第五十四話 ジ○リ映画のおかげで触手とババアに目覚めた人は多いと聞く
『これはMHKの秘中の秘ですが、代々おねえさん役の方は引退後、じゅんぐりにわぬわぬの着ぐるみを着て、そのまま番組に出演し続けていたのです。
何しろ一番番組のことを理解していますし、これ以上の適任者はいませんしね』
竹之内Pは鉄面皮のまま、淡々と説明を続ける。
そこに感情を読み取ることは出来ない。
『で、でも、僕、着ぐるみの操演経験なんてまったくないし、こんなにたくさんのうにょうにょを同時に操れないよ!』
確かにユミバちゃんの言う通り、わぬわぬの体表を突き破ってイソギンチャクのように不気味にざわめく触手の数は、優に両手の指の数を上回っていた。
俺も以前はてっきりCGかと思ったほどだ。
『大丈夫です。簡単な準備をすれば、君にもすぐ出来ます。
少しでも君が夢中になれる触手を探しているのなら、一度着ぐるみに踏み込んでみませんか。
そこにはきっと、今までと別の触手世界が広がっています』
台詞のせいか、不審者のような巨漢が、一瞬、ファウスト博士を欲望の旅路に誘うメフィストフェレスに見えた。
『そうだね、竹P。僕もMHKに未練はあるし、やってみようかなって気持ちはあるよ。
だけど、まずわぬわぬの中を拝見せてもらえる?
本当にレイコちゃんが操っているかどうか、確認したいんだ。
かつて天才のこの僕を見惚れさせた、可憐な彼女が、醜悪極まる触手モンスターの中身だとは、この目で見るまで信じられないんだよ』
『それは……』
それまで、ぶっきらぼうながらも流暢だったプロデューサーの滑舌が急に悪くなる。
しばしの間を置き、言葉を選ぶように、慎重に彼は話を再開した。
『出来ません。彼女は現在汗だくで、酷い恰好ですから。
でも、私がはっきりとレイコさんだと保証しますよ』
『ふーん、あくまでここでは見せられないってわけか……じゃあ、悪いけどこうさせてもらうよ!』
ユミバちゃんは喋りながら、小脇に挟んだままのM16自動小銃のチャージングハンドルを器用に操作した。
たちどころにライフルはカシャカシャと音を立てて、合体ロボットのように変形し、刀身まで真っ黒な一本の長剣が手元に出現した。
「な、なんだありゃ?」
「ガン=カタだかガン=ソードだかってやつかしら?」
驚く外野の俺たち二人を尻目に、彼女はわぬわぬに正面から対峙すると、黒光りする剣を青眼に構えた。
何この時代劇的展開!?
『そ……その玩具は一体何ですか?』
『どうしたんだわぬ!? 洗脳闇堕ちしたのかわぬ!?』
『別に気は確かだよ。この可変式M16自動小銃にっかり青江は僕の特注品でね、ガンスミスのデブ・ マッカートニーに大金を積んで、こうやって弄ることによって瞬時にライフルからロングソード形態に変形できるように作成してもらったのさ。
ちなみに切れ味は抜群だよー。
では、いざ尋常に、勝負! キエーッ!』
言うが早いか、女剣士と化した彼女は、裂帛の気合いを発しながら、真っ向からわぬわぬを唐竹割りにした。
『痛いわぬ!』
いつも通りのテンションで、わぬわぬが叫び、着ぐるみの表面が真っ二つに切り裂かれた。
まるで墓穴を連想させるような暗がりの中から、触手の海に浸かった人影が、蛍光灯の明かりの下、姿をさらけ出す。
『レ……レイコちゃん、なんてこと……』
「ぎゃあああああああああ!」
「あらあらあら、ネクロフィリアねー」
ユミバちゃんの視界を通して俺の網膜に送り込まれてきた画像は、直視に耐えないおぞましいものだった。
左右をお団子に結った髪型の少女……と思われる、ほぼミイラ化した小柄な亡骸が、そこにあった。
目は落ちくぼみ、頬はこけ、歯は剥き出しになり、面影はほとんどないが、言われてみれば、なんとなくレイコちゃんを激痩せさせた顔に見えなくもなかった。
着ているものはユミバちゃんとよく似ているが、粘液でべっとりで、ボロ布化し、元は何色だったのかは、もう想像もつかない。
特筆すべきは横に大きく裂けた腹部で、そこから蛇のような小腸や大腸が縦横無尽に這い出し、波打っていた。
これこそが、わぬわぬの触手の正体だったのだ。
更に奥の闇の底には、はっきりとは視認できないが、骸骨がいらっしゃるようだったが、もうそれ以上俺は何も見たくなかった。
俺は一旦瞼を閉じると、瞬時に車窓を開け、「おげええええええ!」と勢いよく外に向かってリバースした。
羊女が無言で優しく背中をさすってくれたが、逆効果だったため、俺は更に嘔吐を追加した。