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第五話 エンジェルズ・エプロン

「うう、もうお婿に行けない……」


「パパ! 前! 集中!」


「わかってるよ、花音」


 現在俺は、とても人前にお出し出来ない姿で、日の光を直に受け、公衆の面前に晒されている。


 その状況を説明するのはとても困難だが、要するに、県道をかっ飛ばしているハイエースの屋根の上に、先程の羊女と同じ格好、つまりグラサンとマスク以外は全裸の状態で、両膝を曲げて腹ばいになったOBSの上に抱っこ紐でおんぶされており、更に俺の上には、これまた抱っこ紐で花音が背負われているという、親亀子亀孫亀状態になっていた(ちなみに花音はちゃんと服を着ている……パンツ以外は)。


 司令のツナギの中には俺の分どころか予備の抱っこ紐まで入っており、こうやって活用した、というわけだ。


「しかし、本当に起動しちまうとは……おえっぷ」


 先程感じたナメクジにも似た分厚い唇の生々しい感触が口元に再現されそうになり、俺は慌てて頭を振って忌まわしい記憶を振り払った。


 まったく、飲み会のバツゲームじゃあるまいし、男とキスさせられるハメになるとは……。


 だが口づけの瞬間、ライトグリーンの光輝に包まれ、OBSがぱっちりとつぶらなお目々を開いたことは疑いようのない事実だった。


 これはいい加減腹を括らねばならないのだろう。


「糞親父! 前前前! ボケ! カス! 若年性認知症! 早漏!」


「わわわわかってるって、花音! 


 女の子がそんな下品な言葉使っちゃいけません!」


 負った子に注意されつつ、俺は意識を前方へと向けた。


 サングラス越しの世界はどういう原理か別に黒っぽくならず、裸眼視同様の色彩だったが、青空や街並みの風景と重なるように、様々なウィンドウやゲージが視界中に点在し、あたかもゲーム画面の様だった。


 事前の説明によると、どうやら司令のヘルメットと同様のレインボーシステムとやらがグラサンにも装備されているらしい。


「すげぇな、確かにARだわこれ」


『ちなみに通信機能も付いておるぞ』


「ぅわっ!」


 いきなり耳元に司令のぶっとい声が飛び込んできて、俺は思わずのけぞり返った。


「驚かさないでくださいよ!」


『すまんすまん、動作確認したかっただけだ。


 ちなみにOBSのパラメータはどうなっておる? 


 こちらでも確認できるが、念の為見てくれんか』


「えーっと、この青い窓ですか?」


 俺は、視界中央下の、角刈り頭の上に開いているウィンドウをチェックした。


「Name:OBS-03、BP:161/95mmHg、HR:89bpm、BT:36.6℃、BS:210mg/dl……何ですか、これ?」


『うむ、BPは血圧、HRは一分間あたりの心拍数、BTは体温、BSは血糖値を表しておる。


 なんかちょっと高めの値が多いが、太っているし仕方がないだろう』


「なんでそんな健康診断みたいなデータばっかなんですか!?」


『体調管理は重要だぞ。ところでそこ、寒くないか?』


 正直言ってさっきから身体が震えるほど悪寒に襲われていた。


 そりゃ全力疾走する車の屋根に裸で乗ってりゃいくら初夏とはいえ尋常でなく体温が奪われていく。


 もっとも腹部だけはOBSの背中の脂肪と密着しているためか、ねっとりと暖かいが、なんか嫌だ。


「めっちゃ寒いですよ、裸ですし! 


 何とかならないんですか!?」


「クール! ジャパン! クーデレ!」


 花音がまたよく分からんことを背後から叫ぶ。


 お前は服着てるし、体温高めだから俺よりマシだろうに。


『そうか、さっきから全然バリア使用してなかったし、ちょっと涼しいのが好きなのかと思っておったよ』


「んなわけないでしょ! 


 で、どうやってバリアを使うんですか?」


『さっきマニュアルを見せただろう?』


「あんなもんろくに眼を通す時間もなかったし、数行しか読んでませんよ! 


 ヘルプ機能とかないんですか!?」


『あることはあるが、ONにするとひたすらうざい海洋生物が画面を蹂躙するがいいのか?』


「いえ、遠慮します。


 で、結局バリアはどうやって?」


『しょうがないな、一回しか言わないからよく聞けよ。


 まず、OBSの腹部に両手を回せ』


「あっ、はい」


 俺は、車の屋根を必死で掴んでいた手をそろそろと外し、大男の前面部に移動させた。


 幸いOBSの身体は車体とみっちりくっついているようで、これくらいでは走行中に放り出される心配はなさそうだったのでほっとした。


『次に、【エンジェルズ・エプロン!】と叫んでお腹を強く揉め! 


