第六十三話 オヤジの歌を聞け!
「司令!? ま、まさか……!」
『そうだ、私が奴に直接触れ、エンジェルズ・エプロンを作動させる!
最早それしか道は無い!』
「で、でも、どうやって接触するんです!?
あの怪物は空に浮かんでいるんですよ!
もし俺が司令を運んで行ったとしても、ワープで逃げられるに決まっています!」
『こう考えろ! 敵に知性があることを逆利用するんだ!
さっきから見ていると、やっこさんは変な歌ばかり歌っているが、ひょっとしてコミックソングが大好きなのではないか、ユミバちゃん?』
『そー言えば確かにそうだよ! わぬわぬは収録が終わった後も、カラオケに行くのが趣味で、しょっちゅう無理矢理連れて行かされたよ!
彼だけじゃとても店に入れてくれないからね!』
ユミバちゃんが貴重な個人情報を流出してくれる。げに?
『ちょうど観客たちも異変を感じてざわついてきたし、ここで私が一曲、盛大に歌って、皆を鎮め、奴の注意を引きつけてやる。
あいつの好奇心を最大限に刺激してな!』
「そんな、木の幹に蜜を塗ってカブトムシをおびき寄せるように上手くいきますかね?」
さすがに俺も、かなり行き当たりばったり過ぎる司令の作戦に、不安を覚えた。
『こればかりはやってみないと何とも言えん。
しかし、可能性はゼロではない筈だ』
「でも、司令の身の危険を考えると……」
「そろそろ五分経つわぬ~。まずはこの子のどこを切り落とすかわぬ~?
すべすべな右手からぽとりといくわぬ~?」
「パパーっ!」
小田原評定を続ける俺たちに対し、上空から無慈悲な声と金切り声が降り注ぐ。
俺の脳裏に、視界の片隅でバラバラ死体と化した哀れなペドプロデューサーの最期がよみがえる。
あの触手は鋭利な刃物のように人体を切り裂くことも出来るのだ。
「か、花音!」
『もう迷っている時間はない。行くぞ!』
言うが早いか、先程から最前列に居座っていた司令は、観客を押しのけてステージによじ登ると、一息吸い込んで、まるで他所の忘年会のカラオケ大会に飛び入り参加した、通りすがりの酔っ払いの如く、……歌を、歌い出した。
「昔々のその昔 栗取り爺さんがおったとさ
ある朝西瓜を食べ過ぎて 身体に臭いが染み付いた
栗取り 西瓜臭い
栗取り 西瓜臭い
クリトリ スイカクサイ!」
「な、何だ、この歌は!? てかこの人誰!?」
「これはもしや……伝説の放送禁止指定楽曲とやらでは?」
「いや、既にその制度は廃止されたと聞くぞ!
それにしても、なんて心に染みる歌詞と曲だ……」
「ああ、まるで自由だった幼いあの日に帰ったかのようだ……」
騒ぎ始めていた会場の客たちが、ふと動きを止め、司令の歌に耳を傾け始めた。
皆、戸惑っているようだが、さすがはこんなキワモノ感満載のイベントに来ている精鋭揃いだけはあり、すぐにハーブソングのとりことなり、徐々に称賛の声が高まっている。てか、皆ノリ良過ぎだろ!
そもそもこれって俺がいつも夜中に花音に歌ってやっているオリジナルソングの「栗取り爺さんの奇妙な冒険」で、先程司令に伝授してやったんだぞ!
なんか羞恥プレイを受けているようで、とっても恥ずかしいわ!
『さすが司令! あたしたちにできない事を平然とやってのけるわねッ。 そこにシビれる! あこがれるゥ!』
「いいからお前は休んでろ、羊!」
『でも、ほら見て、太郎ちゃん!
あのはらわたボンバー野郎まで、歌に集中してるわよ!』
「えっ!?」
羊女に促されて視線を上に向け直すと、確かにわぬわぬの方向がさっきと異なり、ステージの中央を注視しているようだった。
また、泣き叫んでいた花音の声もぴたりと止まり、急に真空地帯が上空に出現したかのようだった。
これはひょっとすると……成功か?
「いいぞ、司令! そのまま続けて!」
遠くの角刈り頭が小さく頷いたかと思うと、曲は二番へと進行していった。
それにしてもアカペラでよくやるもんだ。
「くっ、声が小さくて、ここまで上手く歌詞が聞き取れないわぬ!」
舌打ち(?)と共に、魔の影が動いた。
触手が移動するタコのように一方向になびくと、いきなり下降を開始した。
遂に獲物が針に引っ掛かったのだ。
花音を切断することも忘れ、好奇心に引きずられて、司令目掛けて一直線に向かっている。
さすが感情の権化、エロンゲーション。
「司令、気を付けて! 奴が来ます!」
そんな俺の注意などお構いなしに、司令の熱唱は続いており、歌は早くも三番に突入した。
会場は謎の盛り上がりを見せ、降って湧いた小太りの角刈りオヤジに対し、手拍子を叩いたり、エールを送ったりしていた。
お陰で聞き取りにくさは更に悪化し、歓声で難聴になるかと思ったほどだ。
「せめてマイクを使うんだわぬ! このド素人め!」
「危ない、司令! 避けてーっ!」
次の瞬間、俺の絶叫にも関わらず、微動だにしない司令の身体を、馬上の騎士のランス攻撃もかくやという速度で、無数の触手が貫いた。
腹に手を当て歌声を張り上げていた司令は、想像だにできない苦痛の中、うめき声の代わりに、はっきりとこう呼ばわった。
「エンジェルズ・エプロン!」