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第三十八話 わぬわぬわぬだーらぬど

六月二十九日、午前十時ジャスト。


 携帯にセットしていたアラームが、ピリリリリリと出陣前のホラ貝の如く鳴り響く


「パパ! ヒアウイゴー!」


「よし、今だ!」


 近所のローソンのロッピー前にて三十分間待機していた俺は、花音の合図と同時に、既に開いていたLコード入力画面から六ケタの番号を震える指先で入力し、「わぬわぬわぬだーらぬど」のチケット購入画面に飛ぶと、電光石火の早業で購入ボタンを押した。


「ぐぎゃああああああああ!」


 画面には無情にも、「売り切れました」の文字が表示され、俺は頭を抱えてその場にうずくまった。


「パパ! 役立たず! ごくつぶし! 社会不適応者! 腎臓売れ! 死ね死ね死ね!」


 花音の、何時にも増して情け容赦ない罵倒の嵐が、更に俺の傷痕をえぐる。


「えぐぐぐ、ごめんよ……パパ、昔から早押し系のゲームは苦手なんだよ……」


 久々に希死念慮が悪化した俺は、柄にもなく大粒の涙をこぼし、激怒する娘に対し土下座した。


「どうされました、お客様? またD○Mを騙った振り込め詐欺ですか?」


 泣きじゃくる俺を心配したのか、親切な女性店員が声をかけて来る、ブスだけど。


「い、いえ、大丈夫です。我が家独特の親愛表現です」と俺は慌てて顔を上げた。


 誠にお恥ずかしいことに、俺は先日D○Mから、


「利用履歴があって退会確認が取れないため、料金が発生しているので至急下記の電話番号までご連絡下さい」


 という内容のメールが来たため、「はて、最近D○Mなんて見てもいないんだが……」と不審に思うも、とりあえず電話したところ、ヤクザのような男が出てきて、


「今すぐ手近なロッピーで13万WEBマネー購入して送らんと裁判沙汰にすっぞゴルアアアアアアア!」


 と脅され、慌てふためいて銀行で金を降ろしてローソンに急いだところ、俺の挙動不審振りを怪しんだブス店員が訳を聞いてくれ、すぐに新手の振り込め詐欺だと判明し、すんでのところで事なきを得たことがあった。


 やれやれ、俺もコンビニでバイトした時明らかに詐欺に合ってるお客さんを見たり、「ギャングース」読んだりしているのに、自分のこととなるとまったく駄目駄目過ぎる。


 皆さんも是非防犯に役立てて下さい。


「パパ! スタンドアップ! ジョー! ネバー・ギブアップ!」


 小さな手が、俺の肩をバンバン叩く。


「そうだな、花音。絶望するのはまだ早いよな……」


 俺は愛娘のエールに応え、力を振り絞ってなんとか立ち上がると、スラックスのポケットからグラサンを取り出して装着し、皆に呼び掛けた。


「司令、羊女、竜胆君! こちら砂浜太郎だがチケット購入失敗! そちらの首尾はどうだ?」


『残念ながらミッション失敗だ、すまん』


『右に同じよーん、めんごめんご』


『私が町長です』


「最後のは何だよ!? てか全員駄目だったのかよ! うがああああああああ!」


 最後の望みを絶たれた俺は、恥も外聞もなく、天井を仰いで再び絶叫した。


「あの、お客様、ご気分でも……」


 あなごさんに似た、さっきの女性店員が、ターミネーターみたいにまた近寄ってくる。いかん! 長居し過ぎた。


「いえいえ、どうもお騒がせしました」


 俺は、ケースの中のアイスクリームをかき回している花音を引っ掴むと、すぐさま店外に飛び出した。日差しがやけに暑かった。



 MHKの乳幼児向け教養番組「たかいたかいだぁっ!」の地方公演「わぬわぬわぬだーらぬど」が、ここX市に七月十三日に巡業に来るというビッグニュースを知った時から俺の不幸は始まった。


 同番組の大ファンである花音は欣喜雀躍し、何としてでもチケットを購入せいという命を下したため、俺はへとへとになっていた。


 最初に携帯電話によるチケットの申し込み(抽選)があるのだが、当然の如く外れ、この期に及んでは手段を選んでいられないため、プライドを捨て去ってOBSメンバーに頭を下げ、キャンセルチケット販売の本日、近所のローソンに三十分前から全員散らばってスタンバイし、希望を託したのだが、めでたく全滅と相成った、というわけだった←今ここ。


「たかいたかいだぁっ!」は、毛むくじゃらで触手の生えた、謎の生物の着ぐるみ・わぬわぬと、おねえさん役の天才小学六年生のユミバちゃんと、操り人形のデクたんがレギュラーとして出演する、ハーブ臭濃厚な番組で、毎回わぬわぬが、全身の触手を伸ばして誰彼構わず襲うシーンもあり(触手体操という位置付けになっているが)、大きいお友達にも評価が高かった。


 珍奇なものやグロいものに目が無い花音は、この、如何にも「テケリ・リ、テケリ・リ」と鳴きそうな邪悪な外見の着ぐるみが大のお気に入りで、是非自分も直接ぐるぐる巻きにして貰いたい、と常々願っているようで、父親としては末恐ろしかった。


 しかし可愛い娘のたっての頼みとあってはむげにも出来ず、あの手この手を駆使しているのだが、ことここに至っては、残された道は、最早MHKが表向き禁止しているネットオークションしかなく、それには一枚四、五万という大金が必要なのであった。 


 そんだけあれば、「プリマックス」に出て来たシンガポールのカジノ付き高級リゾートホテルにでも行って、屋上のガラス張り空中プールで泳いで、下界に向けてマーライオンの如く嘔吐してやるわ!


 しかもこの前の高峰先生の糞依頼は、トイレを大破させた罰だとのことで(俺のせいじゃないのに……)、たった五百円しか貰えなかった。


 これってアンパンと牛乳代で相殺されるわ!


「パパ! けーたい! リンリンリン!」


「おっと花音、ありがとう」


 憎しみの鬼と化していた俺は、娘の一言で一旦人間に戻り、いそいで携帯を手に取った。羊女からだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すみません。アナゴさんに似たコンビニの女店員のインパクトに全部もってかれたんで…もう一度読み直しまます!
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