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第五十五話 MHを返して下さい永野先生

『やれやれ、ついにばれてしまいましたか』


 能面の如きプロデューサーの口元が、僅かだが、初めてへの字に歪む。


『竹P! まさかあんたがレイコちゃんを殺したの!?』


『まだ死んでないわぬ、ユミバちゃん。ちょっぴり乾燥しちゃっただけわぬ』


 その能天気な言葉は、唇が消失したミイラの口からではなく、触手と化した大腸のうちの一本から発せられていた。


 どういう仕組みか分からないが、断端から空気を吸い込み、内部の襞を声帯のように震わせ、また空気を吐き出しているように見えた。


 あまりの気持ち悪さに、再び嘔気が押し寄せかけたが、現在胃に内容物は欠片も残っていないため、俺はぐっと耐えた。


『そうです。彼女はまだ生きていますが、そろそろ限界が訪れ、身体は朽ち果てようとしており、新たなボディが必要なのです。


 前の時もそうでしたが、どうやら五年が耐用年数のようでしてね』


『前の時もって……じゃあ、シンコちゃんもこうなっていたっていうの!?』


 抜き身を手にしているにもかかわらず、ユミバちゃんの声が恐怖で震えているのがよくわかる。


 明らかに相手に気圧されているようだ。


 無理もない、業界に入るきっかけとなった憧れの人物が、今まですぐそばにいて、しかもゾンビ状態だったのだから。


『どうせあなたにはここでわぬわぬの中に入っていただくわけですから、全てを包み隠さずお教えしましょう。


 その方がより納得出来るでしょうから』


 最早邪悪な意志を隠しもしないプロデューサーだが、態度は微塵も変わらなかった。


『……聞こうじゃないのさ』


 身体に冷や汗を滴らせながらも、女志士は果敢に答える。


『あれは確か今を遡ること十年前、当時駆け出しの新人プロデューサーだった私は、新婚ほやほやでもありましたが、先々代おねえさん役のシンコさんと少しばかり爛れたお付き合いをしておりました。


 何せようやく長年の夢が叶って、年端もいかない少女達と公に話が出来る立場となったものですから』


「く……腐ってやがる」


「まぁ、仕事には原動力がいるし、必要悪かもしれないわよ、太郎ちゃん」


「だからって悪過ぎるよ!」


「しーっ、話はこれからよ」


「……」


『しかし、楽しい時間は夢のように過ぎ去り、妖精の如きシンコさんにも番組卒業の時期が訪れ、私のストライクゾーンを外れたため、プロデューサー室に彼女を呼び、ここら辺で関係を終わりにしようと告げたところ、彼女は室内に飾ってあった、成人男性ほどもあるKOGナイトオブゴールド1/16スケール特注フィギュアの、男性器を模した実剣スパイドを抜き取り、雄叫びを上げながら、私の面前で、武士の如く割腹自殺を行ったのです。


 傷口から、彼女の内臓がうどん玉のようにこぼれ落ち、部屋は便臭に満たされました』


『何でそんなもん飾ってあったんだよ!?』


 ユミバちゃんが俺の代わりに突っ込んでくれた。いいぞ、その調子だ。


『バイブ代わりです』


「そういえばリンちゃんから聞いたことがあるわ。


 ガレキのKOGのち○こソードは、サイズ的に岡山フィギュア・エンジニアリングのエロフィギュアに突っ込むのに丁度良いって」


「おいっ!」


 俺の怒りのこもった突っ込みにも関わらず、酷過ぎる過去話は続いて行く。


『慌てて駆け寄ると、絨毯の血だまりの中にとぐろを巻いているシンコさんの腸から、何かが浮かび上がったように見えました。


 一時的にパニック状態にあった私の錯覚かもしれませんが、それは目の前にある彼女のはらわたとまったく同じもののように思われました。


 いわゆる二重視かと思って、つい目元を擦っているうちに、その幻のようにおぼろげな像は、吸い込まれるように彼女の体内に消えて行きました』


「ん?」


 俺は、彼の話に僅かな引っかかりを覚えた、どこかで似たような話を聞いたような気がしたのだ。あれは確か……。


『どこか大きな動脈でも傷付けたのか、出血は水道水のように止まらず、彼女の顔を覗き込むと、チアノーゼ状態の如く蒼白となっていました。


 実際瀕死だったと思います。


 もう助からないだろうと、私はほぼ確信しました』


『……まあ、実際大丈夫だったようには見えないけどね』


『どっこい生きてる着ぐるみの中だわぬ』


 多分その場にいるわぬわぬ以外の誰もが、「生きてねーよ!」と突っ込みたくなったことだろう。


『話を続けますよ。そこに、ノックもせずに部屋のドアを開け、着ぐるみのままのわぬわぬが、いきなり入ってきました。


 さっきのシンコさんの叫び声を聞き付け、何事かと飛び込んで来たのです。


 おっと、断っておきますが、昔のわぬわぬは、触手など何もなく、極ノーマルな、犬と狸の中間のような茶色い生物の格好でした』


『知ってるよ、コアなファンには、今のはアシッドタイプって呼ばれているんでしょ?』


「し、知らんかった……やっぱり俺はにわかなのか……」


 落ち込む俺など捨て置き、告白は進行していく。


『そうです。当時の操演者は、男のベテラン声優でした。


 彼が貴ぐるみを脱ごうと四苦八苦しているとき、突如シンコちゃんの大腸が意志を持ったかのように一斉に動き出し、頭を出した男性声優に絡みつき、穴という穴を犯しながら、そのままバリバリムシャムシャと捕食したのです』


『……』


「うごぶっ」


 俺は込み上げてくる胃酸をなんとか封じ込め、急場をしのいだ。

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