表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/190

第五十話 ヤ○トのワープシーンは当時最高のオカズだったそうな

 俺の新たな依頼主とモンスターが、視線を向けた先に顕現していた。


 前者は、番組中で着ている、肩に白いファー付きで、花のアップリケをあしらったピンクのタートルネックのシャツと、白いボンボンレースで縁取られた、ピンクのハーフパンツを身に纏い、可愛い髪止めでツインテールに結んだ、ロリコン心をくすぐるだろうと思われる格好。


 後者は、これまた番組と同じ、人間の大人ほどの背丈の、ボロボロの茶色い、何の生物だかもわからない毛むくじゃらの着ぐるみで、ところどころに穴があき、中から粘液に塗れた触手を、蛇のようにうねうねと動かしていた。


「ユミバちゃん! わぬわぬ!」


「こ、こら、花音! 失礼でしょ!」


 崇拝する偶像の出現に狂喜乱舞した花音が、俺の陰毛を握りしめたまま、彼女らに突進していくため、慌ててワンピースの襟首を引っ捕まえた。


 仮にも依頼主だし。


「相変わらずくっさい部屋だねー、ここ。


 ま、こいつほどじゃないけどさー」


 ユミバちゃんが、隣の深淵の者としか言いようのない生物を、拳で普通にド突く。


「いたいわぬ!」


 どう見ても痛いとは思えない程度の力だったが、怪物がくぐもった声で抗議する。


 テレビ通りのやり取りだ。それにしても……。


「ど、どうやって現れたんだよ!? 


 三階にいたんじゃなかったのか!?」


「だから言ったでしょ、ワープしたんだよー」


 天才小学生は笑みを浮かべたまま、さも当然のようにSF用語を発する。


 そんなもんスーパーアイドルだって使えんぞ!


「こんなのはただのトリックさ。隠し扉を通ってきたんだ。私にはすぐにわかったね」


 何とかめまいから立ち直った司令が、さっきまで目をつぶっていたくせに、いいかげんなことを話す。


「違うよー、ま、信じてくれなくてもいいけど。MHKの超技術なんだけどね」


 彼女は口を尖らせ、アヒル状態になるも、実際そんなに怒ってなさそうだった。


「で、さっき言ってた、ボディガ-ド以外にもオプションで頼みたいことってのは一体なんだ? まず、話を聞かせて頂こう」


 気を取り直した俺は、ワープ云々は一旦置いておき、改めて依頼について切り出した。


 とにかくこの汚部屋からさっさと出たかった。


「別に、大した用件でもないんだけどねー、実は僕、今度の『わぬわぬわぬだーらぬど』が終わったら、『たかいたかいだぁっ!』から卒業するんだ」


 ユミバちゃんが、MHKのトップシークレット事項を、事も無げにさらっと口にする。


「「ええっ!?」」


 当然、俺及び花音はショックを受けて、その場に固まった。


 それは困る。最近野菜系の嫌いなものは食べてくれない花音を食事中なだめすかせるのに、この番組は、我が家の食卓には欠かせない存在になりつつあった。


 彼女がいなくなれば、俺はどうやってモンスターベイビーと戦えばよいのだ!?


「仕方が無いんですよ。『たかいたかいだぁっ!』の歴代のおねえさん役の子は、十二歳になったら、交代するのが通例ですから」


 マニアックな知識に詳しい我らがエロ軍師が、すらすらと説明してくれる。さよか。


「そーゆーこと。僕も、来月誕生日なんだよ。


 悲しいけれど、これ伝統なのよねー」


「そうか、しばらくユミバちゃんロスになりそうだよ、俺たち……」


 これは本心だった。何しろ花音が生まれてから、二年近くもお世話になっていたのだ。


 親の方がむしろ残念に思ってしまいそうだ。


 周りの柱の男達も、さっきからの会話に反応し、嗚咽しているように聞こえる。


「そういう視聴者の人って多いらしいけど、何でも惜しまれているうちに終わるのが花っていうしねー。


 先代も先々代もそうだったらしいよ。でもね……」


 今まで天真爛漫だったユミバちゃんの声に影が差す。


「ひょっとしてあの都市伝説ですか? 


『たかいたかいだぁっ!』でおねえさん役だった子供たちは、その後二度とテレビに出演しないっていう……」と再び竜胆君。


「君よく知ってるねぇ! その通りだよ。その噂は本当なんだ。


 実際に、先々代のシンコちゃんも先代のレイコちゃんも、番組引退後は、テレビどころかどのメディアでも姿を見かけないんだ。


 そして、彼女達は、十二歳の誕生日直前に、『わぬわぬわぬだーらぬど』に出演した後、唐突に行方をくらましているんだ。


 それぞれ、十年前と五年前のことだけど、これは確かな筋から掴んだ情報だよ」


 ユミバちゃんが興奮して、一気に捲し立てる。


 心なしか口調まで大人っぽくなっている。


「単に不人気になって干されただけじゃないのか?」


 俺は彼女をなだめようと努力した。


「呆れたよ、探偵さん。シンコちゃんやレイコちゃんの当時の人気振りを知らないわけ? 


 僕がこの業界に飛び込んだのも、彼女たちに憧れたからに他ならないんだ」


「すいませんにわかなんで全然知りませんごめんなさい」


 何故か俺は卑屈に謝った。この子、業界人だけあって、オーラ力が一般人と比べて段違いだ。


「ま、といわけで、探偵さんたちには、僕の護衛と共に、彼女たちの失踪の真実を探って欲しいんだ。


 前金として、全員分のチケットを用意するよ」


「……」


 俺はしばし黙考した。確かに昔の番組の再放送以外でおねえさん役の子たちをテレビで見た事はないし、気になるところではある。


 ただ、失踪したとしてもかなり昔の話なので、解明するのは難しいだろうと予測された。


 でも、彼女の気持ちを考えると、ちょっと捨て置けない案件だ。


 チケットの恩もあるし、ここは手を貸してやろう。


「わかった。依頼を引き受けよう。皆も協力してくれるか?」


「触手もの好きの僕としては、喜んで助力しますよ。


 幼女もの好きの師匠も、当然でしょう?」


「ああ……」


 竜胆少年の声に、少しばかり気力を取り戻したチクチンが、力なく頷く。結構しぶといな、こいつ。


「さっきはちょっとイラついちゃったけど、今日の趣向自体はとっても楽しかったし、あたしも是非参加するわ」と羊女もが続く。


「皆が加勢するっていうなら、私だけ加わらないってわけにもいかんな、というわけで、よろしくお願いいたします」


 司令も深々と頭を下げる。


「皆さんありがとー! 今日は前祝いにここで宴会だよー!」


 ユミバちゃんが手を叩くと、いつの間にか姿を消していたドブとサブが、大量の刺身の桶を運んできて、壁際の裸の男達の身体に貼り付け始めた。


「あら素敵、男体盛りじゃないの!」


「何故にーっ!」


 耐えられなくなった俺は、声を張り上げ、異臭渦巻くタコ部屋を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