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第三話 羊女とキャタピラー

「あら、お客さん?」


 運転席に座っていた羊が口を利いたので、俺は回れ右して帰りたくなった。


 しかし良く見ると、剥製の羊の生首をすっぽり頭に被った男のようだった。


 ちなみに彼の着ている服は、どこぞのゲイ人のような黒いエナメル製のミニフレアスカートで、いわゆるボンデージファッションと呼ばれる代物だった。


 何故男かと分かったかというと、声が野太いという一点のみだった。


「は、初めまして。


 砂浜太郎です……ってか、あなたは何でそんな恰好を!?」


「白いメリーさん! ジンギスカン! 妖刀クニク!」


 あまりの光景にハッスルした花音は、さっそく羊に目潰しを喰らわせようとサムズアップする。やめい。


「あら、可愛いお嬢ちゃんね、この格好はお仕事用の制服なの。


 あたしのことは羊女って呼んでちょうだいね」


「いや、女じゃないだろあんた!」


「だって源氏名がそうなのよ。本名はヒ・ミ・ツ。


 お店に来てくれたらサービスするわよ」


「いえ、結構です」


 どんなお店か聞くのが怖かったので、それ以上突っ込まないことに決めた。


 何時の間にやらヘルメット男は助手席に乗り込み、俺と花音は、自然と運転席の後ろのシートに落ち着いた。


 ちなみに後部はシートを取っ払ってあり、何かが乗っているようだが、白い布が被せてあり、さっぱり分からない。


 ハイエースはエンジンを唸らせ走り出していた。


 おっぱいおばけは見る見るうちに遠ざかる。


 今のところ追ってくる気配はなさそうだ。


「急がせて悪かったな」


 男がツナギの中に手を突っ込んでぼりぼりどこかをかきながら運転手に話しかける。


 正直やめてほしい。


「いえいえ、司令の頼みなら、例え火の中蜜の中よ。


 先程ネットで目撃情報が入ったから、出動の用意してたところだったの」


「そうか、道理で早かったわけだ。


 ところでチクチンの奴はどうした?」


「嫌ねぇ、司令の足元に転がっているじゃない」


「えっ?」


 その時、何かをグニっと踏みつける音と、「アッー!」という絶叫が同時に聞こえた。


「おぅ、チクチン、悪かった」


「ま、まだ誰かいるんですか?」


 気になって、つい話しかけてしまった。


 しかし前のシートには人が隠れそうなスペースは見当たらないが……チクチンって何かの動物か?


「ああ、紹介がまだだったな。


 ほら、チクチン、挨拶しなさい」


 座席の間から、とてつもなくおぞましい何かが顔を出す。


「あー」


「ぎゃあああああああああ!」


「死ね氏ねSHINE! ファック我操FUCK! 悪霊退散!」


 あまりの衝撃に、俺と花音は恐慌状態に陥った。


 そこにいた者は人間と呼ぶのがためらわれる生き物だった。


 最初の印象は、白い巨大な毛虫だった。


 それが、手足が無く、つるっ禿げの全裸の中年男だと理解するまでに有に十秒以上かかった。


 更に男の顔は凄まじいことになっていた。


 左の目玉は存在せず、暗い眼窩が覗いており、鼻と耳は明らかに切り取られ、どちらも切断面がきれいに見えた。


 大きく開いた口は歯は一本もなく、おまけに舌が切り取られていた。


「ちょっと司令ったら、ちゃんと説明してから見せないと、びっくりしちゃうじゃないのよ」


「そうか、すまんすまん。


 私もだいぶ見慣れて気が回らなかった」


「てかびっくりするってレベルじゃないよ! 


 死ぬかと思ったわ!」


 俺は力の限り抗議した。


 花音なんかショックのあまり、白目をむきかけている。


 これってなんて秘宝館?


「まぁ、そう怒りなさんな。


 彼はこう見えても優秀なOBS隊員なんだ。


 ちなみに隊員番号は二番だ」


「そしてあたしは一番よ、凄いでしょ」


「聞いてねえし! 沈黙しろ羊たち!」


「そして君には名誉ある三番を与えよう」


「勝手に話を進めないで! 


 だから何なんですかこのモンスターは!」


「さっきからOBS隊員だと言うとろーが。


 彼は色々と不幸なことがあってこんな姿になったが、立派に社会生活を営んでいるんだ。


 会話がちと困難で、『あー』としか喋ることが出来んが、そこはニュアンスで頼む」


「あー」


 不気味なキャタピラーは何故か花音の足元にすりすりと這い寄ってくる。


「ゲラウェイ! モルスァ! 這い寄る混沌! 人間椅子! 蛹化しろ!」


 激昂した花音が、リボンのついた可愛いサンダルでげしげしと芋虫を足蹴にする。


 それなんてご褒美?