 それでバリアが発生する。


 ちなみに解除方法は同じく揉みながら【エンジェルズ・エプロン解除!】と叫ぶんだぞ』


「うっ、なんか魔法少女の必殺技みたいで恥ずかしいけど……」


「パパ! リラックス! リラックス! 平常心! 平常心!」


 背中がなんかやかましい。うるさいだまれ。


「わかったってば、花音! 仕方ないな……」


 俺は息を一つ吸って覚悟完了すると、両手に力を込め、だらんと垂れた汚い腹を思い切り揉みしだき、「エンジェルズ・エプロン!」と絶叫した。


 途端に身を切るような突風が弱まり、俺達の周囲に薄っすらと光る透明な膜状の力場的何かが出現した。


『エンジェルズ・エプロンはこのように風除けにもなり、物理攻撃のダメージを大幅に減少する。


 だが気体や液体は不完全にだが通過するから、毒ガスとかは防げんぞ。


 タッパーに楊枝で空気穴をあけたような代物だと思ってくれ』


「なんか捕まえられた昆虫になったような例えですが大体理解しました。


 ところでこれってずっと使用出来るんですか?」


『そうだな、結構長時間使用可能だが、使い過ぎるとOBSの血糖値が低下するから留意したまえ』


「血糖値ってMP的なもんだったんだ……しかしこのファンシーな名称はどうにかならないんですか?」


『ファンシー? 何を言っとるんだ? 


 天使のエプロンってゲイ用語でお腹周りの脂肪のことを言うんだぞ』


「知らねーよ、そんな豆知識!」


 俺は再び絶叫した。


 てかどんな状況でその単語使うわけ? 


「俺の天使ちゃんの天使のエプロンは最高の揉み心地だよ」とか言うわけ?


『怒るな怒るな、とりあえず今からOBSの操縦法を簡単にレクチャーするからよく聞きたまえ。


 お前はフライトシミュレーションゲームはやったことはあるか?』


「はぁ、多少はありますが……」


『なら話は早い。基本はあんな感じだ。


 まず、OBSの乳首に触れたまえ』


「ち、乳首ぃ!?」


 いきなり想定外の単語が飛び出したため、天使のエプロンで受けた精神的ダメージが吹っ飛んだ。


『ソフトタッチで頼むぞ。


 さて、飛行機には本来なら主翼と尾翼以外にも、補助翼エルロンやら方向舵ラダーやら昇降舵エレベーターやらフラップなどがあり、それらによって機体の動作制御をおこなっているわけだが、OBSは大幅に操縦の簡略化がされている。


 まず方向変化だが、右乳首を捻ると右に方向を変え、左乳首を捻ると左に方向を変える』


「なんか聞くだけでめっちゃ痛そうですよ」


『だからあくまで優しくな。


 次に機首の上げ下げだが、右乳首をひっぱると機首を上げ、左乳首をひっぱると機首を下げる。


 とりあえずはこれだけ覚えれば最低限なんとかなるはずだ』


「そんな操縦法じゃ優しくしようがないじゃないですか!」


『仕様だから仕方がない。


 ではまず、離陸からだ。今言った通りやってみたまえ』


「ちょ、ちょっと待って下さいよ」


 俺は脳内で今聞いたばかりの操縦法をおさらいした。


 えーっと、確か離陸のためには、機首を上げなければいけないはずだから、そのためには……左、だっけ?


「パパ! 逆! 逆! 死ぬ!」


「あ、花音、ごめん。機首を上げるのは右だったっけか、ハハハ」


 またもや花音に指導を受け、俺は苦笑いをした。


 俺が恐る恐る左乳首に手を伸ばそうとしたのを後ろからチェックしていたようだ。


 まったく細かいところによく気がつくお嬢様だ。


 彼女のおかげで、危うく地面に激突するところを救われた。


「ほんと、俺に替わって操縦してほしいくらいだよ」


「ナイスアイディア! パパ! 真似しる!」


「えっ?……ひぁんっ!」


 突如自分の右乳首をつままれ、俺は女の子みたいに悲鳴を上げてしまった。


 花音のやろうが後ろから手を突っ込んできたのだ。


「な……なるほど、お前のやる通りにやってみろってことか。賢いな、花音」


「イエス! アイムジーニアス!」


 背後の誇らしげな声に後ろを押されるように、俺は改めてOBSの右乳首に右手を当てると、親指と人差し指で思い切り引っ張る。


 よく映画で離陸時にパイロットが操縦桿を手前にぐっと倒すイメージで。


「!」


 急にOBSの身体がビクンと痙攣したので、つい手を離しそうになってしまった。


 こいつ、いっちょまえに感じてやがる? 


 ちょっと気になって背後を振り返ると、OBSの曲げた膝の皿の下あたりが、通常の人体では考えられないくらい突き出し、後縁部がやや上向きになっている。


 あれがいわゆる昇降舵に当たるわけか? 


 しかし本当にOBSって人間じゃないんだな……。


「糞親父! 前前前! 屑! チンカス!」


「だだだ大丈夫だ、花音! ちょっと後ろを点検しただけだって!」


 言い訳しつつ、俺も頭を起こして思い切り前方を見据える。


 徐々に、徐々にだが、身体がOBSごと浮かび上がって行くのが実感できた。


『そろそろ飛ぶぞ! 気合いを入れろ!』


「ラジャー!」


 ついにみりみりっという音とともに、OBSとハイエースとの密着部が剥がれ、軽い衝撃と共にOBSが空中に舞い上がった。


 いよいよテイクオフだ。

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