第五十六話 十年前。あの日オナペットに選んでいれば
『声優を食べ尽くしたシンコさん……というか彼女の大腸の化け物は、満足したのか先端からげっぷのような臭い息を吐くと、ふいに私の方に触手をもたげかけました。
失礼ながら尿失禁をしてしまった私は、いよいよ年貢の納め時かと覚悟を決めました。
しかしその時、触手が口を利いたのです。
おねえさん役を卒業する代わりに、これからは自分が着ぐるみの中の人となることを了承して欲しい、と。
そうすれば、私と彼女との関係を秘密にしておくし、特殊な能力でMHKの力になるし、何より私の命を奪わないと約束する、と。
そして、五年に一度、少女を、肉体維持のために生贄として捧げてほしい、と。
私には申し出を断ることなど出来ませんでした』
邪悪なはずの男の声が、心なしか力弱く聞こえてきた。
当時を思い出したのかもしれない。
だが、同情は全くできない。
『じゃあ、レイコちゃんは、あんたとの約束のせいで犠牲に……』
再び剣を青眼に構えたユミバちゃんが、吐き捨てるように呟く。
『ええ、その通りです。
アシッドタイプとなったシンコさんは、その後人を襲う真似はすることはあっても実際には食べず、うまいことわぬわぬを演じてきました。
しかし五年前、身体がボロボロになって崩壊寸前となっていた彼女は、レイコさんを新たな依代に所望したのです』
『そしてあんたは、その頃シンコちゃんの代わりに彼女と付き合っていたってわけ?』
『はい、レイコさんとねんごろな仲だった私は、シンコさんの時と同様に、卒業と別れを同時に切り出しました。
泣いて嫌がる彼女は、わぬわぬの中身になってほしいという私の提案に一も二もなく同意し、その場でわぬわぬに取り込んでもらったのです。
シンコさんの遺体に取り付いていた不可思議な者は、即レイコさんに移り住みました』
再び調子を取り戻した鬼畜プロデューサーは、ミイラ化したレイコちゃんの背後の骸骨を指し示す。
つまりあの白骨こそが、先々代おねえさん役のシンコちゃんその人だったのだ。
ユミバちゃんの依頼は、偶然にもめでたく解決してしまった模様だ。
俺って無力……。
『ざっとそういうことだわぬ。
ユミバちゃーん、みんなで幸せになろうわぬ~』
触手の群れが、おいでおいでをして、現役おねえさんを着ぐるみの内部に手招く。
『せっかくのお誘いだけど、お断りしとくよ、レイコちゃん、シンコちゃん。
今ここで死んでみせてくれ!』
彼女は一歩踏み込むと、神速でもって再び剣を触手目掛けて振り下ろす。
だが、弾力があり、更にぬるぬるした粘液で覆われているためか、着ぐるみの皮のようには切れず、剣はぼよんと跳ね返されてしまった。
『な、なんだって!?』
驚愕する彼女は、更に数回打ち込むも、何度やっても結果は同じで、傷一つつけることは出来なかった。
『けらけらけらけら~、無駄無駄無駄無駄だわぬ~』
『くっ、ならばこいつでどうだ!?』
ユミバちゃんは、ロングソードを握り直すと、柄をくいっと捻る。
たちどころに剣は再びカシャカシャと変形を開始し、先程のライフルとは全く違う形状の、何本もの銃身を束ねた、武骨な銃器が出現した。
『これは可変式M16自動小銃にっかり青江M134形態さ!
小型軽量化されており、秒間百発の弾を撒き散らすぜぇ~』
『それはもしや……ガトリングガンですか?』
それまで無言で観戦モードだったプロデューサーの眉が、僅かに上がる。
てかこいつの表情変化の観察俺には難し過ぎるわ!
もうちょっと分かりやすくして!
「そして何故貴様みたいなやつが、少女限定だけどモテモテ王国なんだよ!?」
「ちょっと、心の声がダダ漏れよ、太郎ちゃん! しっかりして!」
「おっとすまん、最近女性関係で碌な事がなかったもんで」
何故かつい羊女に謝ってしまう。
しかし何やら壮絶な展開になってしまった。俺は一体どうすりゃいいんだ?
こんな戦場かけつけて、何か助けられるのか?
『やめろ、すぐにその場から逃げるんだ、ユミバちゃん!』
急に、聞き慣れた声が、俺の耳元で響き渡る。司令だ。
全員に会話が聞こえるように、通信モードで彼女に語りかけたに違いない。
『し、司令さん!? 大丈夫だよ、今いいところなんだから、邪魔しないでよ!』
ユミバちゃんが、例のひそひそ声で彼に返す。
独り言だと思われたら、いくら敵さんの前でも嫌だろうからな。
『その化け物は剣やライフルやガトリングガンなんかが通用する相手じゃない!
今までの話を聞いて分かったが、まず間違いなく腸型のエロンゲーションだ!』
『えっ? なんだって?』
「!」
彼女がうっかりひそひそ声を忘れ、大声で返答する。
と同時に、俺も先程脳の片隅に引っかかっていたものの正体が分かった。
大腸モンスターの発生の仕方が、ネットで読んだ、エロンゲーションの出現方法とよく似ていたのだ。
「これは……出撃準備かな?」
久々に、俺のアンディとフランクじゃなかった両乳首が熱く疼くのを感じ、身が引き締まる思いがした。