第六十七話 何でも略語が良いとは限りません
『……っとその前に、一つ説明しておくことがあるんだった。すまん、忘れておったわ』
「おいっ!」
肩すかしを喰らってずっこけそうになった俺は、思わず録画映像に突っ込んでしまった。
『エロンゲーション、略してエロゲの出現法則について語ろうと思う』
「今更略すな! てかエロゲ言いたいだけちゃうんか!」
「落ち着きなさい太郎ちゃん、犯すわよ!」
「……ごめんなさい静かにします」
俺は羊女の理不尽な一喝の前に屈服した。
『エロゲが現世に顕現するには、二つの条件が揃わないといけない。何だか分かるか?』
そこでしばし沈黙が訪れる。どうやら自分で考えてみろということらしい。
「えーっと、確かプロデューサーとディレクターと原画家とシナリオライターとグラフィッカー、じゃなくて感情が鍵でしたっけ?」と竜胆少年。
エロゲに毒されすぎじゃお前は!
「そうね、強い感情や欲望に誘発され、こちらの世界に出現するって、この前司令が言ってたわ」と羊女がそれに応える。
そのことは俺も覚えている。だが……。
「じゃあ、もう一つの条件ってなんだ?」
『タイムアウトだ。正解を発表する。
まず、一つ目は強い感情や欲望だ。
感情の波の具現化である奴らは、磁石にくっつく砂鉄の如く、次元を超えてこれらに吸い寄せられる傾向がある。
そしてもう一つは、エロゲを実体化させるイメージだ。
女性の身体または臓器をあらわすものがそれに当たるが、二次元でも三次元でも構わない。
画像やイラスト、立体物など、女性を描いたり表現した物や、実物があれば、それを媒介とし、奴らは初めて肉体を得て、現世で自由に活動することが出来るのだ。
あと、付け加えるならば、一度ゲートとなった表現物及び実物からは、二度と次元を超えてエロゲが現れることは無い』
「そういや確かにそうだな……」
俺は講義を拝聴しながら、過去のバトルを振り返った。
いずれの時も、エロンゲーションは、具体的に女性の一部を現わしたイラストや漫画、あるいは内臓そのものから浮かび上がるように出現したと聞く。
仮初の身体とはいえ、モデルがないと肉を帯びることが出来ない、けっこう不便な生き物なのかもしれない。
『何故今更こんなことをくだくだと説明したのかというと、実はOBSも同様の特徴を持っているからなのだ。
もっとも、OBSの場合は既に外見が定まっており、こちらの世界での媒介は必要だが、それとは姿形が異なるという点がエロゲとの大きな違いだがな』
「んん!?」
知らず知らず、俺は身を乗り出した。話がいよいよ核心に触れようとしているのに気付いたのだ。
『私がこの世界に初めて出現した時、その門となったのは、当時四歳前後の竜胆君の身体だった。
現在記憶を失くした彼が、どんな深い感情を抱いていたのかは知る由もないが、砂浜をさすらう彼のボディから私は浮き出て、実体化した。
だが、そこで私はハタと困ってしまった』
そこで司令の顔が俄かに曇る。俺は嫌な胸騒ぎを覚えたが、そのまま聞き続けた。他の連中も同様だった。
『私以外の他の三体のOBSもこちらの世界に召喚しないといけないわけだが、それらが出現するために必要なのも竜胆君でないと駄目だからだ。
何故ならOBSとはエロゲとは異なり、全て私の分身であり、その実体化の条件も、同じイメージモデルからでないと無理だったのだ。
あちらの世界でその仮説が立てられたが、実際やってみるまでは分からないことも多いし、当たって砕けろ精神で実行し、あわよくば四体ともぽぽぽぽーんと順番に飛び出さないかと期待していたが、結局無理だったのだ。私は大いに慌てた』
「結構いいかげんな人でしたからね……僕が以前仕入れた、遥か昔のクイー◯ズブレイド夏コミセットについていた保存料未使用の魚肉ソーセージを普通に食べてましたし」と竜胆少年。
「まあ、割と大雑把な人だったからね……『なんでも鑑定団』のことを、関羽フィギュアだけを扱うお宝番組だと思い込んでいたっけ」と羊女。
俺も、「そりゃ鑑定じゃなくて関帝だ!」と口を挟みたかったが、ちょっとは遠慮した。
司令の困惑する気持ちも理解出来たからだ。
ほとんど戦闘能力を持たず、たった一人だけで、寄る辺無き異世界で迫り来る魔の軍団に立ち向かわないといけなくなったら、自分だったら発狂していただろう。
記憶を失い独り砂浜を彷徨っていた俺には、多分に共感するものがあった。
『だがその時、私は我が身に不思議な力が宿っていることに気がついた。
感覚的に分かったことだが、何と都合のよいことに、任意の生物から、クローンを生み出せるという能力を会得していたのだ。
上位のエロゲには、特殊能力を使える者もいるとは聞くが、きっと私にも次元を転移した際に、自然に身についたに違いない。
私は早速その異能を、悪魔に魂を売る覚悟で、竜胆君に施行した』
「「「えーっ!?」」」
チクチン以外のOBS操縦者三人の叫びが見事に唱和し、冥府のように暗い診察室を震わせる。
チクチンはといえば、竜胆少年の膝の上ですやすやと寝息を立てていた。
クローンって、死んだら冷蔵庫や扇風機になったり、変な生首人形が、「宗じいさん、占い、占い、占い!」って言う……ってそれはクーロンズゲートだっ!