「無理ですよ! どんな悪魔会話ですか!? てか本当にOBSって何なの!?」


「窓ガラスを叩かんで落ち着いてくれ。


 とりあえず後ろを見るんだ。


 そしてシーツをめくってみたまえ」


「えっ……これを?」


 俺は肩越しに首をひねって、胡散臭げなシーツを見やった。


 妙にもこもこしている隆起が車内後面全体に広がっている様は、正直嫌な想像を喚起させる。


 昔見たAVで、ワゴン車に乗って高速道路を走りながら3Pする企画物があったが、料金所が近付く度に出演者が皆シーツの下に隠れていたので笑ってしまった。


 ちょうどそんな感じのふくらみが、俺に、「シーツをめくるな」と訴えかけてくる。


 たぶんこの薄皮の下を見たら、もう引き返せない。


 それでもいいのか?


「邪魔! ふん!」


「あっ花音、やめなさい!」


 何時の間にやら意識を取り戻した花音が、止める間もなく勝手にシーツを引っ張り、中身をさらけ出してしまった。


「ぎゃああああああああああああ!」


 なんとそこには、ちゃんこばかり食ってそうな体形の大柄な裸の男が計三人、モルグよろしく仲良く仰向けにごろんと横たわっていた。


 年齢は四十代ぐらいだろうか、皆千円カットで五分で仕上げたような適当な角刈りで、瞼を閉じた顔はふっくらとしており、三つ子の様にそっくりだった。


 でっぷりした色白の身体は何故か乳首がビンビンに立っており、お○んちんには申し訳程度にコンドームが被せてあった。


 両脚には白いグンゼの靴下をはいており、身につけている衣服といえそうなものはそれだけだった。


「し……死んでる!?」


「いや、生きているぞ。


 ほら、皆かすかに胸が上下に動いておる。


 それに死んでいたら乳首が勃起せんだろ?」


「なるほど、そうですか……って生きてりゃいいってもんじゃないでしょ! 


 こんな野郎どもを拉致監禁して一体何がしたいんですか!? 


 肉屋にでも売り飛ばすつもりですか!?」


 さすがの俺も突っ込みの連続で喉が疲れてきた。


 このままいくと過呼吸になりそうだ。


「あらあら、カニパリズムは法律で禁止されてるわよ」


 違法感満載のワゴンを運転しながら、羊女がさらっとのたまう。


「説明しよう。彼ら、いや、これらこそがOBSそのものだ。


 こいつらは人であって人でない。


 詳しい説明は後にするが、あの魔乳モンスターども……エロンゲーションたちに対抗できる、唯一にして無二の超兵器なのだ!」


 ヘルメット男改め羊女が言うところの司令が、ここぞとばかりに拳を握って熱弁する。


 だが俺の心は液体窒素につけられたイボよりも冷めきっていた。


 この成人病予備群どもが人でなくって兵器だって? 


 確かに人間扱いされてなさそうではあるが、太っている以外はパチンコ屋や飲み屋でみかけるオヤジにしか見えんぞ。


 これであの空飛ぶおっぱいと戦うってか?


「君に自信が無いのはよく分かる。


 しかし操縦はいたって簡単だ」


 ヘルメット男……もう面倒くさいから司令って呼ぶことにするが、彼はいつの間にか右手に薄っぺらいマニュアルを握っていた。


 ほかほかと湯気が立っているところを見ると、また四次元ツナギから出したっぽい。


「いえ、自信が無いってのとはちとニュアンスが違いますが……って操縦できんのこれ!?」


「当り前だろう、兵器なんだから。


 あとお嬢ちゃん、いい子だからそれ外さないようにね」


「ふーせん! ふーせん!」


 先程から蚊帳の外の花音は、暇なのかちゃんこ男の一人のゴムを引っ張って遊んでいる始末だ。


「羊女、すまんが実演してやってくれんかね?」


「はーい、じゃあ一旦止めるわね」


 彼女……じゃなかった彼は、左のウインカーをつけると、路肩に一時停止し、座席から立ち上がった。


「ふぅ、暑いわね」と呟きつつ、おもむろに羊のマスクを脱ぎ、素顔をさらす。


 意外と十人並みっぽい普通の顔のつくりだったので、俺はちょっと安心した。


 またどんな化け物とエンカウントするかと身構えていたのだ。


 とはいっても顔中化粧だらけで、正確なところはまだ分からなかったが。


 肩までかかる長髪は銀色に染めており、付け睫毛の上にまで濃い紫のアイシャドウがのっかり、白粉や口紅で覆われたその姿は、どこぞのデスメタルバンドかと思ったほどだ。


「メ~ルシ~」


 もはや羊頭でなくなった羊女は、座席をかきわけ俺の後方に向かい、花音を優しく避妊具から引きはがすと、最奥の眠れる裸の大将の上に屈みこみ、いきなり熱いベーゼを交わした。


