時間差で作用したのかもしれない。


 もしくは、俺や司令の陰毛のお守りが効果あったのか……ってそれは無いな。


 時間にして2、3秒後、直ぐに光は消え失せ、俺は花音に駆け寄り、抱きしめた。


 娘の目は閉じられたままだったが、呼吸は規則的に胸を動かし、その傷一つない可憐な身体の何処からも、醜い触手が飛び出すなんてことはなく、ひとまず俺は安堵した。


 だが、司令の方を振り返った時、俺は既に、彼の魂が天に召された後なのを認識せざるを得なかった。


 彼の顔は、唇から血を流していたが、微笑んだような表情で停止し、二度と動くことは無かった。


 悲しみは俺の胸中に怒涛のように押し寄せ、心臓を揉みしだき、知らず知らず頬に熱い物が流れ落ちた。


 短かったが、彼と過ごした嵐のような一月半のことが、脳裏を過っていった。


 公園のトイレ前での、衝撃的な出会い。


 いろいろアドバイスされ、叱咤激励された最初の戦闘。


 喧嘩別れした後の、謝罪の電話。


 航空博物館で子供達にひん剥かれたストリップショー。


 空港でサルミアッキを食べて嘔吐する姿。


 深夜のトイレ前で全裸で尿道にストローを挿入され悶絶する痴態……


 なんか思い出さない方が故人のためのような出来事が多い気がしてきたが、それでも全てが今となっては大切な過去だった。


 彼のせいで危険な戦いに身を投じる羽目になったが、彼に助けられたことも何回もあった。


 最後まで自分のことよりも他人のことを考え、知恵を絞り、勇気を出して強大な敵に立ち向かう姿は、まさに司令と呼ぶに相応しかった。


 もっといろいろ教えてほしかった、と今になって後悔した。


 そうだ、司令は今わの際に何かを伝えようとしていたのだ。


 一体どんな重要なことを話したかったのだ? 


 非道なことばかりしてきたと言ったが、どうやら俺たちに関わる事のようなニュアンスだった。


 どんな深淵を抱えたまま冥土へ旅立ってしまったのだろう。


 それが非常に気になり、その時の俺の、悲しみに沈む透明な心に、あの日の空のような黒雲を発生させ、曇らせていた。


 その後、呆然とする俺を他所に、ユミバちゃんの敏腕で事態は収拾していった。


 彼女はこれが闇堕ちしたわぬわぬとオヤジたちとの戦いの演劇であったと即興で観客に説明し、司令の遺体を速やかにドブとサブに回収させつつ、独りで再び、「しょくしょくしょくしょくしょくしゅっしゅ!」と歌って締めとした。


 さすが天才小学生だ、アドリブにそつがない。


 ちなみに控室の方は、血溜まりはあれども、竹之内プロデューサーの死体は、あの後スタッフじゃなかったわぬわぬが美味しく頂いてくれていたらしく、欠片もなかったので、芝居の練習で血糊をぶちまけたということにして、何とかごまかしたらしい、やれやれ。


 と、まあそんなわけで、司令の遺体はハイエースにOBSや俺たち共々押し込まれ、(サボり組の二人以外は)全員満身創痍ながらも、何とか高峰クリニックに帰還した……深い悲しみを伴って。



 俺は、今一度自問自答する。


 自分達が、造られた人間であるというのは、確かに恐るべき真実だ。


 人によっては発狂するかもしれない。


 俺も、水槽に笑顔でぷかぷか漂う全裸のAさんたちを思い浮かべ、目まいや頭痛、吐き気を催してきた程だ。


 だが、竜胆少年の言う通り、司令の説明にはあまりにも不自然な点がある。


 ちょっと無理矢理過ぎると言ってもいいくらいだ。


 じゃあ、もし仮に録画の告白が嘘だとしたら、何故そこまでする必要がある?


 ……もっと別の何かを隠すための嘘だとしたら?


「……わからない」


 俺は遂に考えるのを諦めた。まだ、熟考するのには材料不足な予感がする。


 パズルを解くためのピースが圧倒的に不足している。


 数字の6をひっ繰り返すと9になるような、発想の大回転があるのかもしれないが、今は、この仮の答えで満足しなければいけないのだろう、不本意ながら。


「パパ! 盂蘭盆会! ボンクラーズ!」


「おっとそうだった、花音。今日は今から墓参りだったな」


 花音の言葉で、俺は大事な予定を思い出した。


 ここX市では、本日七月十五日、つまり盂蘭盆会の日に、お盆の行事を済ませる家が多いのだ。


 かくいう我が家もそうである。


「高峰先生、そういうわけで、俺と花音は先に失礼させて頂きます。帰る前に司令にお参りしてからですが」


「……分かった。していきまっし」


 先程とは違って女医の声に力は無かった。


 俺たちは診察室を出ると、一旦クリニックを出て、薄紅色の花を咲かせたサルスベリの脇を通り、住居側の玄関に入り、2階へと階段を上がっていく。


 廊下の突き当たりに、以前アルダ・サーナンが泊まっていた、元物置のドアがあった。


 中から線香の匂いが漂ってくる。


「司令……入りますよ」


 俺は、ノックもせずにドアを開けた。


 傍らに簡単な焼香台が設えられたパイプベッドの上に、白い布で身体を覆われて横たわる、角刈り頭の姿がそこにあった。

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