第四十二話 顔面グラデーション
「おどろかせちゃってごめんなさいね、太郎ちゃん。でも、こうしないと伝わらないと思ったの、事の重大さが」
すっぴんのままの羊女が、俺に深々と頭を下げて謝罪する。
「べ、別にいいよ。ちょっとびっくりして魂が抜け出ただけさ」
俺は徐々に薄くなりつつある貴重な頭髪をかきながら、やつの頭頂部をマジマジと観察した。
まだ俺のように、ザビエル化する気配は微塵もなく、熱帯雨林のようにふさふさと生い茂っているが、素の顔面は、皺とかを除けば非常に俺に似通っている。
もし俺がもう少し若くて、もう少し痩せていれば、こうだったろうなという顔つきだ。親と子以上に近い。
だが、それと同時に、俺はもう一つの事実にも気付いてしまった。
彼の顔を更に一段階若くすると、なんとなくだが竜胆少年の顔にも似てくるのだ。
俺と竜胆少年の顔を比較しただけでは、年齢差や毛髪量などが邪魔をして、あまり接点は見えてこないが、その中間に羊女の顔を置くと、一続きの顔面グラデーションが完成するのだ。
これは一体どういうことだ!?
「気付いた、太郎ちゃん? あたしとあなたとリンちゃんの共通点に」
「ああ、とても信じられないがな……」
俺は呻くように答えた。想像もつかない悪夢が、俺達の背後に潜んでいるのが実感できた。
「そう、あたしたちは、三人とも顔がよく似通っているの。
もっとも、あたしってば恥ずかしがり屋さんだし、あまりすっぴんを人に見せたことないから気付かなかったでしょうけど」
「あんた恥ずかしがり屋さんどころか、いつもア○ルだのなんだの言ってるよね!?」
「そして、あたしたち三人は、皆十年前に、この近辺の砂浜を彷徨っていたの。
その後、あなたは警察に、リンちゃんは高峰先生に、あたしはママ……タランチュラ女に拾われたってわけ」
俺の突っ込みを華麗にスルーして、羊女は核心に迫った。
「おっと、そこから先は私がお話し致します、太郎様」
それまで黙っていた怪人蜘蛛男が、先程話の腰を折られた仕返しとばかりに、片手で羊女を制した。
「十年前のあの夏の日、私は当時付き合っていた殿方に性病がばれてすげなく振られ、失意の底に沈んでおりました」
「太郎ちゃん、突っ込みたいのは分かるけど、まだ我慢してよ」
「……」
「傷心のあまり私は、日本海を眺めながら、槇原敬之のCDをかけ、一人砂浜を車でドライブしておりました。
空は私の心のようにどんよりと曇っており、嵐が近付いてきそうな、そんな雰囲気だったことを記憶してございます、ってあらおチビちゃん、それ触っちゃ駄目ですわよ」
タランチュラ女は、拷問道具で遊ぶのに飽きて、蜘蛛の足を引っこ抜こうと車椅子によじ登ってくる花音を適当にあしらいつつ、話を続けた。
「そんなとき、私は前方からふらふらと歩いてくる人影を見つけたのでございます。
よく見るとその人物は、十四、五歳程度の全裸の少年で、足元は覚束なく、焦点の定まらない視線を周囲に向け、今にも消え入りそうなほど儚げに思われました」
彼女、じゃなかった彼は、遠い日を見つめるような眼差しを浮かべ……と言いたいところだが、素顔が全く見えないので、俺には何とも言えない。
だが、声の調子から、過去を懐かしんでいるのはよく分かった。
「車を止めた私は、『坊や、大丈夫?』と話しかけましたが、彼は、『分からない……何も』と、ぼそぼそと答えるだけでございました。
尚も問い掛けるうち、私は少年が記憶を失っていることに気がつきました。
とにもかくにも、彼を保護せねばならない、と思い立った私は、彼を車に拉致……いえ、同意の元、車に乗せて、そのまま家に連れ帰りました。
そして今日に至ったわけでございます」
「おい、警察には知らせなかったのかよ!?」
さすがに俺は口を挟んだ。
「私どもは、商売柄、菊は好きでも菊の代紋とは相性が悪く、あまり関わり合いにはなりたくないものでございます。
ただ、私も少年の身元は気になりましたから、知り合いの探偵に依頼して、素性を探って頂いた結果、何処の誰とも判明せず、別に捜索願も出ていないということだけは分かりましたので、ならばと思い切って私の養子にしたわけでございます。
その探偵に依頼した時、ア○ルをスカル○ァックされまして、恥ずかしながらこんな身体になってしまいましたが」
「あんたあいつに依頼したのかよ!?」
「一度やってもらいたかったんですの、オホホホ。
おかげで人工肛門になってしまいましたが、その代わり大切な息子という宝物を得られたので、私は退かぬ媚びぬ顧みぬ状態でございます」
「……」
遂に俺は突っ込む気力を失った。
さすが羊女の母親、じゃなかった父親を名乗るだけはあるわ、この魔物。