「げぼぁ!」


 想定外の展開に、俺は喉元まで胃の内容物が込み上げてきたが、なんとか口腔内に押し戻した。


「おい、あまり花音に変なものばっか見せんな! 


 情操教育に悪過ぎるわ!」


「静かにしろ、よく見るんだ」


「ぬをっ! まぶしっ!」


 なんと口づけを受けた贅肉男の双眸がゆっくりと開き、全身が緑色の光に包まれたのだ。


 ワゴンの中はまばゆい輝きで満たされ、ライトグリーンの奔流が四方八方へ伸びて行った。


「システムオールグリーンね。


 無事起動したわ。問題なさそうよ」


「ほ……本当にロボットかなんかなのか、そいつら?」


「よし、では連結具をセットしよう」


 俺の質問を無視し、満足げに頷く羊女に司令が近付くと、またもやツナギの中に手を突っ込み、なにやら黒い紐が何本か絡み合ったようなものを取り出した。


 俺はその形状に見覚えがあった。


「ひょっとしてそれ、抱っこ紐?」


「否、似ているが違う。


 これはOBSと操縦者を繋ぎとめる連結具で、軽量だが強靭かつ伸展性に優れ、多少の振動は吸収してくれ、また、体形に合わせて調節可能で、簡単に装着できる一級品だ。


 抱っこにもおんぶにも対応できるぞ」


「聞けば聞くほど抱っこ紐だ……」


「じゃあ、脱ぐわね」


「何故!?」


 羊女が俺の面前で突発的にジッパーを下してエナメル服を脱ぎ捨て、ストリップショーをおっぱじめたので、俺は心臓が止まるかと思った。


「OBSと操縦者は、お互いの肌を直に密着させるほど、シンパシー・レイシオが高まり、操縦性が格段に上昇する。


 服など邪魔にしかならん」


 何時の間にやら座席を立った司令が、デブ男を直立させると、やけに細い抱っこ紐を装着させ、更に裸の羊女を本来なら赤ん坊が負われる位置に乗せる。


 俺はこれほどカオスな光景を見た事が無かった。


「よし、何とか支度できたな。


 後は外に出てテイクオフするだけだ」


「ちょっと、その格好でドアを開けたら即座にポリスとドッグファイトだぞ!」


「安心して。ちゃんとこういう物を用意してあるわ」


 頭部が暗黒舞踏並に真っ白だが身体は普通に肌色の羊女が、どこから出したのか分からないが、黒いサングラスとマスクを手にしていた。


「……」


 最早突っ込み疲れてグロッキー状態の俺を尻目に、彼は眼と口を手早く隠すと、「じゃあ、お手本を見せてあげるわね」と言い、天井のスイッチを押す。


 途端にウィーンという駆動音と共に、天井に隙間が走り、頭上から日の光りが差しこんできた。


「げっ、サンルーフ!?」


 天井がするするとスライドし、四角く切り取られた青空が姿を現す。


 羊女は器用に両腕を天窓に突っ込み、懸垂の要領で男ごと身体を引き上げた。


「じゃあねー、羊女、行っきまーす!」


 その言葉を最後に、彼と彼をおんぶしたいわゆる超兵器は、俺の視界から姿を消し、同時に天井が再び閉まっていく。


 なんと羊女は脂肪の塊男……さすがに面倒くさいからもうOBSと呼んじゃうが、そやつと親亀子亀状態のまま、ワゴンの屋根に張り付いているらしい。


 今まで悉く俺の予想の斜め上を行っていた展開だったが、これから何が行われるのか、察しの悪い俺にもようやく分かってきた。


「まさか、ひょっとして……」


「飛ばすぞ。舌噛むなよ」


 言うなり運転席に着いた司令がアクセルを全開で踏んだかと思うと、エンジンが吠えるように唸り出し、ワゴンは暴走を開始した。

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