第六十五話 ヌーディストビーチマン参上!
司令と花音のどちらから先に行くべきか一瞬迷ったが、どう見てもトリアージ的に出血を止めねばならないだろうと判断し、俺は司令の方へと急いで駆け寄った。
彼は閉眼しており、顔色は既に死人のように青白い。
俺の心臓が胸を突き破らんばかりに飛び跳ねた。
どうか死なないでくれ!
「司令、しっかりして下さい!
脱腸野郎は倒しましたよ!」
血液が身体に付着するのも構わず、俺は司令の枕元に屈み込み、耳元で呼びかけた。
何だか以前も空港で似たようなことをしたのを思い出す。
あの時は、確かエンジェルズ・エプロン後に低血糖発作で倒れただけだったが……。
「おお……遂にやったか……」
司令はのろのろと瞼を開け、消え入りそうな声を出しながら、こちらを見返した。
瞳に光が無く、息も絶え絶えだ。
「今何とかしますから、動かないで!」
俺は傷口を塞ごうと辺りを見回すも、使えそうな布切れなど無いため、止むなく司令の髑髏柄のネクタイを解いて、身体ごと縛り上げ、何とか応急処置を施した。
「すまんな……迷惑をかけて」
「これくらい、どうってことないですよ。
ただ、ここではこれ以上のことは出来ませんね。
すぐに救急車を呼びますから、動かないで下さい」
「いいさ、どうせもう助からんだろう……低血糖もあるせいか、意識が薄れてきた……身体が寒い……眠い……」
「こんなところで寝ないで下さい!
またこの前みたいにサルミアッキを喰わせますよ!」
「ハハハ、それだけは死んでも御免こうむるよ。
どうせ持ってきてないんだろう?」
「よくわかりましたね、あんな危険物はあの後すぐ捨てましたよ」
実際は、喰わされて激怒した花音が、俺のポケットから勝手に抜き取って近所のドブ川に放り込んだのだが。
「まぁ、これも運命だろうから仕方がないな……今までいろいろ罪深い行いをした罰だ……君の奥さんの件は、本当にすまなかった……」
「エロンゲーションのことなら許しますから!
だから勝手に死なないで下さい!」
「いや、私はそれ以外にも非道なことばかりしてきたんだよ。
詳しくは、私が死んだあと、高峰先生に聞いてほしいが……」
話し続ける司令の唇からは赤いものが流れ落ち、顔面はどんどん土気色になっている。
駄目だ、もう助からない。
俺は、死神が黒い翼を広げ、ついそこまで舞い降りてくるのを肌で感じ、追い返そうと無意識のうちに手で振り払った。
助けてパトラッシュ!
「いいからもう、喋らないで下さい。
くそ、誰か早く来てくれーっ!」
この期に及んでも、客席からもスタッフからも、誰も応援に来てくれない。
確かに周囲はえらいことになっており、下手に近付きたくないだろうし、これがイベントの一環だと信じ切っている人々も多いようで、手を出しにくいのは分かるが……。
しかし俺は現在素っ裸で携帯電話も持ってないから、救急車も呼ぶことが出来ないんだよ!
と思ったら、会場の隅から、黒光りする剣を握った少女が、十傑衆走りをしながら接近してきた。
いわずと知れたユミバちゃんだ。今まで潜んでいたのだろう。
でも、戦闘は終わったというのに何故刀を!?
「ヌーディストビーチマン気を付けて! 奴はまだ生きている!」
「えっ!? って誰がヌーディストビーチマンだこら!」
と怒鳴りつつも、俺は瞬時に理解した。
彼女は名実ともに危ないおじさん状態の俺の本名を群衆の前で呼ぶのが忍びなく、急遽考案した偽名を付けてくれたのだろう。
なかなか気の利くお嬢さんだ……って敵だって!?
そういえば、誰かがぶつぶつと呟いているような……。
「い、嫌だわぬ……こんなところで死にたくないわぬ……」
なんと、意識を失った花音に纏わりついている触手の残骸が、まだ先端の口(?)を動かしていた。
いかん、司令に気を取られ油断していた。
「こうなったら、ユミバちゃんじゃなくてもいいから、この子の身体を……乗っ取るわぬ!」
「や、止めろーっ!」
俺が叫ぶと同時に、牙突の構えの花音ちゃんが、大ジャンプして触手に剣先を突き立てるも、簡単に弾き返され、吹き飛ばされる。
「うがぁっ!」
彼女は、とてもアイドルとは思えぬ叫びを上げ、観客席に叩きつけられた。
だが俺は、悪いけれど彼女の心配をするどころではなかった。
逆転勝利を確信した触手は嘲笑しながら、胸元からするすると我が愛娘へと侵入を開始する。
「花音ーっ!」
俺の絶叫も空しく、恐るべき魔物は、先っぽまで完全に花音の肉体に埋没した……と思ったその時、
全ては光に包まれた。