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第六十六話 脳みそコネコネ疲労困憊

 七月十五日、午前十時。高峰クリニック診察室にて。


「皆揃ったな。そんじゃ緊急集会を始めるぞい」


 高峰先生は、やや広めの診察室に集まった俺達の顔を順番に眺めた。


 羊女、竜胆少年、チクチン、俺、そして花音の五人を。


 皆、パイプ椅子に腰かけ、真っ白な壁に対峙している。


 先生の膝には、司令の黒いフルフェイスのヘルメットが鎮座している。


「……はい」


 全員を代表して、喪服代わりの黒Tシャツに身を包んだ俺が答えた。


 後は誰も、一言も発しない。いつもは野性児そのものの花音ですら、場の空気を読んでか、神妙にしている。


「但し、事前に言っとくことがあるんや。全員、気をしっかりして聞いとくれ」


 女医の重々しい声に、室内の空気が一気に張り詰め、痛いくらいに緊張感が漲る。


 俺はなんだか喉の渇きを覚えたが、生憎飲み物は持参していなかった。


「この前健康診断をしたついでに、悪いけど羊女、おリン、チクチン、そして砂浜太郎のDNA検査をさせて貰ったんやが、その結果……」


 彼女はそこで一旦口を閉ざし、何かを噛みしめるような表情をする。


 もっとも猪顔のせいか、基本的に常人とは違うご面相なので、俺の気のせいかもしれないが。


「……四人のDNAの型が、百パーセント、完全に一致した」


 ごくっという唾を飲み込む音が、はっきりと聞こえた。それも複数。


「……それって、赤の他人同士でも起こり得ることなの?」


 羊女が恐る恐る質問する。いつもの羊マスクのせいで、表情までは分からないが。


「これは全員が一卵性双生児でなけりゃ有り得んことや。もっともこの場合は、双生児っちゅーか、四つ子だが」


「で、でも、あたしたちって年齢も育ちもバラバラなのよ! そんなことが実際に……」


「まあ待っちょれ。とりあえずこいつをよーく見て、考えてくれ」


 高峰先生は片手で、立ち上がりかけた羊女を制すると、ヘルメットの内部に右手を突っ込み、何やらカチャカチャと操作した。


 途端にシールド部分が青白い光を放ち、あたかも映写機のように、壁に映像を結び始めた。


「司令は、もし自分が戦いの途中で死んだら、この映像をおまいさんらに見してくれと言うとったが。いわば遺言や」


 高峰女医が、スイッチを押して部屋の照明を消しながら、厳かに語った。


「司令……っ!」


 俺は、角刈り頭を見ただけで、喉を詰まらせた。羊女も、こっそり鼻を啜っていた。



『諸君がこの映像を見ているということは、私はもう生きていないと思う。


 エロンゲーションを全て倒せたのかどうか、それだけが心残りだが、最後に出現する敵は、今までとは比べ物にならない、とんでもない強さだと思うので、十分気を引き締めて欲しい。多分一目で分かる筈だ』


「いきなり嫌なこと言いますね……まだ戦わなくちゃいけないんですか?」と竜胆少年が呟く。


「お前この前全然戦闘に参加しなかっただろ! もっともOBS足りなかったけど」と俺が小声で突っ込む。


「トイレでチクチン師匠を手助けしてたらうっかりグラサンを便器に落としちゃったんですよ! 仕方ないじゃないですか!」


「この前のやつは強いことは強かったけど、そこまでってわけでもないから、まだ来るのかしら?」と羊女が疑問を口にする。


「全員静かにせい! ちゃんと聞けや!」


 女医の雷が落ち、皆一斉に押し黙った。


『さて、以前砂浜君には話したと思うが、私はあちらの世界で、女性のエモーショナル・ウェーブを送る装置を完全破壊した。


 だが、そもそもその装置とは、人体の一部を使用したものだったんだ。


 具体的に言うと、脳みそだな。人間の感情を集束するのは人間の脳が最も適切だったのだ。


 神をも恐れぬ私は、自分の妻の脳を生きたまま取り出し、機械に繋いだ。


 私の次元の脅威を拭い去るには、誰かの犠牲は仕方ないと判断したのだ。妻も、私の考えに賛同してくれた』


「うげっ!」


 いつも通り朝飯を食ってない俺は、すきっ腹にも関わらず、吐き気を覚えた。


「カ、カレンデバイス……」


 竜胆少年がよくわからん単語を口にする。


『後に自分のしたことを痛切に悔やんだ私は、装置を焼却し、OBSを作成し、機械の手を借り私自身を装置と化してOBSを送り込んだ。


 つまりあちらの世界の私は脳だけの存在となったのだ。


 人工呼吸器に繋がれているとは言ったが、あれは言葉の綾で、実際は培養液に浸かっているだろうな。


 そこのところは嘘をついてすまん。


 まあ、こんな外道なマッドサイエンティストが死んだんだ。誰も悲しまないでくれ、ハハハハ』


 明らかに無理をした笑顔を浮かべている司令の姿に、俺の嘔気は引っ込み、代わりに何か熱いものが胸中に込み上げて来た。


『さて、こちらの世界の私が死ねば、あちらの脳みそ状態の私も程なく滅ぶだろう。


 もっともOBS自体は既にこちら側に送り込まれた後なので、装置が駄目になろうが消えることはないと思うから安心してくれ。


 だが、全てが終わったら、OBSは全て焼却処分して欲しい。


 誰かに悪用される可能性もあるし、そもそもこの世界に本来存在してはいけない代物だ。諸君、よろしく頼む』


 司令は映像の中にも関わらず、こちらに向かって頭を下げた。


 珍しく司令が司令らしいことを言っている、と俺は思わず突っ込みたくなったが、さすがに死者を冒涜するのは失礼なので、辛うじて心の内に留めておいた。


『動画の容量にも限りがあるし、そろそろ本題に移ろう。君たちOBS操縦者四名についてだが……』


 司令の表情が一段と険しくなる。俺は心拍数の高なりを覚え、続きを観賞するのがとても嫌になり、外に走りだしたくなった。


「パパ! 頑張れ! ファイト一発!」


 隣りの小さな手が、異変を察したのか、そっと俺の身体を叩く。


 俺は宝物の如き娘に頷くと、膝の上の拳に力を入れ、じっと前を見据えた。

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