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第五十三話 いつの間にか自分のペンネームの意味が変わっていることってあるよね

『んもー、竹之内Pったら、まーたデクたん操演してたの?』


『すいません、驚かせようと思いまして、マイプッシーキャットさん』


 大きな切り株を模した台の下から、スーツ姿の二メートル近い大男が、茶室から出てくる茶人の如く、身体を折り曲げた苦しそうな姿勢でにじり出て来た。


 年の頃は俺と同じぐらいだろうか、カピバラみたいな頭髪をした仏頂面の強面で、俺よりはるかにボディガードに向いていそうだった。


『ねー、そんなことより奥さんとはもう別れてくれたの?』


「おい!」


 突然ユミバちゃんが娼婦のような猫撫で声を出して恐ろしいことを口走ったので、こっそり聞いているにも関わらず、俺はいつもの癖で突っ込んでしまった。


『現在調整中です』


 竹之内Pと呼ばれたモアイのような男は、無愛想にそう答えるだけだった。


「太郎ちゃん、テレビ業界の闇は、あたしたち一般人は触れない方がいいのよ」


「だからってかなりの犯罪臭がするよこいつらの会話!」


『しょうがないんだよ、この竹之内プロデューサーはペドフィリアっていう疾患で、胸がモロ平野の女性しか愛せない病気なんだから』


 ユウナちゃんが、超音波的超ひそひそ声で、俺たちにこっそり話しかけて来た。


 それにしても夏の野菜が何だって?


『うーん、お熱いわぬー! わぬわぬも思わず粘液が垂れてきそうだわぬー』


『すててこい!』


 急にユミバちゃんの声色が急変し、わぬわぬに裏拳が入った。


『痛いわぬ!』


 くぐもった声で、邪神の使いのような魔物が呻く。


『わぬわぬは大事にして下さい。我が社の宝ですので』


『ていうか臭いし汁出すし時々卵産み付けられそうになるし淫紋浮かび上がらせようとするし、普通に嫌なんですけど!』


『お願いします。私は君たちを失うわけにいきません』


『んー、しょうがないなー、竹之内Pのお願いなら聞いてあげるよー』


『有難うございます』


 敬語で喋りながら深々と頭を下げる長身の男の姿に、「プロデューサーってのは本当に大変なんだなあ」と俺は感服した。


『で、何か僕に大事な用事があって呼んだんじゃないの、チープロさん?』


「なんかチーカマみたいだな……」


「しーっ、太郎ちゃん、大事な話が始まるみたいよ」


 羊女に注意され、俺は口を噤んで、傍受作業に集中した。


『まずは十二歳のお誕生日おめでとうございます、ハッピーバースデー、ユミバさん』


『はは、面と向かって言われると、ちょっと照れ臭いね、でもありがとう、竹P』


 少女が、歳相応の声で、照れたように笑った。


『だけどサプライズパーティーをしようって感じじゃないよね』


『はい、もっと大事な用件です。君は、十二歳になったらどうなるのか、本当に分かっていますか?』


『この番組をクビになるんでしょ? それくらいはわかってるよ。


 もう次の子も決まってるんでしょ?』


『はい、シュウコちゃんといって、視力が不自由ですが、脚技の得意な方です』


「なんで戦闘技能が必要なんだよおねえさん役!?」


「太郎ちゃん、静かにしなくちゃ駄目でしょ」


「……」


 俺は貝になった。


『別に文句を言うつもりはないから安心してよ。


 竹Pとあまり会えなくなるのは寂しいけど、僕には犬がいっぱいいるしさ』


 末恐ろしいお子様はそう言うと、竹之内プロデューサーの腰辺りをバンバン叩いた。


『君は本当にそれでいいんですか? 


 一度番組を降りてしまえば、テレビに出ることすらかなわなくなるかもしれませんよ。


 MHKは自分のところで育てた子飼いの俳優が、他所で活躍することをあまり好みませんから』


『そんな都市伝説みたいなことが本当にあるの?』


『それは実際に卒業してみればわかることです』


 徐々に大男の声が冷たくなっていき、室内に緊張が走る。


『……僕にどうしろっていうのさ?』


『これからも、続けて番組に出演するつもりはありませんか?』


『ええっ!?』


「なんだって!?」


 ユミバちゃんと同時に、俺も驚きの声を上げていた。


『どうやったらそんなことが出来るんだよ!? 


 おねえさん役を二人にでもする気!?』


 小柄な彼女は、自分よりも五十センチ近く高いプロデューサーに対し、ライオンに立ち向かうラーテルの如く、果敢に詰め寄って行った。


『よく考えてみて下さい。この私のようなものでさえ、こっそりと出演することが出来ました。


 ましてや君のような少女なら、いくらでも方法があります。


 実際に、今までの歴代のおねえさん役の方々は、交代後も、ずっと番組に出続けていたのですよ』


『ま、まさか……』


 彼女の視線が、プロデューサーから、隣に立つ醜悪な物体へと移動していく。


『あらー、ばれちゃったかわぬー』


 わぬわぬが、触手の一本を使って臀部らしき箇所をぽりぽりとかく。


『その仕草は……本当にレイコちゃん!? レイコちゃんなの!?』


 最早一切の取り繕いを放棄したユミバちゃんが、泣きそうな声で、さっきまで罵倒していた相方に呼び掛ける。


『ええ、ユミバさんには、今度から彼女の代わりにわぬわぬの中の人になって頂きたい。それが君をお呼びした用件です』


 まったく表情の変化を見せない大男の顔が、一段と厳めしくなったように俺には思われた。

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