第二十七話 テロリストのマラ反る
乗客の尻穴から撃ち出されたロケットランチャーと思しき小汚いミサイルは、今まさに俺達をロックオンしたかのように一直線に向かってきた。
だが、誰もが凍りついたように動けなかった中、一人の男が動いた、司令だ。
「皆、俺の近くに来い!」と怒鳴ると、彼は両手で自分自身の腹を鷲掴みにし、「エンジェルズ・エプロン!」と、あの魔法の呪文を大音声で呼ばわった。
天女の羽衣の如き、薄い光のヴェールが俺達六人を覆ったのと、ミサイルがその膜に激突したのは、ほぼ同時だった。
「ぐおっ!」
目の前で起こった爆発の衝撃に、一同はリノリウムの床にひっくり返った。
だが、身体へのダメージは尻もち程度で済み、特に怪我はなかった。
花音に至ってはケロッとして、大声で、「花火! 火花! 豊胸手術!」と嬉しそうだ。
「おい皆、無事か!?」と起き上がった俺が声をかけたところ、
「あー!」
「あいててて、腰を打っちゃいましたよ」
「あたしもよ。持病の肛門痛が再発しちゃったわ」などと、返事が返って来た。
どうやら皆、無事なようだ……って司令は?
「ぐおーっ、ぐおーっ」
なんと俺達のためにエンジェルズ・エプロンを展開してくれた司令は、空港の床に大の字で倒れ、大いびきをかいていた。
「起きろーっ、ここで寝たら社会的に死ぬぞーっ!」
俺はネズミ男さながらビビビビビンと司令の豊かな下腹に激烈なビンタを喰らわせる。
「あいててて……おお、お前達、何とも無かったか?」
ようやく眠れる野獣が目を覚ました。
「皆大丈夫でしたが、司令こそ大丈夫ですか?
こんなところで死なれたら、俺の数少ない収入源が途絶えてしまいますよ!」
「死にはしないさ。しかし駄目元でやってみたが、意外とうまくいったな。
私にも極わずかだがOBS機能は備わっているのでね」
「なるほど、そうでしたか。でも寝ないで下さいよ」
いや、今ので血糖値が大幅に下がってしまい、低血糖発作のため、意識障害を起こしかけたのだ。
すぐに糖分を摂取しなければならん。お菓子かなんか持ってないか?」
「あ~ら司令、そんなことならあたしのうまい棒キャンディを舐めて! さぁ早く! って痛ーい!」
いきなりジッパーを降ろし始めた羊男の股間にビビビビビンとビンタを喰らわせ速やかに撃退すると、俺はスラックスのポケットを漁った。
「あった!」
朝、出がけに突っ込んでおいた飴の箱だ。
以前、バイト先の店長が、どこぞの海外土産にくれたやつだ。
「司令、どうぞ!」
「おお、サンキュー、ってなんだこりゃ?
甘くないぞ。まるで消しゴムのような……げぼあああああ!」
黒い菱形の飴を口に含んだ司令が、涎や泡といっしょに盛大に口から噴き出す。
「なんじゃこりゃああああ!
腐った鼻糞と練り消しを混ぜたものに小便をひっかけたような壮絶な味だったぞ! 殺す気か!」
「ええっ!? 確か飴玉のはずですけど……」
「あっ、これってサルミアッキって書いてありますよ。
確かフィンランドなどの北欧周辺で食べられる、世界一不味い飴じゃないですか。
塩化アンモニウムを含んでいるそうですよ。
日本では罰ゲームでよく使用されますね」
箱を手に取った竜胆少年が、えげつない豆知識を披露する。
どうやら店長は俺を暗殺したかったようだ。いつか殺そう。
「あれ、そういえばミサイルマンは何処へ行ったの?」
羊女が、もぬけの殻と化した俺達の前方の空間を指差す。
辺りを見回すと、先程の黒服男は荷物も持たずにガニ股で通路を走り、空港の出口にひた走っていた。
どうやらとんずらを決め込むつもりのようだ。
そして驚いたことに、その後を、ピンクのトランクを引っ掴んだブロンド美人が必死に追いかけていた。スージーだ。
「Stop! 待ちなサーイ!」
彼女は大声で呼びかけるが、もちろん男が止まるわけもない。
彼が走った跡には、赤黒い血便が点々と垂れており、空港の人々はモーゼに割られた紅海の如く道を開ける。
俺は掃除のおばちゃんに心から同情した。
「仕方がないデスね、出来ればこの手は使いたくなかったデスが……」
そう呟くと、スージーはトランクのポケットから、竹筒そっくりな物体を取り出し、その横に付いていたボタンをポチッと押した。
「バンブー・ポール!」
彼女が叫ぶと同時に、なんと竹筒の先端がシュコココココンと乾いた音を立てて、マジシャンの杖のように伸び、一本の竹の棒へと変化していく。
竹の先は、前を走る男の大きく開いたズボンの穴へと吸い込まれるように突進していった。
「アッー!」
チクチンのような悲鳴を上げたかと思うと、男は白目を剥き、口から泡を吹いて、どうとばかりに床に倒れ伏した。
何故かズボンの前を突き破らんばかりに勃起し、少し幸せそうな表情をしている。
両手はともにピースサインを形作っていた。