第五十九話 駐車場、下痢便に染めて
「花音、待ってろ! 今すぐパパが助けに行くぞ!」
電動ドリルで穴を開けられるような胸の痛みに耐えつつ、俺はOBSの左乳首を引っ張り、上昇からやや下降に転じた。
機体の臀部及び発射地点はどえらいことになっていると推測されるが、そんなことは些細な問題だった。
今は一分一秒を争う時だ。
間近の会場に行くだけなのに、垂直離陸のせいで操作手順がいつもとはやや違い、もどかしさを覚える。
こういう時こそ、背中のファティマ的存在がいれば、とても楽なのに……。
両の乳首周辺がスカスカしていることが、こんなにも心細いとは想像だにしなかった。
ああ、早く行かなきゃいけないというのに……。
『あ~ら太郎ちゃん、まだこんな所にいたの?
じゃぁ、あたしが先に小悪魔ちゃんを救出しちゃうわね~』
「ひ、羊女!? お前も来たのか!?」
なんと俺の後方から、聞き慣れた風切り音と共に、ブリブリブリブリという脱糞の凄まじい轟音が迫ってくる。
俺は耳を塞ぎたくなったが、生憎操縦中のため無理だった。
『あたしも太郎ちゃんを見習って、垂直離陸しちゃったのよ~ん。
確かにこれだと後片付けが大変だけど、単独でも出撃出来て便利ね~』
「ありがたいけど、あんた弱いんだから足手まといになるなよ!」
『んま、ひっどーい! あたし明日から本気出すわよー!』
「いや、今出せよ!」
『冗談よ冗談。今日は舐めプなんてしている場合じゃないから、速攻で倒すわよ!』
「あっ、本当に先に行くなよ!」
羊女の操縦するOBSは、俺を通り越すと、滑るようなマニューバを見せながら、会場へと向かっていく。
俺は少々不安になるも、とにかく後を追った。
「な、なんだ、あの空飛ぶ裸の変態オヤジたちは!?」
「あれって確か、ニュースで見たことあるぞ!」
「きっと肉襦袢よ。ほら、紅白であったじゃない」
「それにしてもどういった演出なんだ? 戦闘ものか?」
客席からは困惑した声が聞こえてくる。
すいません皆さん勘違いさせて。
俺は何も悪くないんです。
『お、ようやく来たか!』
「司令! 花音は無事ですか!?」
『見ての通り現在はまだ元気だ。奴と一緒に歌なんぞ歌っておる』
確かに、俺の前方のステージには、わぬわぬのなれの果てと、それに絡みつかれた花音が、「しょくしょくしょくしょくしょくしゅっしゅ!」と声を合わせている。
親の心子知らず。
「良かった……でも、何故締め付けたりしないんだ?」
俺は心底ホッとすると共に、ふと泡のように湧いて来た疑問を口にした。
まさか子供が好きだからとかいうわけじゃあるまいな?
『私にもわからん。それより奴の攻撃に気を付けろ。そろそろ攻撃範囲に入るぞ』
「ぬをっ!」
司令が言い終わるや否や、触手のうちの数本が蠢いたかと思うとぬるぬると伸び、空中の俺たちに向かって槍のように突き刺してきた!
『来たわねー、でもそれくらいは予想済みよ!』
珍しくやる気の羊女の言葉通り、彼の乗ったOBSは、半円を描くような華麗なバレルロールで、見事に刺突攻撃を避ける。
一体どうやって乳首を操作しているのかは謎だが。
それにしても今日は肛門痛は大丈夫なのか?
「羊女め、意外とやるな。でもバレルロールはやめとけって……よし、俺も!」
彼を足手まといよばわりした以上、こちらも負けてはいられない。
襲い来る魔の穂先を、俺も今までの戦闘で培った乳首さばきで、右に左に避けまくる。
触手の動きは速いとはいえ、おっぱいおばけのレーザービームほどの速度はないため、俺単独でも見切ることは可能だった。
もちろん、二機ともエンジェルズ・エプロンは展開済みだったので、たとえ当たってもダメージは少ないとは思われたが、念には念を、だ。
『早くウロ・シュートを奴にぶっかけろ!
あれなら花音ちゃんには無害だし、動きまわっていない今がチャンスだぞ』
「は、はい!」
『あ~ら司令、あたしはとっくにスタンバってるわよ~、んじゃ、お先に失礼~』
何時の間にやら尿道カテーテルを自分のOBSのOTに突っ込んでいた羊女が、管の先端を舞台中央に向ける。
出鼻をくじかれた俺は、癪だがここは、彼に任せることにした。要は勝てば良いのだ。
『いざ、ウロ・シュート!』
高らかな掛け声を合図に、雲間から差し込む日の光を受けて黄金色に光り輝く液体が、触手の塊と幼女に降り注ぐ。
毎度思うが凄まじい構図だ。
俺の中の倫理委員会が抗議してくるが、これは尿ではなく兵器なので、国際法でも認められると、俺の中の傾奇者軍団が言い返し、うやむやになった。
だが、金のシャワーがわぬわぬに触れようとしたまさにその時、再び視界がぐわんと音を立てるかのようにひずみ、怪物と娘は姿をくらました。
『あら、しまった! 逃げられたわ!』
「畜生、またワープか! 何処に行った!?」
俺たちのうめき声が木魂する野外会場で、観客の皆様は盛大な拍手を送りやがった。やめてくれ!