第四十九話 ユミバ降臨
「ど、どうして自分がリビドーモンスターだとわかったんですか?」
今まで慇懃な態度を崩さなかったブリーフ一丁のサブが、初めて動揺を見せた。
声を震わせ、視線を宙に彷徨わせ、身体からは冷や汗を滴らせている。
「何、簡単なことですよ。僕はこう見えてもエロ漫画家業に携わっているんですが、最近参考資料として、膣ゼリーというものを入手しましてね」
若武者の如き少年が、落ち着いた口調でまたも理解不能な単語を口にする。
「それって、あそこに塗ったら、おぼこでもたちまちサキュバスみたいになっちゃう、かの象コロリみたいなエロエロマジックアイテムなの?」
横から羊女がやや興奮気味に口を挟む。
お前はケツ穴にポステリザン軟膏でも塗っていろ。
「いえ、そんな発明したらノーベルエロス賞ものの人類の夢みたいな代物ではなく、極普通の医薬品ですよ。
これは産婦人科で男女の産み分けに用いられるものなんです」
すまし顔で少年が答える。
「どうやってそんなもの入手したんだよ!」
我慢しきれず俺も突っ込む。
「うちはクリニックですから、僕が無理を言って購入してもらったんですよ。
砂浜さんがぜひ欲しがっているって母を騙くらかして」
「おい、勝手に人を出汁に使うな!」
「ちょっと興味深いな。どのような薬なんだ?」
と、司令までもが首を突っ込む。
「最新の医学によると、膣内は通常酸性ですが、男の子を妊娠するためには、膣内をよりアルカリ性にした方がよいと言われ、そのためには女性の分泌液が多量に必要なので、十分なペッティングをしてからセックスする必要があります。
また、Y染色体を有する精子は、X染色体を有する精子の倍ほどもいるのですが、酸性下では死に易く、数をより多く増やすため、男性は数日間禁欲してから行うべきだと言われます」
「なるほど、それでアルカリ性にするゼリーを使うわけか!」
俺は思わず手を叩いた。しかし産み分けにオナ禁が重要だとは思わなかった。
「そういうことです。しかし、女の子を欲する場合は、あまり前戯に時間をかけず、精子を溜めずに行う方がよいとされます。
つまり、男の子ばかりのドブさんは、舐め舐めだけはマメですが、セックスの頻度自体はそれほど多くなく、全体的に淡白だと推測されます。
対して女の子ばかりのサブさんは、クリクリはおざなりですが、頻繁に事に及んでいる野獣だと想像がつきます。
あまりに連日だと、精子が薄くなり、奥さんもイク暇すら無くなり、疲れちゃいますからね」
「ブラボー! 惚れ直したわよ、リンちゃん!」
「す、すげえ! さすが現代のエロ孔明だ!」
俺はサイコ小僧の深すぎる性知識に、思わず称賛の声を送った。
それにしても。男女の産み分けという自然の神秘に、こんな下世話な原因があるとは不勉強にして知らなかった。
自分が花音をこさえたときはどうだったのかと、つい遡って考えてしまう。
少なくとも禁欲的ではなかったよな……。
そういや同じアパートの上の部屋で、子供が年中どたばたうるさい山田さんちは、女の子ばかり三人もいるが、あの人も毎晩ワイフとハッスルしてるんだろうか?
いかん、これから人を見る目が変わってしまう。
「こんな問題朝飯前ですよ。ちなみに、よく子供が男女どちらかに偏ってしまうと嘆く人がいますが、こういった点に注意すればいいのではないかとも言われます。
ま、他にも色々仮説はありますけどね。
で、どうです、サブさん、正解ですか?」
「……」
サブは無言のまま、右手にぶら下げたコンドームの袋を、勢いよく床に叩きつけた。
「わっ!」
鼓膜が破れそうな破裂音を立てて袋ははじけ飛び、中から白い液まみれの紙切れが一枚現れた。
そこには、「自分は性欲が抑えられない卑しいケダモノです 佐武爺面」という赤い文字がくっきりと記されていた。
どういう演出だよ!
「やったーっ!」
「イエーッ!」
「飛べ青い鳥!」
得意げにハイタッチを交わす竜胆少年とその他二名。
俺は遠慮させてもらったが、嬉しさを抑えられず、ついにやけ顔になってしまった。
「パパ! 顔! 引き締める!」
「痛い! 花音、パパのちん毛を毟らないで!」
何時の間にやら花音が、俺のスラックスのジッパーを降ろして、中のはみ出た陰毛を引っ張っている。
お守りにでもする気か?
『凄いねー、やるじゃん!
ここまで見事に正解した探偵さんは、かつていなかったよ』
天の声もいささか驚いているようだ。
「てか、このクイズ、他の探偵にもやってたんだ!?」
『というわけで、見事採用だよ。
じゃ、今からそっちに行くからねー』
「えっ? いや、俺達の方から行くけれど……」
『ワープ準備、完了!』
「おい! ワープって何だよ!?」
彼女が発した謎の単語に、俺は普通に突っ込んでしまった。
『5、4、ヒャア がまんできねぇ 0だ! ワープ!』
突如、まるでめまいに襲われたように、視界が歪み、左右と上下が逆転するような不思議な感覚に襲われた。
ちゃんと立っているのに、地に足がついてないかのように思われ、俺は軽い吐き気さえ覚えた。
「な、なんなんだこりゃ?」
「オゲーッ! 今朝、興味本位で食べた世界三大珍味の一つのホンオフェが、喉元まで込み上げて来ました……」
「朝っぱらから何てもの食べてんのよリンちゃん! 前言撤回するわよ!」
「皆、眼を閉じろ! 視覚に惑わされるな! 何か変だぞ!」
司令の声が、遥か遠くから聞こえるような気がする。
「おまたせー。改めて初めまして、ユミバだよー!」
「わぬわぬだわぬー!」
「は?」
いきなり耳元で、先程から機械越しに響いていた桃色ボイスが直接肉声として認識され、俺はふらつきながらも振り向いた。