第四十話 早くも四十話ですか……
「あ~ら太郎ちゃん、駄目じゃないの。あたしがせっかく徹夜して書いた台本を破っちゃ」
「こんなもんで徹夜すんなや!」
俺は台本の切れ端を、近くにあった鉄の処女にふりまきながら怒鳴った。
「パパ! 牛さん! モーモー! ドナドナ!」
花音はといえば、その隣にある、大きな鉄の牛……多分ファラリスの雄牛というやつに跨り嬉しそうだ。
中世の拷問部屋を模したと思われる、石造りの内装の薄暗い室内には、古今東西における様々な拷問や刑罰のための道具が、東京タワーにかつてあった蝋人形館の如く設置されていた。
三角木馬や、車裂き用の車輪、人間を入れて吊るすための巨大な鳥籠、石抱用の十露盤板と石、焼き土下座強制機、鋤のような皮剥ぎ用のスパニッシュ・ティックラー、万力とヘルメットを組み合わせたようなヘッドクラッシャー、中に入ると立つことも座ることも出来ない「少女」(フィエット)という名の小さな木箱等々……。
羊女の説明で存在を初めて知った器具も多く、興味深いものもあるにはあったが、なんとも不気味極まる代物ばかりだった。
だが、ゲテモノ好きの花音にとっては遊園地のような場所なのだろう、キャッキャキャッキャと大はしゃぎだ。
まったく、我が子ながら、心臓に毛が生えている。
先程の電話で、羊女は、俺に、今後どうするつもりか聞いてきた。
俺が、ネットオークションに手を出さざるを得ないが軍資金がないことを正直に伝えると、彼は、「どうしてもお金がいるなら、あたしが用立ててあげるから、代わりにあたしの職場まで来て、ちょっと頼まれごとをしてくれな~い?」と言ってきた。
頼まれごとの内容については教えてくれず、俺は自分のア○ルの貞操の危機を感じ、しばし返答を躊躇したが、やはり金の魔力には勝てず、とりあえず行くとだけ伝え、花音と共に、X市の繁華街の片隅にひっそりと建つ雑居ビルの五階にある、「オカマSM倶楽部・触りパーク」を朝っぱらから訪れた。
「殿方達に大人気の、ファンタジックな雰囲気のお店よ」と以前羊女がぬかした通り、確かに、まさかビル内にこんなお化け屋敷みたいな空間が存在するとは思ってもいなかったので、最初は度肝を抜かれたが、最近非常識な目にばかり合って来たためか、じきに慣れた。
そして羊女より、SMプレイ用の台本を手渡され、
「これ新作なんだけど、読んでもらってから、実際にプレイしてみて、色々な点を修正しましょう。
大丈夫、太郎ちゃんのア○ルには手を出さないわよ~」
と言われ、渋々目を通した、というわけだ。
なんでも、客の中には、SMプレイはしてみたいけれど、定番の女王様と奴隷ものは嫌で、こういったラノベ要素のあるソフトなものがしたい人も増えてきているそうだ。
「てか問題ありまくりだよ、この台本! どうやって卵管を体内から出して振り回すんだ!? そもそもあんた卵管無いだろが!」
「そこは鞭で代用するのよ、太郎ちゃ~ん。案としては、あたしのア○ルに二又の鞭の柄を突っ込んで、あたかも卵管が飛び出たように見せつけるって感じね、フフッ」
羊マスクの奥で、奴がくぐもった笑い声をたてる。
「嫌だよそんな臭そうな鞭!」
「それともやっぱり、今流行りの異世界ものがいいかしら。魔王のア○ルに転生しちゃったこっちの台本なんかどうかしら?」
「意味分かんないんですけど!? 火の鳥さんだってもう少しまともな転生させてくれるよ!」
「うーん、弱ったわね、太郎ちゃんの性癖は偏っていて把握するのが難しいわ。ひょっとしてケモナーとかがお望み?
最近ご老人向けに、抗ガン剤による化学療法中の内臓癌のお婆ちゃんが不穏興奮状態となってお爺ちゃんをしばきまくる、略してケモナーものを考案中だけど、そっちの方がお好みかしら?」
「ちょっと苦し過ぎるよそのギャグ!」
「パパ! ギャグ! ギャグ!」
花音が、どこにあったのか知らんが、いつのまにかギャグボールと鼻フックを手にし、振り回している。
ブチ切れそうになっていた俺は発作的に、側にあった「がみがみ女のくつわ」を、うるさい娘に嵌めたい衝動にかわれた。
いかんいかん、深呼吸深呼吸。
「あら、賑やかですこと。こんな朝早くからお客様?」
美輪明宏のようなハスキーボイスとともに、鋼鉄の扉を開けて、奥から車椅子に乗った、中世貴族風の紅いゴシックドレスを身に纏った異形が現れた。