第二十九話 そういやスーザン・ボイルってだいぶ顔変わったよね
ようやくクリニックに到着すると、下車したチクチンが、玄関前の木の幹に身体をすりすり擦りつけていた。
「あれは師匠の日課です。
多分身体が痒いのでかいているんじゃないかと思います。
この木はサルスベリっていう名前で、幹がすべすべして肌触りも気持ちいいですからね」
「猪が木に泥を擦りつけるようなもんか……」
「Oh,さすが日本人の風習はミステリアスデスねー」
「お願いだからあいつのやることを一般的だと思わないで!」
「遠いとこ、よーこそおいであそばせ。いんぎらーっとしていくまっし」
ドアからエプロン姿の高峰先生が現れる。
まさに猪のヌタ場みたいになってきた。
「ワーオ、ファンタスティックもののけデスねー!
オツコトヌシよ! 鎮まりたマエ!」
「……なんやとこの腐れビッチが!」
「荒ぶる森の神々よ、じゃなかった母さん、落ち着いて! お客さんですよ!」
一触即発状態となった二人の巨乳女性の間に、竜胆が慌てて止めに入る。
おっぱいが両側からぶつかりそうで、非常に裏山。
「はーい、皆、記念撮影するわよー、笑って笑って!」
羊女が、誰の了承もとらずに、何時の間にやら取り出したデジカメで修羅場を取りまくっている。俺は先行き不安になってきた。
とにもかくにも、こうして、スージー、もといスーザン・ボイルドエッグ26歳が、高峰クリニックに居候することと相成った。
急遽大掃除して綺麗になった二階の物置き部屋が彼女の住いとなり、男どもは相部屋でないのを残念がったが、高峰先生の鶴の一言で大人しくなった。
明るく天真爛漫な彼女は、すぐに女医とも和解し、一同と打ち解けていった。
元から日本文化が大好きだった彼女は、何回も来日した経験があり、日本語も怪しげだが十分疎通可能で、話も面白かった。
花音もいつの間にか彼女に懐いて、しょっちゅうクリニックに遊びに行きたがった。
彼女も快く相手をしてくれ、たまにおっぱいを触らせてやっていた。裏山。
というわけで、最初は数日の予定だった滞在期間が、いつの間にか一週間になり、二週間に伸びようとしていた。
だが、徐々に怪しげなことが起こって来たのだった……。
六月二十日、午後一時。
トゥルルルル、トゥルルルル。
「はい、砂浜です」
『おお、太郎か、ちょっと今ええか?』
「はい、高峰先生。電話なんて珍しいですね、何ですか?」
『ちょっとお前はんの探偵の腕を見込んで、やって欲しい仕事があるんやわ。引き受けてくれんか?』
「言っておきますけどトイレの糞詰まりの原因を調べるのだけは検便、じゃなかった勘弁ですよ!」
『違う違う、その件は今はいいんや。この前全員の採血もして、DNA鑑定しとる最中やさかい』
「あれって健康診断じゃなかったんですか!? てか本当に調べないで下さいよ!」
『すまんすまん、健康診断は本当なんやが、そのついでに検査したまでや。
ところでお前、スージーのことをぶっちゃけどう思う?』
「爆乳ですね」
『そんなひと目でわかることは聞いとらん!
信用できる人間かどうかってこっちゃ!』
「そうですね、彼女って自分のことをフリーターとしか教えてくれないし、正直よく分からないところも多いですが、悪い人間ではないと思いますよ。
性癖についてはなんとも言えませんが」
『……ま、そんなところやろうな。けんど、どうも怪しいことが多いんや。
あの娘、何故かしょっちゅう竿竹屋を呼び止めて、竿竹ばっか買ってくるんや。
もう家に7、8本は転がっとる』
「そんなに竿竹いりませんよ! 一本あれば十分ですよ!」
『普通はそうやわな。なんか訳のわからん言い訳はしとったが。
そして、彼女の顔をどこかで見たような気もするんやが、よく思い出せんのや。気のせいかも知れんけど。
あと、これは彼女の仕業かどうかは分からんが、最近一階のトイレを使っていると、誰かの視線を感じるような気がするんや。
何か違和感があるような……うまく言葉では言えんのやがな』
「なんかいろいろ悩んでおられそうですけど、結局俺は何をしたらいいんですか?」
『つまり、お前さんには、彼女の素性を調べ、彼女の動向について観察して欲しいんや。これが依頼の内容や』
「素性を調べるのは出来そうですけど、動向はずっと張り付くわけにもいきませんよ。娘の世話もありますし」
『じゃあ、今日の夜でもお泊まり会するってことで、うちに花音ちゃんと来たらええがな。
そうすりゃ自然と近くに居れるしな。行動観察は、まずは今日から明日の朝まででええわ』
「そこまで用意してくれるのであれば、お引き受けしますけど、ちゃんとお金は払って下さいよ。
三十万円は頂きますからね、経費抜きで」
『……まあ、ええ。ボーナスやと思って奮発したるわ。
なんかあの女、よからぬことを企んでいる気がするもんでな。うらの脱税調査に来たのかもしれんし』
「してるんですか!? やめて下さいよ!」
『今のは例えや。じゃあ期待しとるで、名探偵さん』
「ちょ、ちょっと、何で俺なんかを頼るんですか?」
『何でって、以前入院中に、奇妙な事件を解決してくれたしな。
また、最近のOBSの戦闘に関しても、機転を利かせてピンチを乗り越えてきたと聞いとるからな。
ほんまは優秀なんや、お前さんは。じゃあな』
「……」
ツー、ツー、ツー。
俺は、通話の切れた携帯電話を眺めながら、少しばかり途方に暮れた。