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第四十三話 人生黒歴史

「というわけで、あたしはママにここで育てられたの。


 もっとも体験した出来事の記憶が無くても読み書きや一般常識などは覚えていたから、生活自体は困らなかったけどね」


 再び羊女が、タランチュラ女の話の穂を継ぐ。おかげで俺の突っ込みスキルは正常化した。


「ところで義理の家族だということは、どうやって知ったんだ?」


 俺は竜胆少年にもした質問を、羊女にもしてみた。


「きっかけは、ママと無性にア○ルセックスしたくなった時のことね。あたしは戸籍謄本を調べに市役所に……」


「ブルータスお前もか! もういいです! 大体分かったからそれ以上汚言を発しないで!」


 俺は必死で奴の妄言を遮った。てか、聞いた俺が迂闊だった。


 そもそもこいつはナチュラルボーンホモ野郎だった。


「なんか腑に落ちないけどまあいいわ。太郎ちゃんならわかってくれるかとは思ったけど」


 羊女が声を落とす。よく聞くと声音も俺によく似ていた。いつもは作り声を出していたのだ。


「お前って、わざと声を変えて喋ってたの?」


「あ~ら、ばれちゃった? っていうより太い声の方があたしってばセクシーに聞こえるらしいのよ。


色々試してみたけどこれが一番評判いいわ。声帯模写も得意よ。『ママも愛してるわ』」


「ターミネーターかよ!?」


「それより太郎ちゃん、お願いがあるの。高峰先生の払ってくれなかった三十万円を出してあげるから、そのかわり、調べてほしいの。あたしたち三人及び、チクチンの過去を」


「えっ、チクチンも?」


「あたしの勘では、OBS操縦者には、皆何らかのつながりがあると思うの。


 恐らく司令はそのことを隠している。そもそも何故ここX市に四人も適合者が揃っているのか、不思議に思わない、太郎ちゃん? 


 あたしはその謎を突きとめるため、司令によく色仕掛けを使っていたんだけど、なかなか口を割ってくれないのよ」


「あんたのあれ、色仕掛けのつもりだったのかよ!? てか、司令性癖ノーマルっぽいし、オカマじゃ無理だろうが!」


「だからこそ、太郎ちゃんに頼みたいの。どう、自分の過去を知りたいとは思わない?」


「……」


 俺は言葉に詰まった。正直言うと、俺もアルダ・サーナンがナイトフライト中に零した、


「皆さんは四人とも、とっても似通っているんデスよ」という文言を忘れたことは無かった。


「自分のことは意外によく見えないものデス。身体の動かし方や骨格、全体的な印象などが、まるで四つ子のように皆さん同じなのデース」


 と彼女は続けたが、今の羊女の告白により、俺達四人に何か秘密があるという疑惑は更に深まったと言えよう。


 もちろん、俺自身もそれを日の元に曝し、全てを明らかにしたいという欲求はあった。


 過去を持たない根なし草のような自分にとって、それを知ることは、生きる上での座標確認に他ならず、地面に根を張って堂々と人生に立ち向かえる力になり得るだろう。


 ただ、大切な家族が出来た今となっては、過去がよみがえることが怖いと思っているのも事実だ。


 仮にもしそれが知ってはいけないような、知るべきではなかったようなたぐいのものだったとき、俺は果たして耐えられるだろうか。


 俺の中には、とてつもない絶望が眠っているような気分に襲われることが、時々ある。


 このまま全てに蓋をして、愛するものと共に今を生きるのが、正しい道かもしれない。


「俺は……」


 口を開きかけた時、またもやスラックスのポケットの携帯が鳴り響いた。


「やれやれ、今日は電話が多いな。悪いが今の件は一旦保留だ」


 俺は残念なそぶりをしながら、羊女にそう告げると、携帯を取り出した。


 全く知らない電話番号で、D○M詐欺の悪夢が一瞬頭をよぎるも、皆がまじまじと注視しているし、渋々通話ボタンを押した。


「もしもし、どちら様ですか?」


 知らない番号からの電話に対し、自分から名乗るのは愚かなことだ。


「もしもし、『ビーチサイド探偵事務所』さんですかー?」


 やけに若い女性の声が、耳朶を打つ。


 綿あめのように甘い声優ボイスとでも言うべきか。


 そういやこの携帯の番号は、探偵事務所の広告ページにも掲載していたっけ。


 最近客が皆無なのですっかり失念していた。


「はい、そうですが、どちら様ですか?」


 冷やかしの可能性もあるため、声のトーンを1オクターブ落とし、慎重に話す。油断大敵だ。


「あれ、わかんない? フフッ」


 謎の女性が、まさに冷やかすかのように、小悪魔的に笑う。


 ちょっとむかついたが、言われてみれば、どこかで聞いたような声と口調だとは思った。一体誰だ?


「ユミバちゃん! ジーニアス! たかいたかいだぁっ!」


 携帯から漏れ聞こえる声を、興味深げに傍らで拝聴していた花音が、突如俺の手から携帯をもぎ取ると、大声でまくし立てた。


「せいかーい、こんにちは、ユミバだよ!」


「あっ、こら、花音! って、ユミバちゃんだって!? 本当に!?」


 慌てて携帯を奪い返した俺は、驚愕した。


 が、確かによくよく聞いてみれば、紛れもなく、天才小学六年生のユミバちゃんその人の声だった。


「本当だよ! 今日は、探偵さんにお仕事のお願いがあって、電話をしたの!」


「し、仕事!? 犬は何処だ!? 


 迷い犬なら、『たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む』っていう百人一首の中納言行平の句を書いて玄関に貼っておくといいそうですよ!」


 つい、気が動転して、訳のわからんことを口走ってしまう。


 いくら小学生とはいえ、そんじょそこらの一山いくらのアイドルよりも人気の、天下のMHKのユミバちゃんだ。


 受診料なぞ払ってもいないくせに視聴している肩身の狭い俺としては、恐れ多いにもほどがある。


「アハハ、犬捜しなんかじゃないよ。探偵さんって面白―い。


 来月僕、そっちで『わぬわぬわぬだーらぬど』の地方公演があるでしょ? 


 その時に、ボディガードをお願いしたいの」


 彼女は無邪気に笑いながらも、依頼の話を勝手に進める。


 そこには、何者も彼女を拒絶できないような力が感じられた。


「ボディガード!? 当事務所では、ちょっとそのような依頼は……」


「ありゃ、残念。引き受けてくれたら、公演チケットをいくらでもプレゼントするのに。


 所長さん、この番号でチケット申し込んで駄目だったんでしょー?」


 彼女の声の調子がやや低くなり、魔性を帯び始める。


「やりますやります何でもやりますぅぅぅぅぅ!」


 途端にプライドも人権も尊厳もかなぐり捨てた俺は、携帯に向かって這いつくばるように頭を下げた。


「ハハハ、じゃぁ、詳しい話は、明日、X市にあるMHK放送局に午前十時に来てしようね。


 助手さんを連れてきてもいいよ! まったねー!」


 彼女は苦笑しつつ、電話を切った。

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